第43話 安子の受難

 俺は 目を疑った。大学生と思った女性は、よく見ると安子だった。制服ではなく普段着だったから、いつもとイメージが違っていた。大人びて凄く綺麗だ。 加藤が、安子の事を近寄りがたい美人と言った意味が分かった。


 こちらに気が付くと、安子は 顔を上げた。俺を見つめる目から涙が溢れていた。俺は、どうして良いか分からず、立ち尽くしていた。



 安子は、俺の所に駆け寄って来た。


「元太、困った事になったの」



「ここでは何だから、軽食コーナーに行こう」



「うん」


 

 俺と安子は、軽食コーナーに向かった。泣いている美女を連れているため、皆が注目した。


 軽食コーナーに着くと、安子が堰を切ったように話し始めた。


「例のラブホに行ったという噂が、両親の耳に入ってしまった。 父は激怒して、転校させると言ってる。 私がいくら違うと否定してもダメだった。 連絡できないように、スマホも取り上げられてしまったの。 私は、隙を見て家を飛び出してきた」


 俺は、安子の話しに驚いた。



「例の噂が、どうして安子の両親の耳に入ったんだ? おまえの父親は、何をしてる人なんだ?」


 俺は、不思議になり聞いた。



「ゴメン、言ってなかったけど、父は、結構大きい病院をいくつも経営してるの。 実は、この学校の理事もしてるから、学校の情報が耳に入るの」



「そうか。 安子も、お嬢様だったんだな」

 


「否定はしないよ。 父からは、大学は医学部に行くように言われてる。 でも、元太と同じ大学に行きたいと思ってる」



「そうか」



「ねえ、私をさらってほしいと言ったらどうする?」


 安子は、真剣な顔をした。



「とにかく、冷静になってくれ。 例の噂は、俺が必ず解決して見せるから、両親を説得して転校を阻止するんだ。 それから、汚名を晴らすまでの間は、俺と関わったらダメだ」



「分かったわ。 それなら元太にお願いがある」



「何だ?」



「女子は、最初は見た目で男子を判断する。 涼介が女子を操って噂を広められるのも、滅多にいないイケメンだからよ …」


 安子は、言葉に詰まった。



「それで?」


 俺は、聞いた。



「その〜。 言う前に約束して。 女子に誘惑されても、他の娘に行かないと約束して!」



「俺は、女子に誘惑されないよ。 今まで一度もモテた事はなかったからな」



「とにかく、約束して!」


 安子は、真剣だ。



「ああ、約束する」


 俺は、意味が分からずに了解した。



「眼鏡を外して、オールバックをやめて、前髪を垂らしてほしい。 そうすると、女子の見る目が違ってくるはず」



「言ってる意味が、分からない」



「眼鏡を外すだけでも変わるけど、元太は涼介よりもイケメンなのよ。 女子が味方につくわ」



「バカ言うなよ。 それより 涼介をギャフンと言わせる策略を進めてるからもう少し待ってくれ。 それがダメだったらやって見る」



「元太が他の女子に誘惑されると困るから もう言わない。 私も両親を拝み倒してでも、この学校に残れるように頑張る。 恐らく、スマホも管理されちゃうけど、それでも頑張る。 学校では逢えないけど、いつも元太の事を思ってるから。 もし、転校させられて別々の学校になったとしても同じだから!」


 安子は、涙を流して訴えた。



「ああ。 分かった」


 俺は、安子の手を握り励ました。そして、しばらく安子と逢えない覚悟をした。



◇◇◇



 安子と逢えなくなってから、1週間が過ぎた。俺は、入学当時より、さらに浮いてる存在になった。誰も話しかける生徒はいない。


 ただ 貴子からは、相談したい事があるとメールが時々来たが無視した。俺が怒っていると思うのか、直接逢いに来る事はなかった。


 だから、唯一会話するのは、定食屋の店主だけだ。



 そんな中、南田に呼ばれた。


 個別指導室に入ると、待ちかねたように話しかけて来た。


 

「三枝、凄いじゃないか! また、抜き打ち考査が学年1位だぞ。 張り出す前に、君に知らせたくてな!」


 南田は、嬉しそうだ。



「これまで学年1位が多かった鈴木 貴子はどうだったんですか?」


 俺は、思わず聞いてしまった。



「あの優秀な女子生徒か。 う〜ん。 今回は、上位1割に入れなかったから、名前は張り出されない。 自分のクラスでは無いが心配だ。 何かあったのかな?」


 南田は、厳しい顔をした。



「そうですね。 ライバルの存在は大きいです。 自分も残念です」


 俺は、率直な気持ちを伝えた。



「ああ、そうだ。 君に関係があると思うから聞くが、変な噂を耳にした。 桜井 涼介の事だ。 2年の金子 優香が、桜井に強要されて、三枝に関するデタラメな噂を流したと言うんだ。 それで、桜井は変な目で見られてるらしいぞ。 この噂で、君への誤解が解けたと思うがどうかな?」



「すみません。 以前も言った通り、自分は皆からハブられてます。 だから、今の話しも 初めて聞いたんです」



「そうか。 君は強い心を持ってるから勉学中心にやれば良い。 信念に従って行動できる者が、最終的に勝つのさ。 だから、気にせんで良い」


 俺は、南田に励まされて、個別指導室を後にした。



◇◇◇



 俺は1人になってしまったが、前と同じように、帰りは必ず都立図書館に寄って勉強をしている。貴子に教えられた習慣ではあるが、自分に取ってプラスになる事なので感謝している。


 図書館のいつもの席で、いつものように勉強を始めた。なぜか涼介と貴子は、来なくてなっていた。


 彼らは俺に興味を無くしたのかも知れないが そうはいかない。涼介にひと泡吹かせたいと強く思っていた。


 そんな時、突然スマホが振動した。見ると沙耶香からのメールだった。金子優香が周りの女子に弁解してる音声を録音したと書かれていた。俺は、イヤホンを挿し、添付ファイルされた音声データを直ぐに再生した。

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