第39話 悪い噂

 放課後、安子と都立図書館に行った。最も俺は、普段から図書館で勉強をしているから いつも通りだ。これは貴子から教えてもらった習慣だ。


 涼介は、貴子との仲を見せつけるため、いつも図書館に来ていたが、ここ数日は来ていない。いつも貴子は、下を向いていたが、今度は、どんな態度を取るのか気になる。


 俺は、いつもの場所に、安子と隣同士で座った。



「さあ、今日は数学よ。 早速、この応用問題の解き方のヒントをちょうだい!」


 安子は、嬉しそうに言った。



「ところで、安子。 俺とこうして図書館に来て時間を潰してるけど良いのか?」



「えっ、何で?」



「俺は、今まで塾に行った事が無いが、加藤の話しでは、ほとんどの生徒は、学校が終わると塾に行ってると聞いた。 安子もそうなのかと思った」



「確かに、私も塾に通ってるわよ。 でもね、それは、学習環境を求めての事なの。 今の私には、元太と勉強する事の方が塾に行くより勉強が身につくのよ。 次回の抜き打ち考査で上位一割に入れば、塾をやめても両親は文句を言わないわ」



「もしかして、塾に行ってるフリをして、ここに来てるのか。 まずいんじゃ無いか?」



「ご心配に及びませんわ」


 安子は、悪戯っぽく笑った。



「ねえ、元太。 大学はどこに行くか決めてるの?」



「ハッキリして無いが、両親と同じ大学に行こうと思ってる」



「えっ。 お父さんも東慶大学なの?」



「ああ。 同じ学部の同級生だ。 でも、母の方が、かなり成績が良かったみたいだ」



「元太も、官僚を目指してるの?」


 安子は、心配そうに聞いた。



「俺の両親が、官僚だと何で知ってるんだ?」



「貴子が、言ってた」


 安子は、少し残念そうに言った。



「仕事までは、考えて無いよ」



「元太なら、だいじょうぶだよ。 私も元太と同じ大学に入りたい。 元太の両親のようになりたい」


 安子は、赤い顔をした。



「なあ、今度の日曜、俺の家に来いよ。 両親を紹介するぜ」


 俺は、安子の気持ちが嬉しかった。俺の事を知ってもらいたいと思った。また、早く 貴子の事を忘れ去りたかった。



「本当に良いの? 嬉しいよ」


 安子は、目を潤ませた。



◇◇◇



 家に帰り、夜の11時を過ぎた頃だ。遅い夕食を取り、自分の部屋でくつろいでいた。


 突然、スマホが鳴った。画面を見ると貴子からだった。だが、俺は、出なかった。その後、数回、しつこく着信が鳴ったが、それでも出なかった。


 俺は、貴子と決別する事を誓った。男は信念を持って決めた事を曲げてはならないとの、祖父の教えを思い出していた。

 



 その頃、貴子の家での事。


(私が電話してるのに、元ちゃんが出ないなんて変よ。 もしかして、安子が居るから出られないのかしら? そうよ、安子のせいなんだわ。 だって、元ちゃんにとって、私は初恋の人なんだから。 しかし、夜の11時を過ぎてるのに、ふしだらだわ。 涼介に言って2人を懲らしめる必要があるわね」


 元太が電話に出ないので、貴子は怒っていた。その後、思いついたように涼介に電話した。



「貴子だけど、今 電話良い?」



「こんな時間にどうした?」


 涼介は、少し驚いたようすだ。



「涼介は、私の事が好きだと言ったよね。 それで、私が言う事なら、何でも聞くとも言った。 本当よね?」



「ああ、本当さ。 俺は貴子の事が好きだ。 貴子が望むなら、何でも願いを叶えてあげたいと思ってる」


 涼介は、必死にアピールした。



「ありがとう。 元太と安子の事なの。 あの2人、ふしだらな関係なのよ。 涼介のネットワークで噂を流してほしいの」



「まあ良いが、何で そんな事をするんだ?」



「涼介に逆らった報いを与えたいのよ!」


 電話口の、貴子の目が血走っていた。



「俺を思っての事か。 嬉しいな。 明日、2年の 金子 優香に言って、高校生にあるまじき不純な交際をしてると噂を流してやる」



「頼むわ」



プッ



「何だ。 いきなり電話を切りやがった」


 涼介は、思わず呟いた。




 電話を切った後、貴子は悲しい顔をした。



「元ちゃんを苦しめて、私は何をしているんだろ。 自分が自分でない」


 ひとこと言った後、貴子は泣き崩れてしまった。そして、いつしか眠っていた。

 


◇◇◇



 数日後の事である。休み時間に、加藤が俺に話しかけて来た。



「なあ、元太。 俺は、神野と友達だから、奴に、お前の事を報告してる。 この事を、元太に隠すつもりはない。 俺は、お前の事も友達だと思ってたよ」


 加藤は、険しい顔をした。



「どうした? 意味が分からんぜ」



「田中 安子のことさ。 俺が、彼女と友達になりたいと言った時、彼女と付き合って無いと言ったよな。 でも違うんだろ」



「ああ、その事か。 確かに、加藤に言った時は 付き合ってなかったさ。 でも、その後 仲良くなった」



「やはり、あの噂は本当だったのか?」



「噂って何だよ?」


 

 加藤は、呆れたような顔をした。



「元太と安子が、ラブホに入ったのを見た生徒がいるらしい。 まっ、元太は悪党だから、こんなのどうって事ないか」



「バカ言え。 俺から安子の手を握った事もねえ。 根も歯もない噂だ。 こんな事も神野に報告するのか?」



「するさ。 元太が卑怯な奴だったとな」



 加藤は、逃げるように、俺から離れた。



(安子は、だいじょうぶだろうか?)


 俺は、自分の事より、安子の事の方が心配になった。



◇◇◇



 昼休みに、校門の前に行くと 安子が待っていた。



「なあ、安子。 俺たちの変な噂を知ってるか?」


 俺は、いきなり聞いた。



「ええ。 私たちがラブホに入るのを見た生徒がいるってやつね。 私は、気にしてないから平気よ。 前に、元太と貴子の噂が流れたけど、恐らく同じルートよ。 涼介の取り巻きの女子だと思うわ」


 安子は、悔しそうに唇を噛んだ。



「時間が無くなるから行こう!」


 俺と安子は、定食屋に向かった。ここが、2人に取って 唯一心が休まる場所になってしまった。

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