第38話 南田教諭の覚悟

 俺は、午後の授業中 考えていた。


(昨夜、貴子から電話が来なかった事でハッキリとした。 それに貴子の父親から涼介と良好な関係だと聞いた。 男は諦めが肝心だ。 しかし、今回の件では、さすがに涼介に腹が立つ。 貴子の事だけでは無い。 抜き打ち考査でカンニングの言いがかりをつけたため、担任の南田も大変な目にあっている。 涼介の被害者は他にもいる)


 俺は、今迄の事を思い、涼介に強い怒りを感じた。



◇◇◇



 時は、少し前にさかのぼる。南田教諭は、校長室の前に来ていた。緊張した面持ちだ。


 中に入り、深々とお辞儀をした。



「失礼いたします。 南田です」



「そこに座りたまえ」


 校長の北見に促され、ソファーに腰をかけた。



「南田教諭。 例のカンニングの件だが、調査はどうだった?」



「はい。 桜井は直接見た訳ではなく、周囲から聞き及んだ情報を私に伝えただけで、証拠があっての事ではありませんでした。 私は証拠があるものと勘違いをしてしまい、私の勇み足で、三枝を問いただしてしまったのです。 今回の件は、私の責任でございます。 申し訳ありませんでした」



「君が、非を認めるのだな!」



「はい。 その通りでございます」



「この事を理事長に報告することになるが、行動倫理規範に基づいて、処分があるやもしれん。 覚悟しておいてくれ」



「はい、承知いたしました」



◇◇◇



 南田は、昼休みに、個別指導室に 涼介を呼び出した。



「今日 校長に、カンニングに関する調査報告をしてきた。 君は、直接見た訳でなく、周囲から聞き及んだ情報を伝えただけだと言っておいた。 私が証拠があるものと勘違いして、三枝を問いただしたので責任は私にあると報告したら、私に処分がくだるかも知れないと言われた。 先日、約束した通り、お父上に取りなしてほしい」



「父は、社長として忙しく働いているため、ほとんど家に居ません。 いつになるか分かりませんが伝えます」



「そんな。 何とか早くできないか? うかうかしていると、処分がくだってしまう」



「そんな事を言われても困ります。 処分がくだっても、不服を申し立てればいいじゃないですか。 公平公正に判断してくれますよ。 父に言わない訳ではない。 だけど、父がどう動くかまでは分かりません」



「それでは、話が違うじゃないか!」



「でもこれって、先生が、生徒にする話しですか? それに、ご自身の事なのに、僕が言った通りに行動するなんて、考えが甘いとしか言いようがありません」



「そうか。 君は、そういう生徒だったのか? 周りの評判とずいぶん違うものだな。 全く気が付かなかったよ」


 南田は、両手を強く握りしめた。



「それは、先生が、ご自身を無能だと言っているようなものですよ。 生徒の個性を見極めて、導くのが先生の役割では?」



「ハハハ、君の言う通りだ。 もう、お父上には言わなくて良い。 下がって良い」


 南田は、何か吹っ切れたようすだ。


 涼介は、軽く頭を下げて、個別指導室を後にした。



(南田は、俺の言葉を信じ疑いもせずに行動した。 奴は、自滅するタイプだから使えない)


 涼介は、ほくそ笑んだ。



◇◇◇



 放課後、俺は、南田に、個別指導室に呼ばれた。南田は、以前の様子と違い、どこか、清々しい感じがした。



「例のカンニングの件だが、私は、君に謝らなければならない。 本当に、済まなかった」



「先生、どうしたんですか? 自分が、カンニングをしていない事が分かったんですか」



「私は、君がカンニングをしたと言った生徒を一方的に信じてしまい、はなから、君を疑いの目で見ていた。 その生徒の性根が、今回のことで、よく分かったんだ。 どう見ても、君が言ってる事が正しかった。 それから、私も この件で、自らの保身に走ってしまった。 恥ずかしい事をしたと思ってる」


 南田は、申し訳なさそうに俺を見た。そして続けた。



「君は、人を疑うからには覚悟が必要だと言ったが、私も、今は その通りだと思ってる。 生徒によっては、取り返しのつかない心の傷を負わせる可能性だってあったのに、私は そこまで考えが及ばなかった。 まさに、教師失格だ。 自分は、もう一度 原点に立ち返り、自分を見つめ直そうと思っている。 どうしても君に、この事を伝えたくてな …」


 南田は、言葉に詰まった。



「先生、学校を辞める必要はないですよ。 自分は、全然、傷ついちゃいないし、それに、今回の件があったからこそ、学問の高みを目指す欲が出て来たんです」



「そうか、それは良かった。 君は、この学校で学年1位になった。 これって凄いことなんだ。 ぜひとも、欲を出して高みを目指して欲しい。 あと、君にだけは言うが、以前から大手の塾から講師に誘われていて、転職するか迷っていたんだ。 今回の件で踏ん切りがついたよ。 私が辞めても、君のせいでは無いからな」


 南田は、真剣な顔で俺を見た。



「それが、先生のお考えなら仕方ありませんが、自分は、あなたが担任でいてほしいです」



「ありがとう。 三枝は寡黙だが、筋の通った立派な人間だ。 今更ながら分かったよ」


 南田は、嬉しそうに俺を見た。


 この後、俺は、個別指導室を後にした。



◇◇◇



 父が泊りのため、夕食は母と2人だった。その時に、個別指導室で南田と話した内容を伝えた。



 母は、複雑な顔をした。


「そうなんだ。 担任の先生、辞めちゃうのか。 でも、確たる証拠もなしに、無実の元ちゃんに対しカンニングの疑いを掛けたんだから、その責任は重いよ」



「母さん。 もしかして、圧力をかけたのか? だとしたら先生が可哀想な気がする」



「そうね、辞めるほどの非は無いと思うわ。 でもね、以前から引き抜きを打診されて迷ってたなら、本人にとっては良かったのかもしれない。 こればかりは、何とも言えないね」


 母は、少しバツの悪そうな顔をして黙った。


 しかし、その後、自信に満ちた表情に変わった。



「これだけは言っておくわ。 元ちゃんは、私が お腹を痛めて産んだ、私の命より大切な存在なの。 あなたを傷つける相手は、誰だろうと容赦しないわ!」



「分かったよ」


 俺は、ひとことだけ答えた



 母は、言わなかったが、人脈を使って学校に圧力を掛けたと思う。しかし それは、母の子どもに対する無償の愛がさせたものだ。親バカなのだろうが、俺は悪い気がしなかった。



 この話しから3ヶ月後、南田教諭は、自己都合により学校を退職することになる。

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