第37話 貴子の父

 俺たちは、定食屋に着いた。



「いらっしゃい!」


 店に入ると、店主の威勢の良い声が聞こえた。



「いつものを、普通盛りと小盛りで」



「えっ、大盛りはサービスだけど、普通で良いの?」


 店主は、不思議に思った。



「ああ、彼女が食べれない時に手伝うからさ」



「了解。 2人は仲が良いな!」


 店主に、冷やかされた。



 俺たちは、いつもの席に座った。ちなみに注文したのは、生姜焼き定食だ。



 安子は、待ちきれずに話しかけてきた。


「ねえ、元太。 昨夜、10時過ぎに貴子に電話して、元太の伝言を伝えたの …」


 安子は、一旦 言葉に詰まった後、続けた。



「貴子が言うには、いつもは図書館に行くんだけど、昨日は、涼介に家に誘われたと言ってた。 元太は涼介の友人だったけど、彼の家に行った事あるでしょ。 大会社の御曹司の家って、どんな感じなの?」


 安子は、興味ありげに聞いて来た。



「涼介と友達になったのは、中学2年の頃だったが、最初、奴から話しかけて来たんだ。 俺は無口だから、仲良くなるのに だいぶ時間がかかった。 でも、仲良くなっても、お互いの家への行き来は無かったんだ。 今から考えると、何か見えない壁があったように思える。 最も俺は、気にならなかったがな」



「そうなの、わりとドライな関係だったんだね」


 安子は、不思議そうな顔をした。



「おまえ、神野って知ってるか?」



「私は、元太と中学が違うから、よくは知らないけど、裏番長と言って怖がられてる不良でしょ。 それがどうかしたの?」



「俺は、神野とも仲が良かったんだ。 最も友達とは言えないかも知れないけどな」



「仲が良いのに、友達じゃないって、どう言う事?」


 安子は、不思議に思った。



「俺は、腕っぷしが強いから、ケンカで手が足りない時に 助っ人を頼まれたりした。 神野がケンカする相手は、非道な連中ばかりだ。 だから俺は、奴を筋の通った良い奴だと思ってる。 普段から連んでる訳じゃ無かったが、なぜか気が合った。 そんな関係さ …」


 俺の話しを聞いて、安子は嫌な顔をした。俺は続けた。



「俺が 札付きのわるだと噂を流されたが、ある意味、当たってると思う。 だから、ハッキリと言っておく。 安子は、俺と一緒に居ない方が良いと思う。 話しが逸れてしまったが、これは、俺の本心なんだ」



「えっ。 なに言って、 …」


 安子が言い出したところで、話しが中断した。



「へい、お待ち。 生姜焼き定食の、普通盛りと小盛りです」


 店主は、俺たちの雰囲気を察し、そそくさと この場を離れた。


 安子は、続けた。



「本当の悪だったら、自分が不利な事を言わないわ。 ちなみに、貴子は元太と中学が一緒だから、今の話しを知ってて付き合ってた訳でしょ。 それが全てよ。 私は、元太が言ってくれて嬉しかったよ」


 安子は赤い顔をした。その後、続けた。



「話しを戻すよ。 言いにくい話しだけど、昨夜 電話してたら、貴子の背後から涼介の声が聞こえたわ。 それで、今朝 教室に入ると貴子が待ち構えていて、涼介と居た事を、元太に内緒にするように言われた」



「そうなのか。 夜の10時過ぎに、何か やましい事があるから隠したいのか …」


 俺は、貴子はもうダメだと思った。



「実は、貴子から電話が来なかったんだ」


 俺は、諦めたように打ち明けた。



「それも、本人から聞いたわ。 怖くて電話できなかったって。 それに、貴子の怪しい行動は、涼介を騙すための演技だと言ってた。 でも、私は信じられない。 あれは やり過ぎよ。 今朝の話しで、元太を渡さないと言われた。 自分勝手過ぎると思う。 でも、精神を病んでるっぽい気がする」


 安子は、困ったような顔をした。



「そうか」


 俺は、ひとこと返すのがやっとだった。



「さっきも、昼休みに涼介が来ると、手をつないで、周りの女子に見せ付けてた。 今日の貴子は、いつもと違い積極的に見えた。 躁鬱の症状のように思える」



「そうか」



「ねえ、ちゃんと聞いてる?」



「ああ、聞いてるよ。 安子は、どうしたいんだ?」



「貴子を、病院に連れて行くべきだと思うけど、それは家族の役目よ。 私たちがどうこうできない。 でも、放っておくと、彼女の人生を左右する問題に発展する気がする。 元太が助けると貴子に依存されるから、何らかの方法で、父親か、九州にいる実の母親に伝えるべきよ」



「分かった。 俺が、貴子の父親の会社を訪ねてみるよ。 これが最後にしてやれる事だな」


 俺は、正直 寂しさを覚えた。



「その時は、私も行くよ」


 安子は、優しく言った。



 俺は、スマホをスピーカーフォンにして、その場で、鈴木精密に電話した。そして、事務員に、社長である貴子の父に取り次いでもらった。



「僕は、貴子さんと同じ学校の三枝 元太と申します。 娘さんの事で、内密なお話しがあります。 今日の夕方、会ってもらえませんか?」



「どのような、話しかな?」



「今、貴子さんが苦しんでいる事をご存知ですか?」



「婚約の事だな。 それにしても、貴子も口が軽いんだな。 嬉しいからって、周囲にペラペラ喋るとは」



「嬉しいって、本人が言ったんですか?」



「他に、誰が言うんだね。 最初は落ち込んでたから無理強いはできないと考えた時もあったが、数日前から、婚約できる事が嬉しいと明るく言ってるよ。 先方の家も乗り気で、昨日は、初めて父親から連絡が来た。 優秀な倅だから、経営の社会勉強をさせていたら、貴子のことを見染めたと言ってたよ。 三枝君とか言ったね。 貴子に気があるようだが、ストーカーのようなマネをしたら容赦しないぞ。 分かったな!」



「違います。 貴子さんを心配しての事だったんですが、今の話しを聞いて安心しました。 金輪際、貴子さんと会いませんので、ご安心ください」


 俺は、電話を切った。



「元太、泣かないで!」



「えっ、泣いてないさ」


 眼鏡を外し、目に手をやると、なぜか涙が頬をつたっていた。不思議な事に、次々と涙が溢れ出した。


 安子は、眼鏡を外した俺の顔を食い入るように見ていた。



「元太は、私が守る」



 そう言うと、安子は俺を抱きしめた。


 それを、遠くから店主が恥ずかしそうに見ていた。

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