第33話 心模様

 元太と昼食を食べた日の夜、安子は自宅の部屋で考えていた。


(元太って、寡黙だけど男らしくて素敵な人だった。 もっと早く気付くべきだった。 今日、元太から 貴子への伝言を頼まれた時、彼に好意があることを言い出しかけたけど、結局 言えなかった。 元太には貴子がいるのに、私は どうかしてる。でも、この気持ちを止められない)


 安子は、悲しそうな顔をした。



 そんな事を考えていると、突然スマホが鳴った。


 着信を見ると、貴子からだった。



「もしもし、貴子だけど、今回は、いろいろとありがとう」


 貴子の声は、前より明るくなっていた。



「そんな事、気にしないで。 それより、涼介の様子は、どうだった?」



「うん。 安子と元太が陰で動いてる事を、悟られてないよ」


 貴子の声が、少し小さくなった。



「気をつけてよ」



「うん。 分かってる」


 さらに、小さな声になった。



「あっ、それはそうと、元太からの伝言よ。 元太のお母さんが大学の同期の社長とかに頼んで、貴子のお父さんの会社を救う方法を、考えてもらえる事になったの。 貴子の会社に知られずに動くから、口外しちゃだめよ」


 

「うん、分かった。 誰にも言わない。 元太の お母さんは、中央省庁の官僚だから、顔が効くんだね」


 

「ふ~ん、そうなんだ。 元太のお母さん、東慶大学の法学部を卒業してると聞いたけど、官僚だったんだ」


 元太の事について、自分が知らない情報を言う貴子に、安子は、少しムッとした。



「ねえ、安子。 少し怒ってる?」



「何で怒るのよ!」


 安子は、どうしても感情が出てしまう。彼女は、自分を落ち着けるために、しばらく沈黙した。



 そうすると、貴子が話し出した。


「実は、私にも報告があるの。 隠しごとをしたく無いから言うけど、今日、学食で涼介と話してたら、何となく、孤独で寂しい姿が見えた気がしたの。 何か悩みがあるのかと聞いたら、彼の目から涙がスーッと流れた。 涼介は、もしかして何かトラウマを抱えている気がする」


 貴子は、遠慮がちに言った。



「それって、本当のこと?」


 安子は、少し驚いて聞いた。



「本当よ」


 貴子は、ハッキリと答えた。



「でも、それが何。 トラウマがあるとして、貴子はどうするの?」


 安子は、貴子のどっち付かずな態度に、少しイラついて来た。



「酷い事をされてるのに、なぜか、彼を助けてあげたい気持ちになったの」


 貴子は、自分の正直な気持ちを伝えた。



「貴子。 あなた、自分が何を言ってるか分かってる? 私と元太は、あなたを涼介から救うために動いてるのよ。 そのあなたが、涼介を助けたいって? あなたは誰が好きなの? 元太が可哀そうよ!」



「ごめんなさい。 決して、そんなつもりじゃ」


 貴子は、泣き声になった。



「私も声を荒げて、すまなかったわ。 元太からの伝言は伝えたから、これで、電話を切るよ」


 安子は、電話を切った。



「貴子が中途半端な気持ちなら、私は、元太を奪う。 それに、元太と同じ大学に行きたいから、必死で勉強する」


 安子は、思わず口に出してしまった。



◇◇◇



 翌日、学校の昼休みでの事である。涼介は、貴子のところに、まだ来てなかった



(昨日、涼介は涙を流したけど、だいじょうぶかな)


 貴子は、少し心配になった。



 涼介が来ず、貴子が1人ポツンとしているので、安子が見かねて話しかけて来た。



「今日は、あいつ来ないね。 でも、ボサボサしてると、昼食の時間がなくなっちゃうよ。 さあ、学食に行くよ!」



「うん。 誘ってくれてありがとう」



 安子が、貴子を誘っていると、クラスの女子3人が、声をかけて来た。



「安子。 そんな娘を誘う必要はないよ。 ねえ、貴子さん。 今日は、桜井君は来ないの? あんた、根暗だから飽きられたんじゃない!」



 リーダー格の女子の話を聞いて、安子が反論した。



「あなたたち。 なんで、そんな酷いこと言うのよ! 少し前まで、普通に話してたじゃん。 クラスメイトなんだから仲良くしたらどうなの!」


 安子が、強めに言った。



「何よ! いくら安子でも、その娘を庇うなら許さないよ」


 リーダー格の女子は、激昂した。



 すると、もう1人が加勢して来た。


「私、安子が、貴子の元彼の三枝と仲良く歩いてるのを見たよ。 いくら成績が良くたって、あいつ、札付きの悪だよ。 安子、あんた、頭どうかしちゃったんじゃないの?」


 

 この話しを聞いて、貴子は、驚いて安子を見た。安子は、貴子の視線を気付かないフリをした。



 安子は、反論した。


「大きなお世話よ! 人を見た目でしか判断できないなんて、可愛いそうな人達ね。 あなた達が、そういう態度なら、私だって黙っちゃいないよ」


 安子が、激しく言うと、3人は怯んだ。



「さっ、貴子、気にしないで、学食に行くわよ」



「ありがとう。 でも、私といると、安子がハブられちゃう」


 貴子は、心配そうに、安子を見た。



 その時である。イケメンが来た。


「貴子、遅くなって済まなかった。 用事があってさ。 それより、時間が無くなるから、早く学食に行こうぜ!」


 涼介は、貴子に優しく言うと、3人の女子を睨んだ。



「おまえら、貴子の事を根暗とか言ったが、陰で噂したり人を貶めたりする行為は、どうなんだよ! もし、貴子に嫌がらせをしたら、俺が黙っちゃいないからな。 覚悟しとけよ!」


 涼介は、珍しく 人前で怒りをあらわにした。



「私たちは、桜井君を思ってのことなのよ。 勘違いさせて悪かったわ」


 3人の女子は、逃げるように教室を出て行った。



「さあ、貴子。 行くぞ!」



 涼介は、貴子の手を取った。


 貴子は、涼介に初めて手を握らせた。凄く胸が熱くなった。不思議な事に、元太への罪悪感を感じなかった。


 安子はその様子を見て、違和感を覚えたが、この場から逃げるように立ち去った。

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