第32話 頼みごと

 城東公園の観覧車乗り場に、貴子を呼び出した日の、夜の事である。


 俺は、帰りの遅い母を待っていた。貴子の父が経営する会社の事を相談したかったのである。ちなみに 俺の父は、今週は出張でいない。



 夜の10時過ぎに、母は帰って来た。


「母さん、夕食ができてるから、一緒に食べようぜ」



「元ちゃん、いつも悪いね」


 母は、申し訳なさそうな顔をした。2人は、直ぐに食べ始めた。


 俺は、箸を止めて言った。



「母さんに、折り入って相談したい事があるんだ」



「えっ、元ちゃんが 私に相談なんて、母さん嬉しい! 何でも言っちゃて」


 母も箸を止めた。凄く嬉しそうだ。



「同学年に、鈴木 貴子という生徒がいるんだけど、父親が経営する会社が、倒産しそうなんだ。 それで、彼女、凄く困ってる。 救う方法は無いだろうか」


 俺は、まっさらな状態での話しを聞きたかったため、あえて、桜井興産の企業買収の話しを出さなかった。



「元ちゃん。 貴子さんとは、どういう関係なの。 もしかして、付き合ってるのかな?」


 母は、いたずらっぽく聞いて来た。



「そんな関係じゃないが、ただ、助けたいだけさ」



「そうなの?」


 母は、大きな目で、俺をじっと見た。そして、しばらくして真面目な顔で話し始めた。



「本来なら、企業コンサルタントを入れて、再建の道を探るべきと思うけど、一般的な方法としては、リストラを含めた業務改善の実行と、金融機関からの借入の確保、この2つを同時並行して行う必要があるわ。 ところで、何の会社なの?」



「ああ。 鈴木精密と言う会社で精密機器を製造販売してる。 従業員は 120名ほどいるようだ」



「そうなの。 企業独自の特許や技術があれば良いんだけど…。 自社再建以外に、企業提携や企業買収の道もあると思うわ。 まずは、会社の経営状態を正確に把握する必要があるわね」



「企業提携や買収の場合だと、母さんが、口を聞ける企業はあるのか?」



「元ちゃん、簡単に言うわね。 そりゃ、知ってる経営者はいるわよ。 でもね、企業も慈善事業をやってる訳じゃないから、シビアに審査するよ。 あと、言いにくいけど、今の経営者は、刷新される可能性が高いわ」



「そうだと思うけど、もし、母さんが口を聞ける経営者がいるなら、聞いて見てくれないか?」


 母は、少し考えていた。



「分かったわ。 大学の同期に、何人か社長がいるし、企業コンサルタントもいるわ。 それとなく聞いてみるよ」


 母は、話した後、俺の隣に来た。



「元ちゃんが、お母さんを頼ってくれて嬉しいよ。 小さい時、たまにしか逢えなくて寂しい思いをさせたから、その分を取り返さなくちゃね」


 そう言うと、そばに来て、泣きながら俺を抱きしめた。母は、身長が165センチあるが、今では、俺の方が20センチも高い。母は、見た目が若くて美しいから、とても親子には見えない。



「ちょっと、やめろよ。 恥ずかしいだろ!」


 俺は、母に強く言った。



「そんな事言わないの。 母さんの気持ちも分かってちょうだい」


 母は、外務省の海外勤務のため、俺は10歳になるまで、父方の祖父母に預けられた。それを後悔しているようで、母は時々こうなってしまう。


 母を落ち着かせてから、再び、話した。



「今の話しなんだけど、鈴木精密に知られないように動いてほしいんだ。 できるだろうか?」



「信頼できる、友人に頼むからだいじょうぶよ」


 母は、大きな目を赤くして、鼻をすすった。



◇◇◇

 


 翌日、学校の昼休みでの事。安子にせがまれて、一緒に昼食を食べる事になった。

 

 俺と安子は、並んで歩いていた。



「ねえ、元太。 今日は、どこで食べるの?」



「まあな」



「ねえっ、それじゃ会話にならないって! 本当に寡黙なんだから」


 安子は、呆れた顔をした。



「ああ。 実は、美味い定食屋を見つけたんだ。 常連になったら、大盛りにしてくれるように なったぜ!」



「そうなんだ」


 安子は、少し残念そうだ。



 しばらく歩き、定食屋に着いた。



「ここだ。 さあ、行くぞ」



「うら若き乙女が行く店じゃないけど、まあ良いわ! 度胸でチャレンジよ」


 安子は、鼻の孔を膨らませた。



「おまえ、本当にひょうきんだな」


 俺が言うと、安子は、得意げに笑った。



「いらっしゃい。 おや、今日は2人かい? しかも、えれえ可愛い娘を連れて来たな。う〜ん、青春だな」


 中に入ると、店主の威勢の良い声が聞こえた。



「初めまして。 私は、この人の2号さんです。 今日から常連になるので、サービスしてくださいね」



「えっ、2号って? まあ良い。 綺麗な女学生だから、しょうがない。 サービスするぜ!」



「おじ様、嬉しいわ。 お願いよ!」



「おじ様なんて、照れるぜ!」



 何だか、2人で勝手に盛り上がっていた。



「今日は、何にしますか?」


 突然、俺に振られた。



「あっ。 いつもので」



「あいよ。 彼女さんは?」



「私も同じで!」



「おまえ、何を頼んだのか知らないで、本当に、それで良いのか?」



「元太と同じで良いよ」


 安子は、嬉しそうに答えた。



 席に着くと、俺は、安子に小声で言った。



「結構、ボリュームあるぞ!」



「私、こう見えても大食いだから、問題なし」


 安子は、自慢げに答えた。



「本当かよ?」


 俺は、安子のスリムな体形を見て、信じられなかった。



「ところで、貴子の会社の事だけどな。 俺の母の顔が広いから、知り合いの社長とかに、それとなく、救済方法がないか相談してもらう事になったよ。 貴子の会社に、知られずに動いてもらう」



「へえ。 でも、お金かかるんじゃない?」



「大学の同期だった、知り合いの社長とかに聞くらしいから、お金は掛からないんじゃないかな」



「そうなの、凄いね。 ところで、どこの大学なの?」



「東慶大学の法学部だよ」



「えっ、凄い。 国立の最高峰じゃん。 それだったら、社長の知り合いとかいても不思議ないわね。 元太の成績が良い訳だ」


 安子は、納得した様子だ。



「貴子を安心させたいから、連絡してくれよ」



「分かったわ。 今日の夜に、貴子から連絡があると思うから、伝えておくね。 だけど、 …」


 安子は、会話をやめ、遠くを見つめた。



「へいっ、お待ち。 野菜定食大盛り、2つです」



 安子が言い終わらないうちに、食事が運ばれて来た。



「ところで、何か言おうとしたか?」



「ううん、何でもないよ」


 安子が 言おうとした事が気になったが、それ以上は聞かなかった。



「わあ、美味しそう。 でも、こんなに食べれないよ」



「おまえ、大食いなんだろ?」



「半分食べて、お願い」


 安子は、ウルウルする目で、俺を見つめた。



「しょうが無い。 今度から、正直に言えよ」



「はい。 嘘偽りは、申しません」


 安子は、悪戯っぽく笑った。仕草がとても可愛い。



 結局、俺は、大盛り1.5人前を食べるハメになってしまい、午後の授業の間、腹が苦しくて仕方なかった。

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