第21話 抜き打ち考査

 涼介は、貴子と交際していることを、校内中に広めていた。2人は美男美女で、お互い成績も優秀、非の打ち所のない理想的なカップルだったため、誰もが羨み、誰もが認めた。


 僅かな期間だったが、貴子と付き合っていた俺は、ピエロとしてバカにされていた。


 貴子のことは諦めたが、やはり面白くない。その気持ちが顔に出ているのか、露骨に陰口を言う者は少なくなった。と言うより、俺のことが怖くて、目の前で言えないだけで、見えない所では、盛んに噂していたようだ。



「元太、昼食を付き合えよ」



「ああ」


 加藤に、誘われて学食に向かった。俺がこの学校で会話するのは、加藤だけになっていた。


 食堂に着くと、加藤が言った。



「おい、桜井と鈴木のカップル、今日も見せつけてるぞ」



 加藤の視線を追うと、2人がいた。貴子は、いつも下を向いてる。



「元太、気にするな」


 加藤は、俺を励ました。


 しかし、俺は、周りが思うほど落ち込んでなかった。小さい頃、祖父に教えられた武士道の精神が役立っているのか、全てを俯瞰して見ることができた。それとも無意識のうちに、記憶の片隅に追いやったのかも知れない。



「女ってさ、美人ほど性格が悪いのさ。 だから、あんな女は、こっちから、願い下げだ!」


 加藤が言った。



「ああ、そうだな。 俺の情け無い状況を、神野に報告したのか?」


 俺は、明るく言った。



「悪いな、もちろん報告したさ。 でも、新たに知った、お前の凄い所も報告したぜ」



「そりゃ何だ?」



「とぼけちゃってよ。 この前の抜き打ち考査、お前、学年330人の中で、1位だったじゃないか!」



「ああ、そのことか。 担任の南田にも言われたよ。 まあ、良いさ」



「ところで、お前の元彼女は、トップだったのに、凄く成績が落ちたな」



「そうなのか?」



「お前、本当に気にしてないんだな。 彼女は33位で、成績優秀者上位1割に、何とか入って名前を張り出されたが、次は、危ないかもな。 ちなみに、桜井は、19位だった。 奴も優秀だぞ」



「まあ、人のことは興味ないわ」


 俺は、本心で言った。



「本当に、お前はドライな性格だわ」



 加藤は、呆れたような顔をした。



◇◇◇



 翌日、登校すると、朝一番に、担任の南田に呼ばれた。


 個別指導室に入った。



「三枝君、座りなさい」



「はい」



「前回の抜き打ち考査で、君は学年1位になったが、その理由が知りたい。 総合得点での順位だから、今まで、君は中位だった。 今回は、元々得意だった理数系科目に加え、文化系科目も完璧にできて、全ての教科が、ほぼ満点だった。 こんな短期間に、ここまで成績を上げるとは、なかなか考えられない。 君がカンニングしたと言う生徒がいる。 どうなんだ?」



「先生は、公平公正に人を見る目はありますか?」



「何を言ってるんだ!」



「俺は、カンニングなんて、ケチなことはしませんよ。 ある人に刺激されて、初めて勉強するようになっただけです。 そこまで言うなら、次の考査も1位になりますよ。 ダメだった場合、自主退学します。 但し、俺がまた1位になったら、先生が退職してください。 人を侮辱するには、そのくらいの覚悟が必要だ」


 俺は、担任を睨みつけた。



「悪かった。 私は、君のことを信用している。 ただ、君がカンニングをしたと言う生徒がいたから、念のために聞いてみただけだ」



「その生徒は、誰ですか? 人を貶めようとする、そいつの方が問題では?」



「うむ。 君は、周りの生徒と対立し、孤立しているようだが、仲良くやれんのか?」



「勝手にハブられてるが、ただ、それだけのことさ。 俺は、周りに、何もしちゃいない。 桜井 涼介から何か言われたんだろうが、桜井興産への忖度は、ほどほどにしてくれ」


 桜井興産の名前を出したら、南田の顔が強張った。



「君の考えは分かった。 もう、戻って良い」



「失礼します」


 俺は、個別指導室を後にした。


 涼介の圧力が、教職員にも波及しているようだ。俺は、朝から嫌な気分になった。




「元太、南田は何て?」


 加藤が、興味ありげに聞いてきた。



「抜き打ち考査で1位になった件で、俺がカンニングしたと言う生徒がいたとさ」



「言いがかりを付けたのは、恐らく桜井だな。 だけど、担任も、良く調べもせずにひでえな! 桜井興産の影響力は凄えぜ」



「次も1位を取るが、他に客観的に成績を証明する方法はないのか?」



「それだったら、塾の全国模試を受ければ良いさ。 元太の成績なら、塾は、喉から手が出るほど欲しがるぜ」



「全国模試か。 受けたことないぜ」



「お前、塾に通ってないのか?」



「ああ。 俺は、貴子に出会うまで、学校以外で勉強したことがなかったんだ」



「お前、この学校に進学できて、塾に行ったことが無いなんて、天才じゃないのか? 俺は、塾に通って、何とか、この学校に合格できた」


 加藤は、何とも言えない顔をした。



「そうだ、俺は、毎日、塾に通ってるから、今日の夕方に一緒に行こうぜ。 次の日曜に全国模試があるから、それに申し込みな」



 俺は、学校の帰りに、加藤が通う塾に行った。加藤に紹介され、全国模試の担当者に面会した。



「今度の日曜に行う全国模試に、一般参加で申し込みたいんですが?」



「三枝 元太 さんは、加藤 広さんと同じ上等学園高校に通ってるんですか。 優秀なんですね」



「はあ …」



「こいつ。 前回の、抜き打ち考査で学年1位なんです」


 加藤が、口を挟んだ。



「本当ですか? 日曜の全国模試はエントリーを締め切ってますが、当塾の特別枠を使って、あなたの分を確保します。 この申込用紙に記入してください」



「はい、分かりました」



 手続きは終了した。



「スゲーな、塾の特別枠かよ!」



 加藤は、興奮した様子で俺を見た。

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