第20話 酷い仕打ち

 教室に入ると、中の生徒たちが、部外者の俺を注目して見た。条件反射で俺は睨み返してしまった。すると皆が、怖がって目を逸らした。さっき話しかけた男子は、そそくさと教室から出て行った。


 そんな中、1人の女子が、怯まずに俺に話しかけて来た。



「私は、田部 幸子です。 貴子は、体調が悪くなり、午後から早退したの。 あなた、三枝君でしょ」



「ああ、そうだ」



「彼女からの伝言があるの。 ここでは人の目があるから、廊下で話すわ」



 俺は、幸子と廊下に移動した。



「私ね、貴子とは小学校から一緒なの。 彼女、小学校の高学年の時、両親が離婚して、その頃から人が変わった。 それまでは、明るくて誰にも優しい娘だった。 綺麗で成績が優秀なのは変わらないけど、他人を思いやることが無い、少しトゲがある性格に変わった」


 幸子は、俺を見た。



「ねえ、聞いてる? 何か意見とかある」



「ない。 続けてくれ」



「フフッ、噂どおり寡黙な人ね」


 幸子は、人懐っこい笑顔で笑った。貴子ほどの美人ではないが、可愛いと思った。



「私は、貴子に比べたら見劣りするけど、それでも貴子をライバル視してたのよ。 中学時代、成績はいつも2番で、どうしても貴子に勝てなかった。 貴子を意識していたからこそ、それだけに心配もしてた。 最近、貴子は、小学校の時のように、明るくて優しくなったわ。 何故だろうと思っていたら、例の噂で、三枝君とつき合っていることが分かった。 多分、あなたのことを本気で好きになったからだと思う」


 幸子は、俺の顔を興味ありげに見た。



「ねえ、三枝君てさ。 よく見るとイケメンよね。 メガネを外して見て」



「関係ない話だろ。 それで貴子の伝言とは何だ?」



「つまらない人ね。 貴子から言われたことを伝えるけど、多分、本心でない気がする。 本心だったら、貴子は性悪女のままだということね」


 幸子は、真剣な顔で俺を見た。



「貴子は、桜井君と話す機会があって、彼を好きな気持ちを再認識したんだって。 それで、桜井君を好きな気持ちを抑えられなくなったから、三枝君と別れると言ってた。 桜井君に誤解されるから、三枝君に、二度と近寄らないように伝えてほしいって。 本当に酷い話しよね」


 幸子は、同情したような顔をした。



「小学校から一緒だからって頼まれたけど、こんな話をしたくないわ。 でも、私にしか頼めなかったみたい。 何せ、彼女はハブられてたから。 でも、今後、桜井君の彼女になると、女子は嫉妬するけど、貴子ほどの才色兼備なら最後は納得するはず。 その時は、手のひらを返したように、貴子と仲良くすると思う。 三枝君にとっては、辛い話しよね」


 幸子は、俺を見た。



「本心は分からないけど、この話は、貴子から言われたことだから受け入れてあげてほしいの。 三枝君は男らしいから、未練タラタラなんて似合わないからね!」



「そうか」


 俺は、ひとことだけ答えた。



「三枝君に、忠告するわ。 桜井君の父が経営してる桜井興産は、日本有数の大企業よ。 自治体や、この学校に対し、多額の寄付をしているわ。 これ以上、この件に関わらない方が良いと思う。 あなたは強い男のようだから、周りから何を言われようと、やり過ごすのよ」



「ああ、心配してくれてありがとう」



「桜井君と和解しない限り、あなたの立場は改善しないと思う。 だけど負けないでね。 悪いけど、私も弱い立場だから、三枝君と話すのは これが最後よ」



 幸子は、そそくさと教室に戻った。



◇◇◇



 俺は、帰りに都立図書館に寄った。


 いつも俺たちが座っているところを見たが、やはり貴子はいなかった。ここ1ヶ月ほど図書館に通ったせいか、いつの間にか勉強をしていた。これまで、勉強したことが無かったが、貴子にその習慣を教えられたようだ。


 貴子がいないが、今日も、一心に勉強をした。



(図書館は静かで良い、勉強がはかどるぜ。 俺に取ってオアシスだ)


「ハハハッ」


 心の中で思った瞬間、思わず笑いが出た。



 そろそろ帰ろうと、立ち上がった時、背後から声がした。



「よお、元太。 やはり図書館にいたか」


 涼介だった。しかも、早退したはずの貴子が一緒だった。貴子は下を向き、俺と目を合わせないようにしていた。



「お前、変な噂が飛び交っていて大変だな。 お前のあおりを受けて、貴子も迷惑してたみたいなんだ。 それで、相談に乗ってたら仲良くなった。 元太と付き合うのかと思ってたんだが、話している内に心が通じちゃってさ。 お前と貴子は付き合って1ヶ月ちょいしかないんだろ。 貴子が、俺の事が好きだと言うから、付き合ってやることにしたよ。 貴子、元太とのことは勘違いだったと、お前から言ってやんな!」


 涼介は、貴子に促した。



「元太さん、ごめんなさい。 あなたを好きだと思ったのは、私の勘違いでした。 もう関わらないでください」


 貴子は下を見て言った。



「貴子は、友達がいない元太を哀れに思って、それで勘違いしたんだ。 なあ、分かるようにハッキリと言ってあげな。 でないと、モテない元太はストーカーになるぞ!」


 涼介は、貴子を見た。



「元太さんを好きだと思ったのは、同情したからなの。 勘違いさせてごめ …」


 最後は、泣き声になり途切れた。



「それじゃ伝わらない。 お前は誰が好きなのか、ハッキリと言ってやれ!」



「元太さん、ごめんなさい。 私は、涼介さんが好きなの」


 貴子は、声を絞り出すように言った。



「と言うことさ」


 涼介は、勝ち誇ったような顔をした。



「涼介、分かった。 俺は、おまえらの邪魔はしないさ」



「ハハッ、強がるなよ。 まあ、モテない男はそんなものさ」



 俺は、込み上げる怒りを抑え、この場から逃げた。貴子とのことが、遠い昔のように思えた。

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