第9話 複雑な関係

「俺は、これから行く所があるんだ。 手短に頼む」



「はい」



 貴子は寂しそうに、俺を見つめた。


 彼女の事が嫌いだったはずなのに、生意気な事を言わない貴子を見ていると、凄く可愛いと思ってしまった。


 この娘は、俺の初恋の人だったから、どうしても意識してしまう。だけど、沙耶香への気持ちの方が強いんだと自分に言い聞かせた。



 貴子は、なかなか喋り出せない。



「早くしてくれ」



 俺は、急かせた。



「急いでいるのに、ごめんなさい。 ゲームセンターでの事、助けてくれてありがとう。 私ね、酷い性格だと自分でも分かってた」


 

 貴子は、しっかりと目を見開いて話した。



「言い訳になるけどね。 私が小学校の高学年の時に、両親が離婚して父に引き取られたの。 直ぐに父は再婚したんだけど、血がつながらない母との関係が悪くて、いつも、イライラしてた。 母の連れ子の妹もいるけど、この娘とも上手くいかなくて、家では私だけがいつも蚊帳の外におかれてる。 父は、仕事ばかりで、家の事を顧みないし、私の居場所が何処にも無くて …」


 貴子は、声を詰まらせた。



「それで、俺にどうしろと?」


 冷たいと思ったが、ハッキリと言った。



「私、学校でも、心を許せる友達がいないの。 女子は表面的に仲良く見えても、心の中は違うし、男子は、私を口説こうとするだけ。 最も、私も性格が歪んでるから、人の事は言えないけどね」


 貴子は、恥ずかしそうな顔をした。



「元太さんは、自分自身をしっかりと持ってる。 それに、正義感が強く誠実よ。 生意気な事を言った私なのに、見捨てずに助けてくれた。 私は、そういう人と付き合いたい。 心を許せる人がほしいの。 友達からで良いから、私と付き合ってくれませんか?」



 俺は、貴子の話を聞いて驚いた。見た目は華やかな彼女だが、複雑な家庭事情から、常に孤独だったのだ。正直、同情した。しかし、俺はあれもこれもできる性格ではない。


 彼女には悪いが、今の気持ちを伝える事にした。



「貴子さん」



「はい」



「君は、心の内を聞かせてくれた。 だから、俺も今の気持ちを正直に言う。 俺は、10歳の時、君を初めて見た時から、凄く憧れていたんだ。 だけど、君と接してから、正直、幻滅したよ。 そんな時に、他に素敵だと思える娘が現れたんだ。 だから、俺は、その人に自分の気持ちを伝えるつもりだ。 どうなるか分からないけど、今は、それしか考えられないんだ。 話を聞いて、凄く同情したけど、君の気持ちには答えられない」



「うん。 仕方ないね。 元太さんは寡黙だけど、言うべき時は、しっかりと伝えてくれる。 男らしいわ。 その娘とのこと、元太さんなら大丈夫よ。 でも、もしダメだったら私が立候補するからね」



 貴子は、自分の表情が見えないよう下を向いた。



「元太さん、ありがとう」



 貴子は、顔を伏せたまま走り去った。

 


◇◇◇



 俺は、直ぐに都立図書館に向かった。待ち合わせの時間より少し早かったので、入口に近い席に座って待っていた。すると背後から声がした。



「おい、元太。 こんなところで、どうしたんだ?」


 振り返ると、そこには涼介がいた。彼は、超イケメンだから周りの女子の熱い視線が集まる。



「元太さん、遅くなってゴメン。 待った? あっ、お友達なの?」


 沙也加が来た。涼介を見つめている。



「ううん、今来たばかりさ。 沙也加さんは時間通りだよ。 こいつは同学年の涼介だ」


 

「初めまして、桜井 涼介です」


 いつの間にか、涼介が中に加わっていた。



「私は2年の、細木 沙耶香です。 涼介さんの事は知ってますよ」



「えっ、本当ですか? 貴方のように綺麗な人が、自分の事を知っているとは嬉しいな。 何故、知ってるんですか?」



「凄くイケメンで、成績優秀、おまけにスポーツ万能、ほとんどの女子は知ってると思いますよ」



「そんな。 でも、沙也加さんだって知らない人はいない。 学校一の美人で、成績はトップクラス、男子は皆、憧れてます」



「そんな事はありません」


 沙也加は、顔を赤くした。



 2人の会話は弾んだ。しかも、美男美女でお似合いだ。俺は、場違いな所にいる気がしてきた。


 会話に入る気にもなれず、いつものように俯瞰して2人を見ていた。そんな俺に気づき、沙也加が話しかけてきた。



「あっ。 元太さん、ゴメン。 私達ばかり喋って」


 沙也加が話すと、また、涼介が割って入った。



「自分は、暇なんですけど、良かったら3人で勉強しませんか? 僕は1人で勉強しようと思って来たけど、仲間に入れてもらえると嬉しいな!」



「私は、良いけど、元太さんは?」


 沙也加は、なんだか嬉しそうだ。



 これは、涼介の企みだと直ぐに分かった。沙也加と勉強することを伝えてあったので、俺を尾行したのだろう。敵ながらあっぱれだ。


 まんざらでも無さそうな沙也加を見て、やはり、他の女子と一緒なんだと思った。いや、超イケメンの涼介になびかない女子はいないと思う。


 モテない男のひがみではあるが、沙也加への気持ちが急速にしぼんで行くのを感じていた。

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