第8話 恋心
モニター越しの貴子は、泣きたいのを必死に堪えているようだ。
「何か、用事か?」
「さっきは、ありがとう。 お礼を言いたくて来たの。 直接、顔を見て話したい」
「礼を言われるような事ではない。 帰ってくれ」
俺は、突き放すように言った。
「今までの事、ごめんなさい。 心から反省してる。 この性格も変えたいと思ってるの」
結局、貴子は泣いてしまった。
「涼介には、君の気持ちを伝えておくから、安心して帰りな」
俺は、優しく言った。
「違うの。 貴方と友達になりたいの。 本心なの」
「分かったから、帰ってくれ」
「じゃあ、明日の帰りも校門の前で待ってるから」
貴子からの思いもよらぬ言葉に、驚いて しばらく呆然としたが、沙耶香との約束を思い出した。
「ダメだ。 明日は用事がある」
貴子は、既に帰っていた。
「ハー」
俺は、ため息をついた」
◇◇◇
ガチャ
母が帰って来た。
「珍しく早いな! どうしたんだ?」
「何言ってるの。 可愛い息子に逢いたくて早く帰ったのよ! ところで、同じ高校の制服を着た綺麗な娘とすれ違ったけど、まさか元ちゃんの所に来てた?」
「違うよ。 俺の所に女子が来るなんて、あり得んだろ」
母さんがすれ違った娘は、貴子だと思ったが、俺は否定した。
すると、母は真剣な顔をした。
「そんな事ないよ。 母親のひいき目を差し引いても、元ちゃんは、素敵な男子よ。 女子はメロメロになるはず。 寡黙だって魅力なんだよ。 私は、若い頃、凄くモテたのよ。 でも寡黙な、お父さんを選んだ。 分かるでしょ!」
「さあな。 それより腹が減った」
「よし、久しぶりに手料理を振る舞うよ。 元ちゃんも手伝って!」
「結局、そうなるか」
母は、料理はカラキシだった。
俺の両親は、省庁に勤務するキャリア官僚だ。激務のため、家庭はあって無いようなもの。
俺が生まれた時、母は退職を決意したが、父がそれを止めた。父に言わせると、母は自分より遥かに優秀で、母を退職させることは、この国の損失になるとまで言った。
稀に見る美人で、しかも優秀な母に、父は心底惚れているようで、寡黙な父を通して、その気持ちが伝わって来る。
両親とも海外勤務だったため、10歳になるまで、俺を父の実家に預けた。その引け目のせいか、母は俺を溺愛している。
悪い気はしないが、少し煙たく感じていた。
◇◇◇
翌日の昼時、涼介と学食にいた。
「涼介。 俺は、何事も正々堂々とすることを心掛けているんだ」
「ああ、分かってるさ。 俺達の間でコソコソするような事は止めよう。 ところで、俺に何か言っておきたいんだろ」
涼介は、爽やかな笑顔で言った。
「二つあるんだ。 一つ目は、細木 沙耶香さんの事だ。 涼介が彼女のことを好きだと聞いたが、実は、俺も好きだ。 彼女と一緒に勉強する約束をした。 もちろん彼女が、俺をどう思うか分からんが、一応、断っておく」
「えっ、彼女とどこで知り合ったんだ?」
「日曜に、絡まれてる所を助けた」
「そうか、正義感の強い元太らしいな。 かなりのアドバンテージだな」
涼介は、少し悔しそうだ。
「元太、俺も言う。 この前、沙耶香さんと話した事が無いと言ったが、あれは嘘だ。 俺が小5の夏休みに、子供会の行事で、彼女と一度だけ遊んだ事がある。 最も、彼女は俺の事を覚えてないと思うがな。 俺はその時、ガキなのに彼女にプロポーズしたんだ。 だけど、彼女は笑って受け流していた。 俺の、いわゆる初恋ってやつさ。 その時から、俺は、いつも彼女の事を気にかけて来た。 俺の気持ちは、そこからドンドン膨らんでる。 今は一方的な憧れだけど、必ず彼女を振り向かせて見せる。 元太が恋敵でも容赦はしない!」
涼介は真剣な顔をした。
「涼介が相手だと、普通に考えて勝てそうも無いが、俺も全力で行く!」
「ああ、望むところさ! ところで、もう一つの話ってなんだ?」
「言いにくいが、鈴木 貴子のことだ。 もしかすると、そんなに悪い娘で無いような気がする。 一度だけでも良いから、デートしてやってくれ」
「元太ともあろう者が、鈴木に懐柔されたな。 だけど、それは無いよ。 お前が一途なように、俺も、沙耶香さん一途なんだ。 沙耶香さんから振られたなら仕方ないが、それまでは、他の女子に目が行くことはない。 元太は、俺の親友で、尚且つ、最高のライバルなんだ。 だから、お互い、全力で行こうぜ!」
「いや。 貴子の事は純粋に考えて言ったつもりだが、これ以上は言わない」
バシッ
涼介は、俺の肩を叩いた。
「元太、お前が親友で嬉しい!」
涼介は、爽やかに笑った。
◇◇◇
教室の休憩時間での事。貴子は意を決して話しかけた。
「ねえ、安子。 貴方に謝りたい」
「何よ。 私が、桜井君の事を好きだと知りながら、何で張り合うわけ。 貴方とは絶交よ!」
「私、桜井君の事は、素敵だと思うけど好きでない。 最近、気がついたの。 だから、貴方の邪魔はしないわ。 応援したいとさえ思ってる。 それだけを、伝えたくて」
「分かったわ。 それなら、今まで通りね」
安子は、満足そうな顔をした。
◇◇◇
夕方の下校時、校門の前に行くと、貴子が近づいて来た。
「元太さん。 話を聞いてください」
貴子は、赤い顔をして、俺を見上げた。
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