第10話 想い人

 沙耶香の話を聞いて、涼介は俺を見た。



「元太は、良いに決まってるさ。 なっ、そうだろ!」



「・・・」



「こいつ、無口だからな。 でも断る理由は無いよな」



 返事しなかったが、結局、涼介が強引に割り込み、3人で勉強する事になった。

 

 俺は、勉強は嫌いでは無いが、普段はしない。難関の進学校と言われる上等学園高校を受験するときも、勉強することは一切無かった。

 

 高校はハイレベルな連中ばかりだから成績が中位になってしまったが、中学までは常に最上位で、勉強せずとも成績が良かった。だから、皆に一目おかれていた。


 涼介と沙耶香の成績は上位であるが、勉強を全くしない自分と違い、努力して勝ち取ったものだ。2人に比べたら、俺は不真面目な人間だと思う。



「沙耶香さん、数学のこの問題の答えを導き出すには、どうしたら良いだろう?」


 涼介が、聞いた。



「あっ、これね。 私も1年の時に苦労したわ。 ここを2次方程式に代入すると解けるわ。 遠回りに見えるけど、違う方向からアプローチすると分かりやすくなるのよ」



「そうか、目から鱗だな。 本当に為になるよ!」


 涼介は、沙耶香を見つめた。



「沙耶香さんに、お願いしたいんだけど、これからも一緒に勉強しないか。 どうかな?」



「えっ」



「自分じゃ、ダメか?」



「そんな事ないよ。 良いわよ」


 沙耶香は、顔を赤くした。もう、俺に気を使う事も忘れているようだ。



「沙耶香さん。 質問して良いか?」



「うん、良いよ」



「昔の事だけど、実は、自分と遊んだ事があるんだぜ! 覚えてる?」



「うん。 子供会の行事の時でしょ。 実は覚えてるよ。 あの時、私をからかったでしょ!」



「からかってないさ。 あの時にしたプロポーズは、今でも生きてる。 ずっと同じ気持ちだったんだ」



「えっ、そうなの」


 沙耶香は、恥ずかしそうだ。


 俺は、俯瞰して見ていたが、流石に限界が来た。



「2人で盛り上がってるところ悪いが、俺は用事があるから帰るわ」



「えっ、元太さん」


 沙耶香が、俺の事に気づき悪いと思ったようだ。



「元太、またな!」

 

 涼介が、俺にトドメを刺した。



 俺は、後ろを振り返らずに、図書館を後にした。


 ムシャクシャした。人間が小さいと自分を卑下した。涼介に負けた事は認めるが、奴に対する怒りが湧いてしまった。


 沙耶香は、軽食コーナーで食べるお菓子を持参すると言ってたが、涼介に食べさせるのだろう。小さい人間と言われるだろうが、こんな些細な事さえ、怒りに変わってしまう。



◇◇◇



 俺は、ゲームセンター宝島に来ていた。


 いつもの麻雀ゲームに熱中してると、スマホが鳴った。沙耶香からだった。



「元太さん、さっきはごめんなさい。 涼介さんとばかり話していたわ。 ところで、今、何処にいるの?」



「俺の事は、いいさ。 沙耶香さんこそ、まだ勉強してるのか?」



「うん、まだ図書館にいる。 席を立って電話してるの」



「涼介とまだ一緒なんだ」



「ええ。 でも、もう少ししたら帰るわ。 今度また、勉強しようね」



「なんで俺を誘う? 涼介と勉強すれば良いだろ。 あいつは、沙耶香さんの事が好きらしいぞ。 ガキの頃にプロポーズされたんだろ! 仲良くすれば良いさ」


 沙耶香は、答えられないでいる。



「沙耶香さんが誘ってくれて、正直、凄く嬉しかったよ。 自分の事を顧みず、君に好意を持ったさ。 だから、涼介に言われて、君が嬉しそうにする姿を見ると、堪らないんだ。 俺の心は、そんなに広くない。 涼介は、悪い奴じゃないから、あいつと付き合えば良いさ。 愚痴じゃないぜ、正直な気持ちさ。 今なら、俺は引き返せる。 これで、さよならだ」



「えっ …。 ごめんなさい」


 沙耶香は、謝った。



「で …」



プッ



 最後に、沙也加が何か言おうとしたが、俺は、電話を切った。



「やはり、人の本質は同じだな。 俺に一緒に勉強しようと誘っておいて、後から合流した涼介に夢中とは …。 沙耶香さんもイケメンの方が良いわけだ。 そんな事も分からなかったとは、俺は救いようのない馬鹿だ!」



 俺は、自分を鼓舞する様に声を出して言った。



「そうよ。 見た目だけで判断する人は多いよ。 でも、今の私は違うわ!」



 背後で声がした。



「えっ、誰だ!」



 振り向くと貴子がいた。



「なんで、此処に?」



「別に、尾行した訳じゃないよ。 貴方に振られてムシャクシャして、此処に来てたのよ! この前のように、誰かに絡まれるかと思うと怖かったけど、居場所が無くてさ。 ところで、さっき言ってた沙耶香って、2年の 細木 沙耶香の事?」



「ああ、そうだ」



「へえ〜。 貴方も結局、見た目じゃん」



「そう言えば、そうだな。 最初、お前に惹かれたのも、美人だったからだしな。 俺も人の事は言えないな!」



「えっ、私の事を美人だなんて、ありがとう。 ねえ、貴方の事、元ちゃんと呼んで良い?」



「ああ、好きにすれば良いさ。 でもそれって、母が俺を呼ぶ時の言い方だぞ」



「そうなの。 でも、元ちゃんの、お母さんて、凄い美人だよね。 お父さんは、いかついから、元ちゃんは、一見するとお父さん似だけど、メガネを外してご覧よ。 美人のお母さんと同じ目をしてるよ。 この前、私のために喧嘩してくれた時、眼鏡が飛んで見えたの。 元ちゃんって、凄くイケメンだよ」


 貴子は、顔を赤らめた。

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