第32話
特急かもめは、麻衣を乗せて走っていた。たまに、ガタンガタン、と大きく揺れる。窓の外には、海が広がっていた。海には無数の棒のようなものがずっと遠くまで並んでいる。麻衣はきっと何かを育てているのだろうと思った。棒はそれに必要な道具なのだ。太陽の光のせいか、水面がキラキラしていて綺麗だ。麻衣は窓にスマホをくっつけて写真を撮り、雫に送った。少ししてケータイのバイブ音が鳴り、見ると雫からラインがきていた。「きれい!」特急かもめは新幹線よりも遅いはずなのに、どうしてだろう、とても早く感じる。窓からはもう海は見えなくなっていた。家や木がどんどん後ろに通り過ぎて行く景色に変わっていた。辛くてしんどかったあの日も長崎で過ごした日々も一緒に遠くなっていくように感じた。風景は田舎の景色から都会に変わっていた。知らない町が見えて、通り過ぎて行く。大きな川、橋、ビル、パチンコ店、工場、これから新しい毎日が始まるんだ。
エレベーターを降り、見慣れたお土産屋さんを見つけた。大阪に戻ってきたのだ。麻衣は息を吸った。懐かしい匂い。駅の雰囲気。心の底からほっとしていた。戻ってこれたのだ。これで良かったのだ。「麻衣ちゃん」と声がきこえてきて振り返ると、お母さんが椅子にちょこん、と座っていた。お母さんのところに行くと、「長崎はどうだった?」ときかれた。麻衣は小さな声で「大阪のほうが良いよ。」と呟いた。お母さんは聞こえているのかいないのか、「お土産でも買っていく?」ととんちんかんなことを言っている。そういえばお母さんはいつもとんちんかんなことを言ってたな、と思い出した。麻衣は「大阪でお土産買ってどうするの。」と言って苦笑いした。
stand by me 甘夏みかん @na_tsumi
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