第30話

エレベーターが開いて入ってきたのは藤井くんだった。

藤井くんは「おはようございます。」と低い声でいうと、前髪をかき上げた。

エレベーターの中で迷わず真ん中に立つ神経が麻衣にはどうしても理解できない。麻衣は端っこに追いやられていた。2人しか乗っていないのになぜか狭く感じるではないか。麻衣は「いつ東京行くんですか。」と質問してみた。藤井くんは「あー・・・まだっすね。てか、あんまり考えてないっす。」と言った。ということはしばらくこの会社に居座るつもりなのだろうか。麻衣は心の底から残念だ、という気持ちを込めて、「それは、残念ですね。」と言った。藤井くんはえ?という顔をしてこちらを見た。「あ・・・いや、東京に行きたいって言っていたので・・・。」と麻衣がいうと、藤井君はどこか納得していない様子で「ああ、」と答えた。

エレベーターが付くと、平田さんがいた。麻衣が「おはようございます。」と言うと、「おっ、丁度良い!この段ボールを倉庫まで運んでってくれないか。2人で。」と言ってきた。藤井君は相変わらずのふてくされた様子で「はい。」と答えた。麻衣たちが段ボールを運んでいるのを見て、平田さんはニコニコしている。「仕事というのは仲間で協力して進めるものだからな。」と言う言葉に2人は答えなかった。

昼になったのでいつものように雫とランチをしに行く。いつものカフェ「フラワー」だ。「ねえねえ」と麻衣が言った。「雫ってさ、たまにボーってしてる時あるよね。」そういうと雫は恥ずかしそうに「え、そうかな?」と言った。「うん、あるある。何考えてるの?」雫はうーん、と言って首を傾げた。「あのビルの上から、人が空に向かって飛んで行くところとか。」と言った。「飛ぶの?」と麻衣がきくと、「羽が生えて、パタパタって。」と雫は言って笑った。麻衣もなにそれー、と言って笑った。「いつも空想とかしてるかも。」と続けた。やっぱり雫は他の人とちょっと違うな、と麻衣は思った。雫の周りだけ違う時間が流れているような気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る