第29話

「最後だね。」

門松くんと麻衣はバス停の椅子に座って話していた。バスを待っているわけではなく、たまたま椅子があったから座っているのだ。

麻衣は「別れたくない。」と言った。門松くんも「うん。俺もできれば行きたくないよ。」と言った。麻衣は「マレーシアに行くからって別に別れなくても良いよ。」と言った。門松くんたちの船は貿易船でこれからマレーシアに向かうのだ。「でも、こっち戻ってくるの七か月後だよ?その間、麻衣ちゃん何もできないのもったいないよ。」「何も?」「ほら、七か月間、新しい彼氏作って遊んだりできるじゃん。俺と付き合ってたらどこにも行けないしさ。時間がもったいないよ。」「・・・そうだね。」と麻衣は答えた。

麻衣は門松くんのホテルに泊まった時を思い出した。朝早く出勤する門松くんは寝いている麻衣に向かって、「行ってくるね。」と必ず声をかけていた。

門松くんは多分優しい人なんだ。

しかし、門松くんは全然わかってない。人間そんなに簡単じゃない。麻衣は門松くんの言うように新しい彼氏と楽しく過ごすことはできないだろうと思った。この数ヶ月は門松くんのことを考えてジメジメした毎日を送ることだろう。だから、全然もったいなくなんてないんだ。麻衣は近くにあった「ラーメン家政」を見つけていった。「あ、ここおいしいらしいよ。」門松くんは「そうなんだ、今度行ってみよう。」と言った。麻衣は「うん」と答えた。しばらくくだらない話をしていたが、話すことがなくなった。麻衣は「じゃあね、また。」と言った。門松くんも「うん、じゃあね。また!元気でね!」といつものニコニコした笑顔で言うと手を振った。


夜道を一人で帰っているとふと急に寂しくなった。麻衣と同じように、独りぼっちの丸い月が真っ黒な空に浮かんでいた。


別れたくなかった。

だけど、それは門松くんのことが本当に好きだからじゃない。

ただ単に人と別れるのが辛かっただけだ。

そう気づいていたから、寂しかった。

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