第24話

「ねーねー、あの大学生、どう思う?」


麻衣は、雫とランチをしていた。

いつもの店、フラワーだ。


「あー、藤井くん、だっけ?」

「そうそう。」

「あの人ちょっと面白いよね、ふふ。」


雫は藤井くんとはあまり関わることがない。だから面白い、なんて言えるのだろう。


「藤井くんってなんかすごいんだよね、、」


その日の午後。

「あ、藤井くん。お疲れ様です。」

「お疲れっす。」

エレベーターで藤井くんに鉢合わせしてしまった。どうしよう、2人きり。

「・・・」

「望月さんって、なんか夢とかないんすか?」

「ゆ、ゆめ、、、?」

「はい、やりたいこととか。僕はありますけどね、社長になりたいとか。大物になりたいとか。」

「大物・・・?」

「そうです。俺、ビッグになりたいんすよ。」


急にビッグになりたいと言われても困る。


麻衣はとりあえず「そうなんだ。」と相槌を打った。

藤井くんがいつも不満気にしている理由が分かった気がした。ビッグになりたい人からしたら、こんな日本の端っこ。一番高いビルでも10階建てくらいしかないような田舎の会社で毎日働いているのが耐えられないのだろう。

ていうかビッグってなんだ。

抽象的すぎる。


「私は、、、特にないけど、、、」


「望月さんって、きいたんですけど、もう24なんすよね。俺が24だったら、こんな会社で働くなんて絶対嫌なんで。望月さんって何考えてこんなとこにいるんですか?」


すみませんね、24にもなって「こんなとこ」にいて。

こういうすごい人の近くにはなるべくいたくない。こういう人は、麻衣が主人公の物語に突然入ってきて、知らないうちに主人公の座を奪っていってしまう。「夢を追っている大学生」の隣にいることによって、麻衣はつまらない「会社員A」に成り下がってしまった。


「望月さん、藤井くんにメールのやり方教えてあげて。」

「はい。」


黙って作業をしていると藤井くんが口を開いた。

「望月さん、もしかして僕のこと苦手ですか」


「はい、、」

あ、つい本当のことを言ってしまった。


「俺は別に全然良いですけど。そういう人もいるの分かってるんで。」藤井くんはそう言うと前髪をかき分けた。


あー、どうしよう、、麻衣がなんて言おうか迷っていると、藤井くんはさらに話し続けた。

「それに、、」

「俺、もうすぐここやめて、東京行くんで。」藤井くんは窓の外を見ている。彼の目には平田さんも、この田舎の景色も映ってなどいないのだろう。


「そうですか。」と麻衣は答えた。

そんなことを打ち明けられても反応に困る。入ってきたばっかりの藤井くんに対して何の感情も持つことができないし、勝手にしてほしい。


藤井くんにとって、「こんな会社」は、人生の一つのステップでしかなく、「こんな会社」で働いている私は道の途中に咲いているたんぽぽくらいの存在だろう。


だけどさ、藤井くん。

例え大物になったって、自分からは逃げられない。

結局自分のままで真ん中のところは変わらないんだよ。

それでもわざわざ「大物」になりたいわけ?




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