第15話
「お疲れ様です。」「あ、お疲れ様~。」麻衣は福山くんに丁寧に挨拶をして会社を出た。今日は昨日とは世界が違って見える。青い空には無限の可能性が輝いている。門松くんと「やって」しまったが、無事に(?)付き合うことができた。それに、久しぶりに彼氏ができた。「彼氏」というものがなんなのかはよく分からないが、その言葉がもう素敵ではないか。雫が「麻衣ちゃん、待って~」と後ろからやってきた。門松くんとのラインを思い出した。週末に一緒にごはんを食べに行こうと誘われていたのだった。雫が麻衣の話をきいて「よかったね!」と言った。心から祝福してそうなその声をきくと、ふと不安になった。まだ門松くんと一回しか会っていない。どんな人かも分からないのに、付き合っても良いのだろうか。まあ、その前にもうやってしまってはいるのだが。
門松くんと麻衣はお店の前にいた。門松くんが調べたらしい和食のお店。頭の上には薄く光っている提灯があり、「割烹こばやし」とかいてある。中に入るとカウンターと座敷が目に入った。お客さんが2人カウンターに座っており、厨房の中には大将と女将さんが2人でせっせと準備をしている。門松くんは「魚料理がうまいらしいんだよ。」と言った。麻衣は「そうなんだ。」と答えた。カウンター席に座ると、紙のメニューがおいてあった。「何が食べたい?」と門松くんがいった。メニューを見て麻衣は嬉しくなった。とても美味しそうではないか。「あ、お刺身食べたい。」「いいね、他の魚料理もあるよ。煮つけ、塩焼き、あとじゃがバター、てんぷら、蕎麦とか。」メニューを見ているとお通しがでてきた。「飲み物なににする?」「あ、じゃあ、ビールで。」「じゃあ、俺も。」門松くんが、「すごいね、なんか長崎って魚料理が多いよね。」と言った。「わかる。」と麻衣も答えた。「よくこんな店知ってたね。」「いや、食べログで調べた。この店、結構人気なお店らしい。」そう早口でいうと門松くんは笑った。彼はこういう常に笑っているような人なのかもしれない。始めて会った時も笑顔が印象的だった。それとも彼なりの照れ隠しなのだろうか。話していると、刺身の盛り合わせが出てきた。麻衣は箸でかんぱちをつまんだ。麻衣は「門松くんって兄弟とかいるの?」ときいた。「いるよ。全員男だけど。上が兄で、下が弟。だから俺は真ん中。」「そうなんだ。」こういう家族の話をきくと少しほっこりする。「麻衣ちゃんは、兄弟居るの?」「いるよ~、姉が。」「あ、そうなんだ。意外。一人っ子かと思ってた。」「なんで?」「いや、なんとなく。」そういうとまた笑った。いいな、と麻衣は思った。まだ会って2回目だけど、話が合うような気がする。門松くんと付き合うことになったのはほとんど「事故」みたいなものだが、なぜだろう、奇跡的に楽しい時間を過ごせている。ごはんを食べ終わって2人は店を出た。店は住吉にあり、門松くんの泊っているホテルは出島にある。少し遠い。「帰れる?」ときくと、「うん、電車に乗って帰るから大丈夫。」といった。門松くんと別れて一人でアーケードを歩く。いつもここのアーケードの中はがらんとしている。一応買い物できるお店や喫茶店はあるが、シャッターが閉まっているところもあってどこか寂しい。アーケードの蛍光灯以外、あかりがほとんど無いし、人通りもほとんどない。人がいないのを良いことに麻衣はアーケードのど真ん中を大股で歩いた。なんだかすごく良い感じだ。よく分からないけどなんだかすごく「カップル」っぽい。
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