36 食後の感想は・・・
30分後—
「ど、どうだい・・?テア。食事・・・美味しかったかい・・?」
ひきつった笑みを浮かべながら、空になったパンケーキの皿と、スクランブルエッグにウィンナーが乗っていたはずの皿を前にヘンリーが尋ねてきた。
「え、ええ・・とても美味しかったわ・・。ありがとう、ヘンリー。食べさせてくれて・・。」
私は嘘をついた。母とヘンリーからの強烈なプレッシャーの中で食べる食事に味なんか分かるはずもなかった。けれども、身じろぎもせずにじっとこちらを凝視している母や、何故か肩で息をしながら愛想笑いをしているヘンリーを前に・・『味なんかほとんどわかりませんでした』等言えるはずもない。
そして私の言葉を聞いたヘンリーはやっと解放されたと言わんばかりに、母の方を振り向くと言った。
「どうですか?マダム。」
えええっ?!い、いったいヘンリーはどうなってしまったのだろう?今まで一度も母の事を『マダム』などと呼んだことも無いのに。
「そうね・・・。テアの食事も済んだことだし・・。終わりにしましょうか?」
「え、ええ。そうね?お母さん。それがいいわ。」
「ぼ・僕もテアの意見に賛成ですっ!」
ヘンリーは余程この場から逃げ出したいのだろう。間髪入れずに即答した。
「いいわ、それじゃ終わりにしましょう。」
母は手にしていたナフキンをテーブルの上に落とすと言った。
こうして・・息詰まるような朝食がようやく終わり、私は何だかとても疲れてしまった。隣に座るヘンリーを見れば、何故か髪は乱れ・・・全身に疲労の色をにじませていた。栄養をつけるための食事が、何故か逆に栄養が抜けてしまった気がする。
「そ、それでは僕はこの辺で・・・。」
いそいそと立ち上がろうとしたヘンリーに母が声を掛けた。
「ところで・・・ヘンリーッ!」
「は、はいっ!」
母はまたしてもヘンリーの名前を強調して声を掛ける。
「貴方・・・馬車で来ているのよね?」
「はい、そ・・・うです・・。」
消え入りそうな声で返事をするヘンリー。
「当然テアを乗せて大学へ連れて行くのよね?」
ジロリと凄みを聞かせる母。
「え・・?」
途端にヘンリーの表情が曇る。まるでそれは勘弁してくれと言っているように私には見えてしまった。
「あら・・・?何?もしかして・・嫌なのかしら?」
母は目だけでヘンリーを威嚇する。
「ヒクッ!」
またしてもヘンリーが小さなしゃっくりをした。・・知らなかったけれども、どうやらヘンリーは極度の緊張状態にさらされると・・・しゃっくりが出るらしい。これは新たな発見だった。
「どうなの?ヘンリー。」
「ええ、勿論ですとも。ここまで来ておいて、僕が1人でテアを置いて馬車に乗って大学へ行くような真似するはずないじゃありませんか。さあ、おいで。テア。2人で馬車に乗って大学へ行こうじゃないか。」
先ほどと同様に物凄い速さでヘンリーはまくし立て・・そして笑顔で私に手を差し出すが、どう見ても差し出した右手は震えているし、ひきつった笑みを浮かべている。
これは・・さすがにヘンリーが気の毒になってきた。ここは私が何とかしなくては。
「あの・・ヘンリー。私、まだ準備が終わっていないの。だから・・折角の申し入れだけど・・。」
するとそこへ母が口を挟んできた。
「待たせておけばいいじゃいないの。」
「「え?」」
私とヘンリーは同時に母を見た。母はいつの間にか椅子から立ち上がっており、腕組みをしていた。そしてヘンリーの方を見た。
「ヘンリー。馬車をエントランス前に着けて待機していなさい。後でテアを向かわせるから。」
「は、はい!分かりました!」
ヘンリーはガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、バタバタとまるで逃げるように走り去って行った。
「・・・。」
そしてダイニングルームは私と母の2人だけになってしまった。
「・・・・。」
母は私をじっと見つめると言った。
「で?どうだったの?」
「え・・・?どうだった・・・って・・?」
母の言わんとする意味が分からない。
「テア・・・貴女随分前から一度でいいからヘンリーに食事を食べさせて貰いたい、それが夢だって子供の頃から言ってたじゃないの。」
「え?あ!」
そう言えば・・・よくよく思い出してみればそんな事を母に話していた気がする。
「それで・・・念願かなって食べさせて貰って・・実際にどうだったの?」
「そ、それは・・。良くは無かったわ・・・。」
ヘンリーには悪いけど・・・もう、こんな食事はお断りだ。胃に穴があいてしまいそうだ。
「そう?それじゃ・・もうヘンリーに食べさせて貰うのはやめるのね?」
「ええ、勿論!」
そこだけは力説した。すると母は言った。
「分かった・・・?テア?そんな夢見ても・・・実際はこんなものなのよ?早くいい加減に夢から覚めて・・・現実を見つめなさい。」
母は神妙な顔で意味深な言葉を口にした—。
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