「さあ、テア。沢山食べなさい・・・貴女は細過ぎよ？もっと食べたほうがいいわ。」

母は私の前にパンケーキが乗った皿をすっと押し出して来た。

「は、はい・・お母さん・・。」

しかし、私よりも母の方が余程痩せている。その上、母は紅茶を飲んでいるだけなのだから何とも矛盾な気がする。一方隣では・・・。

カチャンカチャン・・・

やたらとフォークとナイフを皿に打ち付けながらヘンリーがハムステーキをカットしている。何故彼がこんなにもテーブルマナーに反する音を立てて食事をしているかと言うと・・・全身小刻みに震えていたからだ。顔は青ざめ、フォークとナイフを持つ手だけでは無く、つま先までがカタカタと震えている。

・・・どうしてヘンリーがこんなに怯えているのかも私には謎だった。

「ヘンリー。」

突然母が良く通る声でヘンリーの名を呼ぶ。

「は、はいっ！」

「貴方・・・もう少し、音を立てずに食事が出来ないのかしら・・・？」

母は空になった紅茶のカップに追加で紅茶を自ら注ぎながら言う。

「す、すみません・・・き、緊張してしまって・・・。」

ヘンリーは青ざめた顔で無理に笑みを浮かべて母を見る。

「そう？ところで・・テア。貴女・・・どうしてパンケーキを食べないのかしら？」

母が頬杖をつきながら私を見た。だけど・・・今、私は利き腕の右手を三角巾で吊っている。とても片手では・・・。

「お母さん・・片手しか使えないから・・パンケーキを食べるのは無理だわ。」

すると次に母はとんでもない事を言い出した。

「そうだわ・・・ヘンリー！」

「は、はいっ！」

母はヘンリーの名前を強調して彼を呼んだ。

「貴方・・・テアの許婚でしょう？食べさせてあげなさい。」

「「え？」」

私とヘンリーが同時に声を揃えて聞き返した。

「あ、あの・・・今何と仰ったのでしょう・・？」

妙にした手に出ながらヘンリーが母に尋ねた。

「あら？聞こえなかったのかしら？貴方はテアの何だったかしら？」

「イ、許婚・・・デス。」

妙にぎこちない言葉でヘンリーが答える。

「誰のせいで・・テアは怪我をしたのかしら？」

「お、俺・・い、いえ。僕の・・・せいです・・。」

ヘンリーは真っ青になりながら答える。

「そう。貴方は・・テアの許婚でありながら・・・テアを怪我させた張本人。世話をするのは当然じゃない？その為に朝食の席に誘ったのだから。」

「ヒクッ！」

ヘンリーがしゃっくりをした。そ、そんな・・・。母は一体何を言い出すのだろう？無理矢理私の世話を焼かせたりしたら・・ますます私はヘンリーに嫌われ・・憎まれてしまうかもしれない。何故ヘンリーがここまで母に怯えているのか理由は分らないけれども、ここは私が断らなければ・・。

「お、お母さん！大丈夫よ・・・私の世話をしていたらヘンリーが食事をとる時間が無くなってしまうわ。パンケーキくらい・・・片手で食べられるから。」

言うと、左手でナイフを持ってパンケーキを切ろうとしても片手だし、ましてや利き腕では無いので全く上手にカットする事が出来ない。そんな私を見て母が言った。

「ほら、やっぱり無理じゃないの。ヘンリー。食べさせてあげなさい。」

「ゲ」

ヘンリーが小さく呟く声が隣に座る私の耳に聞こえてきた。幸い母の耳には届いていなかったけれども・・・いやいや食べさせて貰うなんて気が引ける。しかし、何故か彼は母の言葉に抗えないのか、震える手でフォークとナイフを使い、皿の上に乗っているパンケーキを一口大にカットし、フォークで刺すと私の口元に持ってきた。

「ほ、ほら・・テア。口をあけてごらん・・？」

確かに、一度くらいはヘンリーに食べさせて貰えたらと夢を見たことはあったけれども・・・こんな状況、ちっとも私は望んでいなかった。けれども母は凝視しているし、ヘンリーは目で必死に私に食べるように訴えて来る。

私は・・観念して口を開けた―。