34 息詰まる空間

「え・・?へ、ヘンリー・・・?」


何故だろう?どうして朝から彼がここに来ているのか、私にはさっぱり分からなった。彼は今まで一度だって私の迎えに来てくれた事など無かった。しかも花束なんて持ってきたことすらないのに・・。それともひょっとして・・?


「ねえ。ヘンリー。キャロルなら・・ここにはいないわよ?今日から女子寮よ?」


何故か、私の近くで青ざめた顔で母を凝視しているヘンリーに声を掛けた。


「ば、馬鹿っ!そんな事・・分かってるっ!」


「え・・?馬鹿・・?」


突如、母が低い声でポツリと呟く声が聞こえてきた。その直後、傍目からも分かるほどにヘンリーの肩がビクリと跳ねる。そして・・・。


「も、申し訳ございませんでしたっ!」


いきなり花束を母に差し出し、ヘンリーは頭を深く下げた。え?え?何・・一体今目の前で何が起こっているの?

母はじっと身じろぎせずにヘンリーを見ているし、ヘンリーは何故か小刻みに震えながら花束を母に差し出している。私1人、蚊帳の外に置かれたような状態だ。


すると母が口を開いた。


「ヘンリー。謝る相手を間違えているのではなくて?貴方が謝るべき相手は私ではなく・・・。」


そして母はチラリと私を見ると言った。


「私の娘でしょう?」


「は、はいっ!」


ますます顔を青ざめさせながらヘンリーは返事をすると、クルリと私の方を向いた。


「テア、すまなかった。その右手首の怪我は俺が強く握り締めたせいで怪我をしてしまったのだろう?本当に申し訳なかった。これはほんのお詫びのしるしの花束だ。受け取ってくれ。」


まるで感情のこもらないセリフを物凄い早口のスピードで言うと、ヘンリーはバサッと花束を押し付けてきた。


「ま、待って・・ヘンリー。片手じゃ・・上手く持てないわ。」


花束に埋もれながら必死で訴えると、母が声を掛けてきた。


「ヘンリー。」


「は、はいっ!」


何故か母にだけ怯えた態度を取るヘンリー。


「娘が苦しがっているから・・花束は空いているテーブルの隣に置きなさい。」


母は自分の左隣のテーブルの空間をトントンとひとさし指で叩きながら言う。


「あ、そ・っそうですね・・・。スミマセン・・気が利かなくて・・・。」


ヘンリーは私から花束を取ると、母に指示された場所に置く。それをじっと見ながら母は言った。


「別にいいのよ?いつもの事だから・・私は何も気にしていないし?」


そうしてヘンリーを見てニッコリ笑う。


ゴクリ


 余程緊張しているのだろうか・・・?ヘンリーが喉を鳴らす音が私のところまで聞こえてきた。それにしても・・・一体これはどういう状況なのだろう?何故ヘンリーはあそこ迄母を怖がっているのだろうか?それにどうして私を怪我させたことを知っているのだろう?私は誰にも話していないし、皆に口止めをしている。それなのに母もヘンリーも私の右手首の怪我の理由を知っている。だけど・・。


聞けない、まるで一触即発状態のこのピンと張りつめた空気の中・・・私は身動きできずにいた。

そして口火を切ったのは母だった。


「あら?ヘンリー。いつまでそんなところに立っているの?貴方・・・確か、朝食がまだだったわよね?丁度良い所に来たわね?さあ、テアの隣に座って・・3人で食事にしましょう。」


母はサラリと言った。けれど・・こんな緊張した状態で食欲なんて・・私には皆無だった。ヘンリーも同様なのだろう。しかし、母の言葉には抗えないのか、私の右隣りの空いている椅子をカタンと引くと、座った。その瞬間私は見てしまった。ヘンリーの両足がガタガタと震えていたのを・・・。


 母はヘンリーが着席するのを見届けると言った。


「さあ・・みんな揃ったことだし・・・これから朝食を食べましょう?」


そして、息詰まるモーニングタイムが始まった―。






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