37 これも・・夢?

 何となくもやもやした気持ちのままエントランス前に出てくると、そこには腕組みをしてイライラした様子のヘンリーが立っていた。そして私を見るなり言った。


「遅いっ!いったい今まで何をし・・・・。」


そこでヘンリーは言葉を切った。


「あ・・・。」


どこを見ているのか、見る見るうちにヘンリーの顔色が青ざめてくる。


「?」


一体ヘンリーは何を見てそんなに・・?不思議に思って振り向けば、そこには母が腕組みをして立っていた。


「あら・・悪かったわね?ヘンリー。出来るだけ急いできたつもりだったのに・・どうやら待たせてしまったようね?」


母はどこか威圧的に腕組みしたままヘンリーに謝罪した。


「い、いえいえ。とんでもありません。テアの為なら例え1時間だろうと2時間だろうと待ちますよ。」


「待って、ヘンリー。いくら何でも私はそこまで遅刻はしないわ。」


そんな礼儀に反するような事出来るはずがない。するとヘンリーは小声で言った。


「いいからお前は黙ってろ。」


「は?お前・・?」


ギロリと母がヘンリーを睨みつけた。


「ヒクッ!」


ヘンリーの本日3度目のしゃっくりだ。ヘンリーは小声で私に文句を言ったようだけども、ここはエントランス。吹き抜けのホールになっているので声が良く響く。どうやら母の耳には筒抜けだったらしい。


「す、すみません、マダムッ!つ、つい・・口が滑って・・・と言うか、いえ、今の『お前』と言うのは・・そ、その・・信頼の意味を込めて言っただけですから!」


「それにしては・・女性に対して言う言葉では無いわね・・?」


母が一歩近付いた。


「ヒィイイッ!」


ヘンリーは素早い動きで、後ろ向きで1m程後ろに下がり、エントランスのドアにぶつかってしまった。


ゴツンッ!


「・・くっ」


鈍い音がして、ヘンリーが声を殺してプルプル震えながら背中の痛みに耐えている。どうやら扉の飾りのとがった出っ張り部分に背中を打ち付けてしまったらしい。


「だ、大丈夫っ?!ヘンリーッ!」


慌ててヘンリーに声を掛けた時、背後で小さな笑い声が聞こえた。


「プッ」


驚いて振り向くと、ヘンリーの様子を見ていた母が小さく笑っている。え・・?笑ってる・・・?私にはとても背中を痛めて身もだえしているヘンリーを見て笑えなかったが・・母は肩を震わせて必死に笑いをこらえていた。そして私の視線に母は気づいたのか、コホンと咳ばらいを一つすると言った。


「さあ、ヘンリー。先に馬車の前に行って、テアをエスコートしてあげなさい。そうそう、ちゃんとテアのカバンも持ってあげるのよ?」


「ハ、ハイ・・・マダ・・ム・・。」


ヘンリーは背中の痛みをこらえつつ、私のところへやってくると言った。


「さ、さあ・・・テア。カバンを貸してごらん。持ってあげるよ?」


「え?いいえ?大丈夫よ。だってヘンリー、背中を痛めてるじゃない。」


「いいから早くよこせっ!」


ヘンリーは小声で目配せしながら言う。


「は、はい・・。」


涙目で痛みをこらえているヘンリーにカバンを渡すのは気が引けたが、ここは母の言葉に従っておいた方がいいかもしれない。


「結構重いから・・気を付けて持ってね。」


小声で言いながらそっとヘンリーにハンドル付きのカバンを手渡した。ヘンリーはそれをしっかりつかむと言った。


「さ、さあ・・・テア。そ、それでは・・ば・馬車に乗ろう・・・かい・・?」


痛い背中を無理に伸ばし、笑みを浮かべているがその顔には脂汗がにじんでいる。

ヘンリーは・・大丈夫なのだろうか・・?本気で心配になってきた。

そして私とヘンリーは母に見守られながら、エントランスを出て・・ヘンリーは御者がいるにも関わらず、自ら馬車のドアを開けて私のカバンをドサリと椅子に降ろすとこちらを振り向いた。


「さ、さあ。テアおいで。」


そして右手を差し出してきた。こんな状態だけど・・・エスコートしてもらうのも初めてだ。すると母が言った。


「良かったわね。テア。エスコートされるのも夢だったでしょう?」


「お、お母さんっ?!」


やだっ!ヘンリーの前で何て事を言ってくれるのだろう。しかし、ヘンリーはうつむいたままブルブル震えている。どうやら痛みに耐えている為、母の声は聞こえていなかったようだ。私はヘンリーに近づくと小声で言った。


「別にエスコートしなくていいわよ。ヘンリー、背中が痛いでしょう?」


するとヘンリーが言った。


「お、お前は・・さっきから・・俺を追い詰めるセリフしか言えんのかっ?!」


そして、私の左手を掴み・・私たちは馬車に乗り込んだ。するとそれを見ていた母がニッコリ笑みを浮かべると言った。


「2人とも、行ってらっしゃい!」


「行ってきます、お母さん。」


「行ってまいります、マダム・・・。」


こうして私とヘンリーを乗せた馬車はガラガラと走り出した―。

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