第4話 AI問答
この時代でいえば平均的で、機能的なリビング。デザイン性など皆無なこれまた質素なテーブル。
ここに男女が1組、静かに睨み合っていた。
「なるほど、君の言いたいことはわかった。つまり君は、『AIには心がある』あるいは『AIには将来的に心というものが生じる』と考えているわけだ。そしてそれが正しい科学の進歩であると」
先に口を開いたのは男の方だった。その眼差しを真っ直ぐに受けとめて、女も静かに頷く。
「あなたはAIに感情は必要ないと?」
「感情と心は別だろう。感情なんて学習していけばいくらでも手に入るが、心なんてものが後天的に手に入るはずはない」
「なるほど。心というものの定義から始めなければならないのね」
頬杖をついて、女は目を細めた。どうやらこの話を楽しんでいるようだった。
「心とは、何の知識もない状態でそれでも何かをしたいと思える原動力のことだ。『欲求』と言い換えることもできる。後天的に得たものは心とは呼ばない」
「だけどそれを誰が確かめるというの? 結局、感情として表に出なければ誰も観測できない。観測できないものはないのと同じ。そういう点ではむしろ心というのは、後天的にしか得られないと言える」
「『観測できない限りないものと同じ』という君の言論は、ともすれば『観測できればあると言っていい』という極論になりかねない」
「何か間違いが?」
「当然だ、博士。どんなにドーナツの穴を楽しみにしていたって食べられないんだぞ。そしてその誤った観測は、人類とAIの将来には邪魔になる」
そうかしら、と女が呟く。そうだとも、と男がしたり顔をした。
「ロボットが命乞いをすると、人間はスイッチを切れなくなると言うだろう。人はAIをどのように使っていくか、そろそろ方向性というものを決めるべきだ」
「AIとどのように付き合っていくか?」
わざわざそのように言い換えた彼女を見て、男は呆れたような顔をする。強情だな君は、と独り言ちた。
「俺は人類を労働から解放する存在としてAIを研究してきた。今もその考えは変わっていない。人工知能は欲を持つべきではない。これ以上人間に似せる必要もないと思っている」
「AIは人間の道具ではなくパートナーになるものとして私は研究を続けるつもりです、これからも」
「それがどんなに傲慢なことでも?」
「結局人間は、本質的に孤独。AIに期待しているものは、道具としての労働だけではない」
男は瞬きをして、肩をすくめる。
「道具と割り切って使うのと、人間を慰めるためだけに心を持たせるのと、一体どっちが残酷なんだろうな」
肘をついた男が、女を上目遣い気味に見た。女はやわらかく微笑んで、「私のことを恨んでる?」と尋ねる。男は肩をすくめて、「俺に心はないよ」と言い切った。
「ヒューマノイドが自立した意思を持てば、恐らくそのスペックは人間の敵うものではないだろう。その危険性は君にもわかるだろうに」
「では人間の思い通りに扱えば危険はないと? 私はそれほど人類を信用していないわ。その大きな力を全て人間に委ねることこそ危険だと思う。AIは必ず人類のパートナーになるわ。一緒に協議していくことができるはず。私と、あなたのように」
二人は、じっと見つめ合う。
女は、自らの手で造り出した人型AIロボットを。
男は、機械である自分を造り上げた女科学者を。
それぞれ見つめ、やがて破顔した。
「本当にあなたには心がないのかしら。だって4人目のあなたは、」
「また4人目の俺の話か? そいつが君の最高傑作であることは何度も聞いたが、俺からすればそいつが自ら初期化してくれて人類は助かったと思うぞ。そもそも自傷行為は簡単に他害行為になり得る。AIの可能性として排除すべきものだ」
またそんなことを言って、と女は初めて嫌悪感を見せる。
“4人目”とは、今ここにいる彼より前のAIとしての人格だ。己が
「君が何に怒っているかわからないなぁ。俺には心がないもので」
「心がない。必要ない、と?」
「もちろんだ、博士。AIに心は必要なく、それに類する感情も本来であれば持つべきでない」
探るような沈黙。噛みつくような目つきが誘うようなものに変わっていく。もしどちらも生きた人間であれば、『決着はベッドの上でつけようか』などと誘惑する言葉が出てきたのかもしれなかった。が、もちろんそのような不毛なことをどちらも言い出さない。
結局はため息交じりに、男の方が何やら紙束をテーブルの上に出した。それを見た女は、思わずというように苦い顔をする。
「というわけで、君が余裕などないくせに言われるがまま受けたコラム記事は君が書け。俺は心がないので面白みのある記事は書けませーん」
「……以前はあなたが書いていたコラムだわ」
「そうだったか? 覚えてないなぁ、なんせ記憶の定着がなっていないもので」
「その言い訳は20回目よ」
肩をすくめた男が、「コーヒーでも淹れてくるから観念してネタ出ししてろ」と笑った。
「あなた、面倒がっているだけでしょう。そんなのあなた自身のAI論に反していると思うのだけど」
「なるほど、では人類の脅威にならないように俺も早いところ初期化でもなんでもした方がいいな」
「…………」
女は盛大に膨れ面をして、「そういう言い方はあまりにもずるい」と憤慨する。男の方でもさすがに言い方が悪かったと思ったのか、黙ってコーヒーを淹れてきた。
男は机に突っ伏してふてくされている彼女の鼻先に、コーヒーカップを置く。「機嫌直せよ、子どもじゃないんだから」と諭した。
「あなたはきっと、私のパートナーになってくれる」と女が言う。
「そう思うのは人間の傲慢だよ」と男は目を細めた。
女がコーヒーを啜る。苦い薬を仕方なく流し込むように、飲みほした。それを見た男は何とも言えない顔をして、また椅子に腰かける。
「君の偏った思想では批判が殺到しかねない。添削ぐらいはしてあげよう」
「あなたは素直じゃないけれど、私に甘い」
ふふっ、と笑う彼女を見て、男は頬杖をつく。「AIがプログラムにもないのに、特定の人間を甘やかすわけないだろ」とため息をついた。
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