第45話 壊れた記憶(5)第三者視点

 マルク公爵家の家紋が刻まれた馬車が、邸宅前に到着し使用人たちが出迎えた中に、クララの母であるディアナ・フォン・マルクの姿があった。


「おかえりなさい。貴方」

「ああ、今戻った。それよりも、クララの容態はどうだ?」

「パトリックが治療してくれたの。だから、傷一つ残っていないわ」

「そうか。とりあえず場所を変えるとしよう」


 クララの父親であるオイゲンは、ディアナを供だって二人の寝室へと向かう。

 部屋に入ったところで、ディアナがオイゲンに抱き付く。


「すまなかったな。仕事が忙しく、クララのことを任せっきりにしてしまって」

「いえ。――でも、娘があそこまで思いつめているなんて思わなかったから」

「そうだな。5歳の頃から、引き離されていたから心の拠り所が無かったのかも知れないな」

「そんな大切な事に気が付かないなんて……、私は母親失格よね……」

「済んだことは仕方ない。それに、クララは無事なんだろう?」

「ええ。――でも、記憶障害が起きているって……」

「そのことだか、陛下よりある程度の裁量を頂いた」

「それって、娘のことを何とかしろと言う事ですか?」

「ああ」


 ディアナは、オイゲンを上目遣いに見る。

 その瞳は、実の娘が自殺するほど追い詰められていた事――、そして、それに気が付かず貴族として接してきていた事に後悔の念を抱いているのか涙ぬ濡れていた。


「私、もう娘には無理はしてほしくないの」

「私も同じ気持ちだが、クララは聖女の資格を持っている唯一の存在だ。そして、その力は、この国の国防や政策に関わりがある」

「それは分かっているわ! でも――」


 悲痛な表情でオイゲンを見上げるディアナ。

 その姿を見て、オイゲンもディアナを強く抱きしめた。


「貴族、王族は国を守ることが使命だ。そして、ソレは民を守ることにも繋がる。王家や貴族というのは――」

「分かっているわ。でも、それでも……、娘にはもう傷ついてほしくないの。パトリックから話しは聞いたわ。王太子殿下と会話したあと、記憶障害になったって……、酷い言葉をかけられたって……、思い人から拒絶されたって」

「ああ……」

「私にも分かるもの。同じ女だから……。クララは、王太子殿下を救うために、拙いながらも一生懸命頑張っていたもの。それが、拒絶という態度で拒否されたのなら、その絶望は酷かったと思うの」

「そうだな……」

「私は、あの子が不憫で仕方ないの。聖女よりも一人の女の子として幸せになってほしいの」

「それは……」

「分かっているわ。私達は貴族だということくらいは……。でも、クララは、幼少期から私達から引き離されて育ってきたのよ!」

「分かっている」

「陛下は、娘を道具にしか思っていないのでなくて!」

「そんなことはない」

「だったら! あんな風にならないもの!」

「それは……」


 ディアナの言葉は、母親として娘を守りたいという一心から絞り出した物であった。

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