第41話 壊れた記憶(1)
私は、マルク公爵家に仕えていて、今はクララ様の専属のメイドとしてお仕えてしている。
クララ様は、何というか危うい方というのが第一印象にあった。
元々、冒険者であった私は生死の境を何度も彷徨うことがあったからこそ、分かってしまった。
クララ様は、幼少期に両親から引き離されて王宮で、次期王妃として教育されたことで、自分という芯がないのだと。
だからこそ、何かに依存しないと生きていけない。
それも病的なまでに。
「クララ様」
朝になり、私はクララ様の寝室の扉をノックする。
コンコンと、何度か軽く扉を叩く。
「おかしいわ」
何時もなら、クララ様が起きている時間のはず。
「失礼致します」
私は扉を開けて室内へと視線を向けると、ベッドの上に座っているクララ様の御姿を見つけた。
「クララ様、おはようございます」
「ええと……」
クララ様は、私の声に反応はしたけれど、部屋の中を見渡したあと、私を焦点の定まらない瞳で見てくると口を開く。
「ここって、どこなの?」
「――え?」
首を傾げながら問いかけてくるクララ様の様子に、私は一瞬、何を仰っているのかと思ってしまう。
ただ、寝ぼけているのかと思い。
「ここは、マルク公爵邸になります」
「はい」
「どうして、私は実家に居るの? 王宮にいるはずなのに……」
お嬢様は、うわ言のように――、私に問いかけるまでもなく言葉を紡ぐ。
その言葉には、まったく力は篭っていない。
「クララ様。本日は、奥様との朝食ですので、ご用意致します」
「奥様?」
「クララ様のお母様になります」
「お母様と?」
私の背中に嫌な汗が流れる。
言葉は理解されているのに、話が根本的な場所でズレている。
――コンコン
「はい」
「私だ」
「パトリック様、おはようございます」
「ああ、おはよう。それよりも、クララは起きたようだな」
「はい。それよりもクララ様の様子が変なのです」
「どういうことだ?」
「クララ様は、御自分が王城に居られるようなことを呟いているのです。それに、ここが何処なのかを分かってはいないようで――」
「何!?」
私を押しのけるようにしてパトリック様が、クララ様に近寄っていく。
すると、クララ様が怯えた様子になりベッドの端へと移動してしまう。
「クララ、どうした?」
「あ、あなたは……誰ですか?」
「私だ! パトリック・フォン・マルクだ」
「……嘘です」
パトリック様の言葉に頭を振るクララ様。
「お兄様は、まだ10歳にも満たないはずです。今日は、ラインハルト様と私は王宮内の庭園で遊ぶ約束をしたのです。どうして、私はこのような場所にいるのですか?」
「――な! な、何を言っているんだ? クララ」
二人の会話には致命的な齟齬がある事を私はようやく理解した。
それは……。
「どういうことだ?」
「パトリック様」
「何だ? エイナ」
「クララ様は、もしかして……記憶障害なのでは? 精神的に何か強いショックを受けた際に記憶が退行することや、記憶が封印される事があります。同じような現象を冒険者をしていた時に見た事が何度かあります」
「ま、まさか……」
私の説明に、パトリック様は、ハッ! とした表情をすると口元を隠し険しい表情をしていた。
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