第26話 乱戦

 「アイツには勝てない。僕には勝てない。攻撃が当らないんだ。他にヤツには当たるのに。簡単に当たるのに!アイツは僕の動きが読めるみたいにトリガーを引くと同時に動くんだ。エイミーはタイミングを読まれてるって言うけど、それどういう意味?わざとタイミングを外せというの?それとも目をつむって撃てというの?狙わず撃てというの?そんな事したら余計に当たらないじゃないか!レイスにだけ違うやり方で戦えなんて僕には無理だ。そんな器用なこと出来ない。出来ないんだ。才能がないんだ。限界なんだよ。もう役に立てない。諦める。処分してくれていい。前任者みたいに消してくれればいい。好きにしてくれ。もう覚悟を決めた・・・」

 ネム・レイスに敗北し、ボロボロになって逃げ帰ったジョー・カーティスは自室のソファに寝転んで何度も同じようなことを呟きながら、毎日を過ごしていた。

 メディカルチェックとフィジカルトレーニングは虚ろな表情でブツブツと文句を言いながら熟していたが、いつまで経っても自信を取り戻せずにいた。

 エイミーは毎日、様子を見にきた。エイミーはルナティックでの戦闘のサポートだけでなく、私生活のサポートも担当している。

 「窓の外の景色を変えましょうか?」

 エイミーはジョーの機嫌を取ろうと、窓の外の環境映像の変更を提案してみた。だが、ジョーは自嘲気味に笑いながら「地獄にしてくれ。燃え盛る地獄の底の映像を流してくれ。もうすぐ行くことになるから」と、背中を向けたまま言った。

 いつもなら長居をせず、用が済めばモニターから消えるエイミーだが、今日はしつこかった。何度も話し掛けてくるエイミーに、ジョーはヒステリーを起こしたように声を張り上げ、泣き出さんばかりの表情で体を起こした。

 「何の用だ!僕はゴミクズも同然なんだ!存在する意味がないんだ!殺してくれ!焼いてくれ!僕を消してくれ!」

 言い切るとジョーは泣き出した。

 「そうしたいけど、無理なの。あなたの後任がいないから。あなたの希望通り、役な立たないと判断すれば躊躇わず処分します。でも、今はしません。あなたが必要だから。分かりましたか?では、次の任務を通達します」

 一転して、事務的で無感情に繰り出されるエイミーの言葉をジョーは黙って聞いていた。 

 「フェイズがアップデートされました。ギルドは後回しです。新しい標的が設定されました」

 「・・・!」ジョーは興味を示し始めた。

 「ルグラン・ジーズを排除してもらいます。軍のエースパイロットです。知ってますね?」

 ジョーはグシャグシャの顔のまま、身を乗り出した。

 「知ってるさ。君と、君の恋人を殺したやつだろ。それに有名人だ。英雄とか言われてる」

 エイミーが微笑んだのを、ジョーは見逃した。

 「目が覚めたみたいね。あなたの言う通り、ルグラン・ジーズは私を殺した相手。その記憶はあるけど、特別な感情はもうない。今の私にとってはただの標的。ジョー、よく聞いて。私たちのスポンサーはルグラン・ジーズの完全な排除を希望しています。一時的な退場では満足できないそうです」

 いつの間にか、ジョーの目には生気が戻っていた。エイミーは話を続ける。

 「情報ではルグラン・ジーズは乗機を変更しているようです。どのような機体かはまだ不明ですが、軍の機体は装甲が強化される可能性があります。そのため、貫通力を高めた特別な弾丸を使用します。いつもと感覚が違うはずなので、シミュレータでトレーニングすることをおすすめします」

 いつものジョーなら「そんなの必要ない」と、軽い態度でエイミーを呆れさせたが、今回は違った。ジョーはすでに立ち上がり、トレーニングウェアに着替え始めていた。

 「その弾丸、すぐに試してみる。急ぐんだろ」

 「そうして。できるだけ早く、完全な排除。それがスポンサーの希望です」 

 



 

 「通信可能な全ての基地とデータリンク。民間と共用のレーダーサイトともリンク。それと、数秒間だけなら、セキュリティースペースに侵入可能です。必要なら指示してください。データ、来ました!」

 大量のデータが、データ分析官の前の三枚のモニターの中を流れ落ちてゆく。

 「艦長、どうしますか?これだけの情報に全て目を通せ、とは言いませんよね?」

 キャプテンシートでデータ分析官の報告を聞いたラスターは、格納庫で出撃を待つルグランに意見を求めた。モニターにルグランが現れる。

 「俺に聞かれても困る。お前のほうが物知りなんだ。心当たり、あるんじゃないのか?」

 ルグランは含みのある言い方をした。ルグランの言う通り、ラスターには心当たりがあった。ギルド攻撃の口実を作るための工作活動を、確実に遂行可能な部隊は限られる。

 「ザヒル隊に関するデータを優先しろ。何か大掛かりな工作をするとすれば、あの部隊が関わるはずだ」

 「オーケー、ザヒル隊ですね?ちょっと待ってください。フィルターを掛けます。だいぶ絞られました。データログに拠れば、ザヒル隊は基地を出ていますね。シャトルを使用せず移動中。出撃目的は不明。これは正規の任務じゃないです。セキュリティースペース、覗きましょうか?」

 「いや、いい。まだ、その時じゃない」

 「分かりました。セキュリティースペースに侵入できるのは一度きり、数秒間だけです。うまくいけば見たいものが見れるかも知れません。その時が来たら指示してください」

 「ああ、頼りにしてる。で、ザヒル隊はどこへ向かってる?」

 「進行方向の先で、プロマー隊が作戦行動中です。ローグ部隊が基地を建設中との情報が有り、プロマー隊はその調査に向かってます」 

 「ザヒル隊もそこに向かってるのか?」

 「その方向に向かってます」

 「何が起こるか見届けたい。フェンリルを向かわせろ」

 「了解、フェンリル、ザヒル隊を追跡します」 

 この時、レーダーが何かを捉えた。索敵を担当するクルーが声を上げる。

 「艦長、レーダーに微弱な反応。熱源も感知しましたが、すぐ消えました。何の反応か判別できません。三時の方向です。どうしますか?」

 ラスターはその方向を見た。月面にも虚空にも

何も見えない。レーダーで捉えるのが難しく、姿を見ることが出来ないということは、そこに黒いルナティックが潜んでいる可能性がある。無視できないが、ザヒル隊の監視を放棄することは出来ない。

 格納庫で出撃を待つルグランは、ラスターが決断を躊躇っているの感じた。

 「ラス、俺とカールをここで降ろせ。フェンリルはその反応の正体を探れ」

 万が一、ザヒル隊と一戦交えることになればルグラン隊の二機では勝ち目はない。ザヒル隊の性格上、そうなる可能性は否定できない。しかも、 ルグラン機、カール機ともに偵察用装備で火力が心許ない。出撃させる場合、装備の換装を行うべきか、ラスターはさらに迷った。珍しく逡巡するラスターにルグランは少し苛立った。

 「ラス、迷うな。無茶はしない」

 「・・・分かった。高度を下げろ。ルグラン隊を投下後、本艦は哨戒任務を継続する」

 フェンリルは月面近くまで高度を下げると、両舷からグラン隊を放り出した。放り出された二機は月面に降りると、飛び去るフェンリルに背を向け、ザヒル隊を追った。


 月面に降りたカールは、移動を始めたルグラン機の後ろに付くとオートパイロットに移行した。

ザヒル隊を名前でしか知らないカールは、戦うことになる可能性があるザヒル隊のデータをメインモニターに呼び出した。軍の公式データベースの派手な演出の後、まるで映画のワンシーンみたいなプロモーション映像が流れ始め、やがて、部隊の紹介が始まった。

 「ええと、ザヒル隊は五機編成のアサルト部隊で・・・」

 直近のリザルトに目を通した。

 『今月の撃墜数、二十七機。使用した弾丸はライフル二百二発、ロケット弾三十五発、キャノン砲三発。ミサイル二十三発、被弾による機体の損傷、一番機から五番機まで軽微』

 「へえ・・・、ホントかな?」

 方々で不評を買う軍は、少しでもイメージの回復を図ろうと、所属部隊の戦果を誇張することがある。「月世界の治安を守るため、こんなに戦っている!」とアピールするのに必死だと、広報部の知り合いが言っていたことをカールは思い出していた。

 次いで、パイロットのプロフィール映像を開いてみた。そこに映し出される隊長のヒル・ザヒルは満面の笑顔を見せている。だが、メガネの奥の眼差しは冷たく、笑っていなかった。 

 「うぅ、苦手なタイプだ・・・」

 「カール、なにか言ったか?」

 ルグランに独り言が聞こえてしまった。

 「あの、隊長はヒル・ザヒルに会ったことあるんですか?」

 「いや、会ってない。嫌なヤツには合わないことにしてる」

 「そうですか、俺も出来れば、会いたくありません・・・」

 「気が合うな」

   



 ヒル・ザヒル率いるザヒル隊は、現在、軍で最も撃墜数を稼いでいるエース部隊だ。全機、攻撃力を重視した装備で統一し、圧倒的は破壊力で敵を一気に畳み掛ける戦法にこだわる。

 ヒル隊長の乗機である一番機は、軍に所属するルナティックの中で最大の破壊力を誇る。専用に開発されたキャノン砲と、シールドが装着された両手持ち強化ライフルを装備し、得意な砲撃戦で敵と戦う仲間たちを遠方から援護する。

 他の部隊のパイロットたちには、ルナティックらしからぬ異質な姿を『戦車』と揶揄されるが、ヒルはまるで気にしない。 

 

 ザヒル隊は出撃前、機体の識別番号を消した。正規の任務でない場合、機体番号は隠される。作戦内容によっては機体色も塗り替えるが、今回は基本色のダークグレーのままだ。それは、作戦行動エリアが月面であることを意味する。

 重量級のザヒル隊の移動は遅かった。ザヒル隊が月面を移動すれば、他の部隊よりも多く砂塵が舞う。ザヒル隊が行軍は目立つ。

 ザヒル隊は月面を作戦行動エリアに向け進んでいた。いつもほど砂塵が舞っていない。ザヒル隊は練度の高い部隊で、隠密性の高い移動をしようと思えば、そうすることも出来る。ザヒル隊は見掛け倒しではない、優れたパイロットの集まる精鋭部隊だった。

 行軍の途中、隊長のヒルは、ふと頭上を見上げた。パイロットが上を向けば、ルナティックも上を向く。二番機のパイロット、副隊長のカルハ・シモンがそれに気付いた。 

 「ヒル隊長、どうかされましたか?」

 「見られている気がする・・・」

 「見られている?」

 「いや、気のせいだ。忘れろ」


 


 ルグランとカールは、ザヒル隊に探知されないように高度を低く、砂丘や岩石に隠れながら追跡した。

 「隊長、急がないと見失います!」

 「しょうがないだろ、ザヒル隊が何をしでかすのか押さえなきゃならないんだ。追跡がバレればおしまいだ」

 「でも、追いつけなきゃ証拠もなにも・・・」

 「分かってる。カール、ちょっと黙ってろ」

 カールはおとなしくなった。



 ザヒル隊は、プロマー隊が作戦行動を展開しているはずの、名前の無い小さなクレーターに辿り着いた。クレーターは静まり返っていた。

 交戦の形跡はあり、クレーターの底に何かの残骸が散らばっているのが確認できる。ザヒル隊は周囲を警戒しつつ残骸を調べた。

 「ルナティックの残骸です。プロマー隊で間違いありません」

 「全機、破壊されてます。生存者、無し」

 四機編成のプロマー隊は全機、完全に破壊されていた。

 「この有様、説明できるか?」

 ヒルは、副隊長のカルハ・シモンに尋ねた。その口調には、何の感情は籠もっていない。

 「おそらくですが、掃討するはずだったローグの返り討ちにあったと思われます」

 「なるほど、で、そのローグはどこだ?」

 「隠れているようです。反応があります」

 「罠か・・・?」

 「そのようです」

 クレーターの外から数十発のミサイルが打ち上げられた。ミサイルの群れはザヒル隊の頭上に降り注いだ。



 放物線を描き落ちてゆく大量のミサイルは、クレーター内に着弾し次々と炸裂した。クレーターに近付くルグランとカールの機体を、爆発の光が照らした。

 「ミサイル!これ、戦ってますよね!隊長、どうしますか!?」

 「とりあえず、何が起きてるのか確かめるぞ」

 


 ザヒル隊は全機、爆発を逃れ宙に舞った。四方び散ったザヒル隊各機に、隠れていたローグ部隊が二機ずつ、チームを組んで襲いかかった。二対一の撃ち合いが各所で始まった。

 ヒルはクレーターの外に降り立った。味方の援護に移ろうとしたが、爆発の中を突っ切って急接近する機体をヒルは見付けた。黒い機体だった。その機体は鋭い殺気を放っていた。

 一気に距離を詰めてくる機体に、ヒルはキャノン砲で応戦した。発射の一秒後に砲弾は炸裂し巨大な火球に変わったが、撃墜できなかった。火球を背に、黒い機体はヒルに迫った。

 敵の機体はヒルの目前に、砂塵を巻き上げながら滑り込んできた。二機は、触れ合いそうな近さで対峙した。

 ヒルは目前の機体に見覚えがあった。ギルドから賞金首として追われ、軍からも撃墜命令が出されている、ナイト・ウォーカーの機体だ。ナイトは通信を求めてきた。ヒルは許可した。

 「・・・ヒル・ザヒル、お前の冷徹ぶりに敬意を表する。俺もお前のように非情に徹することができたなら、楽に生きられた・・・」

 ナイトはヒルの反応を待たず、話を続けた。

 「すまないな。プロマー隊は俺たちが片付けておいた。構わんだろう?どうせ、お前たちに殺される運命だったんだ。それとも、まずかったか?俺たちが生き残るのは?ローグを全滅させたプロマー隊が何者かに襲撃を受け全滅する、という段取りを、無視すべきではなかったか?」

 ナイトは一歩退き、ライフルをヒルに向けた。コクピットの中のヒルは、自分に向けられたライフルの銃口を、冷たい眼差しで見ていた。

 「まったく、薄情にも程がある。プロマー隊もローグの若者たちも、これだけお前のために働いたのに」

 「何の話をしている・・・」

 「ヒル・ザヒル。もう、これまでだ。これからは誰ひとり、お前の野心の為に命を差し出すことはしない」

 「それは、レイポルトの意志か?」

 「俺の意志だ。老いた地球人の意志になど、もう誰も従わん。話は終わりだ。言い残すことがないなら、貴様にはここで死んでもらう」

 「よくしゃべる・・・」

 


 ルグランとカールは、ザヒル隊が交戦しているのを確認した。敵味方識別コードから、交戦相手がローグであることも分かった。

 「隊長、ザヒル隊がローグと戦ってます。プロマー隊はどうしたんでしょう?」

 「分からん。おそらく全滅してるな」

 「ザヒル隊、劣勢のようです」

 「そのようだな」

 「一応、ザヒル隊は味方です」 

 「そうだな」

 「援護、しないんですか?」

 「さて、どうするかな・・・」

 「もしかして、このまま、ザヒル隊が全滅すればいいって考えてます?」

 「負けはしないだろう・・・」

 ルグランは少し思案し、何かを決めた。

 「カール。お前は待機、指示を待て。俺は援護してくる」

 「俺も行きます!」

 「カール、聞こえなかったか?お前は待機!」

 何故か、カールは嫌な予感がした。

 「なにか企んでません!?」

 「心配するな。もし何かあれば、その時はお前の判断に任せる」

 ルグランは砂丘を飛び越えると、乱戦に飛び込んでいった。

 「ちょっと、隊長、何考えてんです!」

 カールはそう言いながら、砂丘から上半身だけを覗かせライフルを構えた。

 「俺なりに援護しますから!」



 ルグランはザヒル隊とローグ部隊の撃ち合いを擦り抜け、ヒルを探した。ヒルが黒い機体のルナティックと対峙しているのを、すぐに見つけた。

 「とりあえず、挨拶するか」

 ルグランはライフルを三連射した。弾丸は、ヒルとナイトの足元に着弾し、月面を穿った。

   

 「何者だ?」

 ヒルの口調は、緊迫した状況に似つかわしくない、落ち着き払ったものだった。顔を攻撃の方向に向けることすらしなかった。

 「俺はルグラン・ジーズ・・・」 

 その名は、ヒルを微かに動揺させた。

 「ルグラン・ジーズだと?何の用があってここに来た?」

 「助けに来たのさ・・・」

 だが、ルグランのライフルはヒルに向けられていた。

 「貴様・・・、私を撃つ気か!?」

 ルグランは答えなかった。


 ルグランの攻撃に反応したナイトは、ジャンプし距離を取った。高度を上げ俯瞰し、状況判断を急いだ。乱入してきたルナティックはザヒル隊ではない。しかも、敵であるナイトではなくヒルに仕掛けた。

 「どういうことだ?仲間割れか?軍の奴らは殺せるなら誰でもいいのか?」

 ナイトはルグラン機を的ではないと判断した。ライフルはヒルに向けられた。


 ルグランはトリガーに力を込めた。ライフルはヒル機のコクピットブロックを狙っている。さらに力を込めたが、トリガーは軽く手応えがなかった。

 「なんだ!?」

 ルグランのライフルは砕け散っていた。暴発ではなく、何かの衝撃を受け爆砕した。真上から、何かが叩きつけられるように落ちてきてライフルを破壊した。


 ヒルは瞬時に状況を理解した。真上からの狙撃が、ルグランのライフルを破壊した。そんな芸当をやってのける狙撃手は限られる。誰かに見られている感覚は正しかった。だが、そいつの相手をするのは後回しだった。この隙きを付いて、ナイトが狙ってくるはずだ。

 

 立て続けに予想外のことが起きた。何者かが乱入し、ヒルを葬るチャンスを奪った。さらに、その乱入者はヒルを狙っていた。さらに、その乱入者は別の何者かに攻撃された。流石にナイトも戸惑ったが、起こった状況を、ただ、ありのままに受け止めた。

 何者かが狙撃したのは間違いない。それは黒いルナティックの仕業だ。ナイトにとって二度目の邂逅だった。僅かな猶予があるはずだ。次の標的になる前に、まず、ヒルに一撃を加えてから回避することにした。ナイトはヒル・ザヒルを抹殺するために、ここに来た。


 狙撃者の次の攻撃が来るまでに、ナイトとヒルは一発ずつ撃ち合った。

 ナイトのライフルの射撃は正確だったが、ヒルはライフルに取り付けられたシールドを掲げ、ナイトの弾丸を弾いた。「ちっ!」ナイトはミサイルで追撃しようとしたが、それより一瞬早くヒルのライフルが、ナイトのミサイルコンテナを撃ち抜いた。コンテナは爆発し、ナイトの機体は左側にダメージを受けた。左腕を失い、頭部が損傷した・・・。

 


 砂丘の陰に隠れるカールの前に、ザヒル隊の五番機と、相対するローグ二機が撃ち合いながら雪崩込んできた。ローグが撃ちまくるライフルとロケット弾が、カールが隠れる砂丘に着弾し吹き飛ばしてしまった。カールの機体が姿を現した。

 突如現れたカールのルナティックにローグは驚き、気を取られた。それが隙になり、ザヒル隊伍番機に反撃のチャンスを与えた。五番機は鋭い反応で、ローグ機を一機撃墜した。これで、一対一になった。一対一になれば、機体のコンディションと武器の性能、パイロットの能力すべてで上回るザヒル隊が圧倒的に有利だった。もう一機のローグも、あっと言う間に撃墜された。

 「誰だ、お前?」

 「あ、あの俺・・・」

 五番機のパイロットは、棒立ちするカールにそう言い残して、苦戦する仲間の援護に向かった。

 結局、カールは何もしなかったが、ザヒル隊を援護する結果となった。四対八の乱戦は、どらかの一機が墜とされた時点で一気に趨勢が決まる状況だった。一対一ならザヒル隊の方が強い。数的な不利を克服したザヒル隊はローグ部隊の数を着実に減らしていった。


 

 狙撃者が次に狙ったのはの、ローグと交戦中のザヒル隊三番機だった。直撃を受けた三番機は大破し、月面に落ちた。

 ザヒル隊三番機の撃墜を目撃したナイトは熱が冷めた。味方のローグ部隊が数を減らし、全滅寸前なのに気付いた。

 ザヒル隊の力を見くびっていた訳ではないが、予想以上に実力に差があった。二対一なら押し切れると考えたのは、安易だった。

 「ここまでか・・・。全機、撤退!全速力で逃げろ!」

 ナイトの指示を受けて、生き残った三機のローグ部隊は挙動を変えた。武器を捨て機体を軽くし、それぞれ別々の方向へ逃走した。いつの間にか、ナイトも姿を消していた。

 ザヒル隊は逃げるローグを深追いしなかった。



 ナイトとローグが戦場を去り、軍の機体だけが残された。

 ルグランは、微動だにせず頭上を見上げるヒル機の周りを、出来る限り不規則に、ジャンプしたり急加速したり、狙撃を躱すための機動を繰り返しながら旋回した。

 カールは別の場所に身を隠し、ルグランの指示を待っていた。

 ザヒル隊の三機は状況を理解していて、ヒルに指示されずとも、自信の判断で、回避行動を始めていた。

 ザヒル隊とルグラン機、カール機は全機、通信が繋がったが、特に誰も言葉を発さなかった。誰かの微かな息遣いを、それぞれが聴いていた。

 見上げる先には乾いた虚空があるだけで、狙撃者の姿は見えない。だが、ここに居る全員が、そこに黒いルナティックが潜んでいるのを分かっていた。

 ヒルはただひとり、回避行動を取らず、頭上を見上げている。まるで、狙撃者の姿が見えているようだ。

 「黒いルナティック・・・。やはり、潜んでいたか。狙っているのは誰だ?次は誰を撃つ?」

 ヒルはライフルを虚空に向けた。そして、トリガーを引いた。

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