第27話 天使と狼

 ルグラン・ジーズはジョー・カーティスに狙われていることに気づく素振りを見せず、ライトニングスタッフのスコープの中で緩急織り交ぜた動きを繰り返し、飛び回っていた。

 ジョー・カーティスは焦れた。初代のウォーロックを撃墜し、軍の英雄と呼ばれるエースパイロットが晒す姿はあまりに無防備だった。

 数分前に撃墜したザヒル隊三番機よりは鋭く複雑な動きをしているが、ネム・レイスを狙っている時のような、思考を見透かされているようなスリルは微塵もなかった。トリガーを引きさえすれば、それだけで撃墜してしまう。あまりにも簡単すぎる狙撃は、ジョーの実力を証明するには不十分だった。ライフルだけを撃ち抜くパフォーマンスを披露したのはジョーの稚拙な虚栄心からで、いつもの悪い癖だった。

 軍のルナティック部隊は対ウォーロック戦の戦術を確立しているらしく、ほとんどの機体が似たような挙動で動き回っていた。その中に一機、微動だにせず虚空を見上げるルナティックがいた。

 「動いてないヤツがいる。諦めたのか?」

 ジョーはその機体が気になった。なぜか見られている気がした。

 「エイミー、アイツが気になる。誰?」

 「あれはヒル・ザヒル。優秀なパイロットだけど、あなたにとっては簡単な相手。今回の標的ではないから無視して」

 「分かった・・・」

 ジョーが躊躇った隙に、ヒル・ザヒルはライフルを構え何かに狙い定めた。同時に、銃口が閃き、放たれた弾丸が虚空を走る。ジョーは反射的に機体を操作し、位置をずらした。弾丸はウォーロックのかなり近くを通り過ぎた。狙って撃ったような正確さだった。

 「アイツ・・・、僕が見えてる」

 「そんなはずはない。軍の索敵能力ではこの距離でウォーロックを捕捉できません。今のはただのまぐれです。余計なことを考えずにルグラン・ジーズを撃ちなさい。さあ」 

 ジョーはエイミーに促され再びルグランに狙いを定めたが、集中できなかった。ルグランのライフルを撃ち抜いた時の研ぎ澄まされた感覚が失せていた。

 「どうしたの?撃って」

 エイミーに急かされ、更に集中力が乱れた。ジョーはルグランへのロックを解き、ヒルに狙いを定めた。

 「アイツが気になる。最初にアイツを排除する。いいよね?」

 「ジョー、遊んでる暇はないの」

 「遊ぶもんか。真剣さ。確実な任務遂行にはヒル・ザヒルが邪魔だと判断したんだ」

 ジョーの表情は自信に満ちていた。もう何を言っても聞かないと、エイミーは感じた。

 「好きにしなさい」

 「まあ見てなよ。ルグラン・ジーズも続けて墜とすから。イメージは出来てるんだ」

 「今度はうまくいきますように」

 エイミーの言葉には皮肉が混じっていたが、ジョーは気付かなかった。 



 

 ルグランの視界にカールが入ってきた。必死になって基本通りの回避軌道をとるカールを見て、ルグランは少し安心した。

 「いいぞ、カール。回避機動を継続。動け動け!」

 「隊長!黒いルナティックですよね!?上のヤツ!」 

 「そうだ」

 「反撃しましょう!俺、行けます!」

 「勢いだけでは勝てないぞ」

 「シミュレーターで練習済みです!あっ!」

 カールは今になって、ルグランが武器を失っていることに気付いた。

 「ライフル、どうしたんです!?」

 「壊れた。撃たれたんだよ。ヤツに。恐ろしいほどの射撃精度を見せつけられた」

 ルグランはお手上げのポーズをした。 

 「隊長、俺のライフル使ってください!一発も撃ってないです!」

 「いや、いい」

 ルグランは、カールの申し出を断った。

 「そいつじゃ、威力が足りない。一撃で決めなきゃならない。ほかのヤツに借りる」

 ルグランはヒル・ザヒルに寄っていった。ヒルはそれを予想していたように、ルグランに向けライフルを放り投げた。ルグランは難なく受け取った。ヒル専用のライフルだが、ルグランの機体でも瞬時に認識された。 

 ライフルを構えると、ライフルの性能に合わせたロックオンサイトがスクリーンに現れ、敵を探し始めた。

 「うまく扱ってみせろ」

 「理解が早くて助かる」

 やり取りをする二機の目前の月面が、激しく穿たれた。黒いルナティックの攻撃だ。

 「早く来いと催促してる」

 「なら急げ。護衛をつけてやる。四番機、五番機、ルグラン機を援護しろ」 

 ヒルの指示を受けた二機は躊躇うことなく、黒いルナティックが潜む宇宙空間へ飛び立っていった。ルグランはカールを見た。

 「カール、お前は待機」

 そう言い、ルグランも飛び去った。

 「えぇ!?」

 「お前にはまだ無理だ。そこで見てろ」

 「そ、そんな・・・」

 推力全開で、三機は上昇してゆく。戦うつもりでいたカールは、遠ざかる三つの光を呆然と見送った。


 

   

 「ツイてないな・・・」

 セラフ艦長のルーザー・ラグラスは唇を噛ん だ。ウォーロックを作戦宙域で降ろし、作戦終了時刻に再び合流地点に戻ってくるまでセラフは月面を周回していた。

 セラフの航路とフェンリルの航路が交差することは分かっていたが、捕捉されることはないと判断し航路を維持した。だが、すれ違った直後、フェンリルは向きを変え、セラフの背後に迫った。

 「敵艦について何か分かるか?」

 ルーザーはうんざりした様子でオペレーターに聞いた。

 「敵艦はルナティック専用軽空母フェンリルです。軍がオーリーで建造した例の艦です」

 「だろうな。聞いてすまなかった。で、性能は?」

 「もたらされたデータに依れば、敵艦のほうが大きく重いですが、推力では上回りまると予想されます。追いかけっこをすれば互角でしょう。武装については爆雷を使用した記録があります」

 「艦長はラスター・フォアだったな?」

 「そうです」

 ルーザーは六年前の、先代ウォーロックが撃墜された時のことを思い出した。

 「六年前の借りを返したいところだが、この艦に武器はない。出直してもらえるとありがたいんだが・・・、そう都合よくはいかないか」

 そう言う間にも、フェンリルとセラフの距離は縮まった。

 「ルーザー艦長、どうしますか?」

 「振り切る。ほかに何ができる?」




 ブリッジのメインモニターに、フェンリルの前方を移動する見えない何かの、仮想的な姿が映し出された。得られているデータを処理して描き出された姿は巨大で細長く、ルナティックではないフェンリルクラスの宇宙艦のようだった。予想外の姿に、ブリッジクルー全員が「おお」と唸った。

 「このデータの精度は?」

 「ルナティックか宇宙艦かを判断できる程度には正確です」

 「船で間違いないんだな?」

 「ルナティックではありません」

 データ分析官は断言したが、すぐに表情を曇らせた。

 「ただ、この反応は黒いルナティックと同じです。不明艦はおそらく、黒いルナティックと同じ装甲を持っています」

 ラスターはこの報告に驚かなかった。予想通りという表情だ。

 「黒いルナティックの母艦だ。想定されてはいた・・・」

 敵艦が黒いルナティックと同じ装甲を持つなら、光学迷彩を備えレーダー波も吸収する。確実に捕捉するには、微弱な電磁波か熱源を捉えられる至近距離でなければ困難だ。しかし、反応が予想できないため、接近しすぎるのはリスクがあった。敵艦は追跡に気付いてるはずなのに攻撃をしてこない。

 「離れたら追跡できなくなります。ですが、接近しすぎるのも危険です。艦長、指示を」

 「通信は繋がるか?」

 「警告しましたが、反応なしです」

 ラスターはしばし考え、頷いた。

 「不明艦を追え。臆するな。敵艦は攻撃してこない」

 「なぜ、そうと分かるんです?」

 操舵手が言った。

 「勘だよ」

 「勘・・・、ですか!?」

 操舵手は聞き返した。

 「信用できんか?」

 「いいえ、艦長を信じます!」

 「よし、いい返事だ。追跡中の艦を敵艦と認定。本艦は敵艦を追跡し、正体を暴く。可能なら撃沈する!」

 「了解です!見えない船を追います!」

 エンジン出力が上がり、フェンリルは加速した。かすかな振動を感じながら、ラスターは格納庫の艦載型ルナティック零番機の状態を確認した。モニターにメカニックが映り、ラスターが見ているのに気付くと、笑顔で親指を立てた。ラスターは副艦長と目を合わせた。その目は「出ていいか?」と、無言で語っていた。



 フェンリルは鬼気迫る勢いで逃げるセラフに迫った。宇宙艦らしからぬ軌道で、急激に舵を切っても月面スレスレまで降下しても急上昇しても、振り切ることは出来なかった。機動力はフェンリルのほうに分があった。

 メインモニターに映し出される青く流麗な艦体を、ルーザーは見ていた。そして、何かを逡巡していたが、決断した。 

 「仕方がない。ウォーロックを呼びもどせ。作戦は中断だ」

 「中断?その選択肢は、我々にはないはずだが?」

 六年前とは別の副艦長が、ルーザーの顔を覗き込むように言った。少し動揺している。

 「仕方がないだろう?セラフを沈めるわけにはいかない。ウォーロックは自力で帰還できないんだ」

 「だが、スポンサーが・・・。失敗続きの君たちはスポンサーを満足させてはいないんだ。何もせずに帰ればもう次は無いぞ」

 「貴殿が心配することではない」

 「そういう問題では・・・」

 「あの、ルーザー艦長!」

 オペレーターが叫んだ。

 「なんだ!?」

 「正体不明の機体が接近中!」

 前方から急速接近するルナティックを、セラフの索敵レーダーが捉えた。

 「敵か?」

 「当該機はウォーロックと同じ反応を示しています。ですが、別の機体です!ウォーロックではありません!」

 「どういうことだ!?」

 ルーザーは正面を見た。セラフの索敵性能ならウォーロックを見ることができる。モニターに拡大された前方の空間に、ルナティックの姿が映し出された。そのルナティックの漆黒の装甲は、ウォーロックと同じに見えた。

 「まさか・・・?」

 「通信を求めてます。どうしますか?」

 「許可しろ」

 ブリッジに、謎の機体のパイロットの声が届く。

 「いいか?ひとつ数えたら舵を切れ・・・」

 その声は、ルーザーには聞き覚えがあった。

 「トーマス・カラードか!?」

 ルーザーの問い掛けは無視された。

 「・・・ひとつ!」

 有無を言わさぬ迫力があった。

 「取舵!」

 反射的にルーザーが指示すると、艦は一気に左に傾いた。クルーたち全員に強烈な遠心力が掛かり、同時に、正面で光がほとばしった。



 セラフの向こうでほとばしった閃光が、セラフの艦体を浮かび上がらせた。艦体は左に動いた。その急激な挙動にラスターは危機を察し、咄嗟に「面舵」を指示した。フェンリルの艦体は右に傾いた。

 まぶしい光がブリッジ内を照らした。衝撃が艦を揺すり、艦内に警報が鳴り響く。

 「左舷に被弾!」

 「エンジン損傷!」

 「左舷スラスターカバー吹き飛びました!スタビライザー消失!」

 「操艦、不安定になります!」

 「なんとかして抑えつけろ!」

 「やってます!」  

 


 フェンリルはゲングの左を通り過ぎた。艦体を右に傾かせ遠ざかっていく。トーマスはゲングを悠然と振り向かせ、フェンリルの巨体に再びシラヌイを向けた。

 フェンリルが次にどんな操艦をしようとも、直撃を免れることはできない。シラヌイにエネルギーが再チャージされるまでの僅かな時間では、シラヌイの射程からもゲングの視界からもフェンリルは出ることができず、 沈む運命は避けられない。

 ラスターには届かないが、トーマスは餞別の言葉を送った。

 「惜しいな・・・、ラスター・フォア。君を失うのは残念だ。だが、受け入れろ。この結末を選んだのは君自身だ。君に預けるために造られた、このゲングで送ってやる・・・」

 トーマスはトリガーを引き絞ろうと、力を込めた。その時、ルナティックが一機、ゲングを射程に捉える距離に侵入してきた。

 




  



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Lunatic Born サンダーヘッド @Thunderhead

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