第25話 新入り

 アーティーはデイジーとともにフォルテ基地に出向き、ヴァイス司令に手渡された映像データを持ち帰った。

 ルグラン・ジーズの「帰ってから見ろ」という意味深な指示は、その映像が曰く付きであることを伺わせた。ブリーフィングルームで行われた上映会には、スワール基地司令スワール・デモネンとデータ分析官、アーティーとデイジーが立ち会った。


 映像は、ルナティックのコクピット視点の映像を、二次元に変更したものだった。

 ルナティックはタチバナロードをかなりの速度で飛んでいる。これだけの速度が出ているということは、壁への衝突を防ぐ安全装置がカットされているはずだ。パイロットの優れた操縦技術が窺い知れた。

 ルナティックは交戦中だった。相手が黒いルナティックであることが判明すると、その場の全員が驚いた。

 黒いルナティックが優位に見えたが、ギルド機の乱入をきっかけに攻守が入れ替わり、次第に追い詰めらえてゆく。

 そして、舞台は月面へと移り変わり、決着を迎えようとしたその時、遠距離からのビーム攻撃が走り抜け、二機が引き離されたところで映像は終わった。


 見終わって真っ先に口を開いたのはアーティーだった。

 「コナーズを消し飛ばしたのはあのビームに間違いない」

 「私にもそう見えた」

 デイジーも同調した。データ分析官が「詳細な検証が必要です」と言ったが、すぐに「が、私も同じものに見えます」と付け足した。

 もともと寡黙なスワール司令は、必要のない発言はしなかった。腕を組み、時折、視線を動かすくらいで、ほとんど存在感を消しつつ、三人のディスカッションの成り行きを見守っていた。

 「ところで、このパイロットは誰?」

 デイジーが素直な疑問を口にした。ルナティックのコクピットは軍用機もギルド機も、民間の非武装機も変わらない。この映像を見ただけではパイロットが誰か、所属がどこか、判断できなかった。

 アーティーは、ルグランが「冷静に判断してほしい」と言っていたのを思い出した。それは、どこから入手したのかは詮索するなという意味だと解釈した。

 「黒いルナティックを撃墜寸前まで追い詰めたパイロットが誰か・・・。それは興味深いが、今は置いておこう。だが、敵が誰かは分かった。黒いルナティックとは別の機体だ。その正体不明機が、我々、スワール隊の敵でコナーズの仇だ」

 「でも、気になる。なぜ、パイロットが誰かを隠すの?」

 「あいつらに悪意はないはずだ。面倒な理由があるんだろう」

 アーティーはさり気なくルグランを擁護した。

会う度にぶつかるくせに、信頼はしていた。デイジーはこっそり微笑み、それが気付かれないように話題を変えた。

 「で、ルグラン隊は、この映像をなんで提供したのかな?」

 「間違った敵を追って時間を無駄にするなと言うことだろう。仇討ちを早く済ませて、こっちを手伝えということだ」

 ここで遂に、黙っていたスワール司令が口を開いた。

 「話はまとまったようだな。出処はどうあれ、この映像を提供してくれたフォルテ基地には感謝しないといけないな。私から謝意を伝えておこう」

 そう言うと、スワール司令は時計を確認した。

 「アーティー、そろそろ、例の新入りが来る頃だ。出迎えてやってくれないか」

 「すぐに向かいます。では、失礼します」

 アーティーとデイジーは敬礼し部屋を出て、新入りを出迎えに格納庫に向かった。

 


 スワール隊の五番機パイロット、ルース・コンコッタは四番機のケージの前にいた。そこに四番機の姿は無い。四番機も、パイロットのコナーズも、もうここには戻らない。

 ルースがグレイロビー基地に配属されてまだ日が浅く、それほどたくさんの思い出があるわけではないが、意地悪ばかりしてきたスジャウと違って、コナーズには優しくされた思い出しか無かった。涙が溢れることはなかったが、思い出すたびに寂しかった。

 「コナーズ先輩、俺、射撃の練習してます。コナーズ先輩の代わりをしなきゃならないんで。あなたほどは出来ませんが、頑張ります」

 ルースがしんみりしていると、エアロックからルナティックが入ってきた。

 「今日来るって言ってた新人かな?どんな人だろう?こんな暇なところに送り込まれるくらいだから、どうせ冴えない奴か、どこにも馴染めないはみ出し者ものか、そのどっちかだろうな。どっちにしろ、可愛い女の子ってことはないだろうから、挨拶は後でいいや」

 ルースは暇をつぶしに、どこかへ行ってしまった。



 機体番号のないルナティックが、エアロックを通り抜け格納庫に入って来た。予定の時間どおりだった。 

 新入りの機体は、ルナティック本体が入ってしまいそうな巨大なコンテナが背負っていて、少し不安定な足取りだった。

 アーティーとデイジーは、ただっ広い格納庫の真ん中辺で出迎えた。新入りの機体は、二人を見付けたらしく、すぐ傍まで歩いてくると振り返ってコンテナを降ろした。アーティーは新入りの機体を見上げた。

 「君が補充された隊員だな?」

 アーティーが見上げながら問い掛けた。

 「そうです!」

 格納庫に、新入りの声が響き渡った。  

 「よし、まず、ハンガーに機体を引っ掛けてくれ。四番が空いている。以後、君の機体は四番機になる、異論はあるか?」

 「ないです!」

 新入りは四番ハンガーに向かいながら、後ろ姿で元気に答えた。ついでに、軽く自己紹介をした。

 「あのう、聞いてくれないか言いますけど、メリー・ヒスです!名前!」 

 アーティーは「知っている」と返事をした。


 メリーは機体をハンガーに収めると、最小限にまとめられた荷物を手に、コクピットを出た。乗降用のタラップが近付いてきたが、そいに乗らずに飛び降りて、ヘルメット脱ぎながらアーティーたちのもとに戻ってきた。

 新入りは意外なほど小柄で、あどけない表情をしていた。少女のような容姿にデイジーは思わず「まあ」と声を上げた。メリー・ヒスはそれを気にせず、アーティーとデイジーに向け軽く敬礼をした。

 「ただ今参りました。本日付でグレイロビー基地に配属になりました。メリー・ヒスです!」

 アーティーとデイジーも敬礼を返した。

 「私はデイジー・ファンダール」

 まず先に、デイジーが自己紹介をした。 

 「俺はアーティー・メソ。この隊の隊長をしている。頼りないかもしれないが、我慢してくれ。ところで、これはなんだ?」

 アーティーはコンテナが気になっていた。

 「これですか?待ってください・・・」

 メリーが手に持っていたリモンコンを操作すると、コンテナの観音開きの扉が勢いよく開いた。中には、ルナティック用の武器がぎっしり詰め込まれたいた。

 「武器がたくさん・・・、あれは、スナイパーライフル!発注してたやつ!」

 コナーズの仇討ちの為にミロクに政策を依頼していた待望の武器を見付けて、デイジーは小躍りした。

 「もう出来たのか?それを何故、君が持ってきた?」

 「ミロクの工場から直接来たんです。新品のルナティックを受領して、出る時に、ついでにと言われて、それを持たされました。さすがに重すぎて、機体の操作が大変でした」

 「お疲れ様」

 デイジーが労った。

 「メリー、早速fだが、部隊編成について話がある。一度、自分の部屋で落ち着いてからここに戻ってくれ。デイジー、メリーを自室に案内してやってくれ」

 デイジーが「こちらへ」という仕草をすると、メリーは僅かな荷物を手に、自室に導かれていった。その途中、メリーの機体に機体番号を描こうとしていた仕事の早いメカニックが、タラップに乗って二人の前を通り過ぎた。通り過ぎようとしていたメリーは何かを思い立って、メカニックを追いかけた。

 「あの、お願いです!機体番号なんですけど、色つけちゃ駄目でしょうか?軍の機体って地味ですよね?ね?ギルドの機体はあんなにカラフルなのに。少しだけ自己主張したいんです」

 「ええっ?」

 懇願されたメカニックは困惑した。

 「どうした?」 

 アーティーがいつの間にか傍にいた。事情を理解したアーティーは、メリーの味方に付いた。

 「白というのは通例であって決まりではないはずだ。特殊編成部隊と誤認されなければいい。何色を希望するんだ?」

 「そうですね。金色か、蛍光イエローがいいです」

 「だそうだ。なんとかならんか?」

 「隊長がそう言うなら。待ってください、倉庫見てきます」

 「頼む」

 メカニックは困惑しつつもタラップを降り、塗料が保管されている倉庫のほうへ走っていった。

 「迷惑でしたか?」

 「いや、いいんだ。遠慮の必要はない。希望は適切に伝えてくれ。じゃ、また後でな」

 アーティーは立ち去った。

 「アーティー隊長、優しい人ですね」

 メリーは自室に向かう通路で、デイジーに素直な感想を話した。デイジーは笑った。

 「あの人、自分意外には優しいんだ」

 「ああ、そういうタイプなんですね・・・」

 


 自室に戻っていたルースは呼び出された。隊の再編成について話がある、ということだった。この時、まさか、この殺伐としたグレイロビー基地で運命の出会いをするとは、思いもしなかった。

 新隊員として紹介されたメリー・ヒスに、ルースは一瞬で心を奪われた。華やかとは言えない人生を送ってきたルースにとって、目の前のメリーの美貌と可憐さは、テレビか夢の中でしか出会えないような、想像を超えたものだった。ルースは心の中で叫んだ。

 「なんて可愛いんだ!こんな子が!この何もない退屈な基地にやってくるなんて!なにか訳があるのかな?だとしても構わない!これからこの基地での生活が楽しくなる!」

 「おい、ルース。聞いてるか?」

 「え、なんですか?出撃ですか?」

 「チーム分けだ。これより、スワール隊は二人ずつ二チームに分かれてコナーズの仇の正体不明機を追う。ルース、お前は・・・」

 当然、ルースはメリーとのペアを希望した。

 「隊長!お話が!実は俺、年下の面倒見いいんですよ!メリーは新入りで年下ですよね!俺、いい先輩になれます!メリーは任せてください!」

 「ルース、お前は俺とだ」

 ルースは耳を疑った。

 「あの、隊長、俺の話、聞いてました?」

 「聞いてたさ。ルース、お前は俺と。デイジーはメリーとだ。以上」

 「え、隊長・・・、あの、う、嬉しいです」 

 ルースは諦めた。すでに打ち解けているデイジーとメリーは顔を見合わせ、笑顔を交わした。   





 


 眩しい照明に照らされたドック内では、十数人のメカニックたちが艦に取り付き、整備マニュアルを参考に、これから面倒を見ることになる新型艦の整備手順を念入りに確認していた。

 その様子をドック内を見渡せる三階通路から、基地司令のヴァイス、そして、ラスターとルグランが見守っていた。カールもいるが、三人とは少し距離を置いている。

 ルナティック専用軽空母フェンリルは、最初に入港したインテンションのドックで派手なシルバーに塗り替えられていた。フェンリルの名前のとおり、狼を模したデザインの艦体は流麗で抑揚があり、それは、ライトの元に晒されることでより際立った。

 フェンリルの艦体を隅々まで観察していたカールは、フェンリルを出迎え、そのまま慣熟飛行に付き合わされたあの日のことを思い出していた。

 「あの時は黒い塊にしか見えなかったけど、結構カッコいいな。フェンリルって確か、狼の名前だったよな?でも、魚みたいに見える」

 そんなカールの独り言が聞こえたわけではないが、フェンリルの艦長に就任しているラスターが艦の説明を始めた。まだ詳しい説明をされていないカールとルグランは聞き入った。 

 「特殊な運用を想定した艦だから、航続距離は短いし艦内の居住性もいまいちだ。地球まで旅をして、そのまま大気圏内に降りてゆく性能は持たされていない。月の周りを周回して、ルナティックの基地代わりをするのが、想定された運用方法だ。艦の前半にほとんどの機能が集中している。ブリッジも居住区もエンジンも、ルナティック格納庫もそうだ。後半部にはエンジンノズルを後方からの攻撃を防ぐためのカバーと、姿勢制御用のスタビライザーしかない。戦闘艦ではないから固定武装は護身用の爆雷のみ。両舷とブリッジ後方にあるハッチを見てくれ。そこにルナティック格納庫がある。最大で五機の運用が可能だが、艦載型のルナティックがルグラン機とカール機、予備機の三機しかないため、実質、二機しか運用できない。残念だが、今後、追加されることはない」


 ラスターの説明を聞きながら、カールはブリッジ後方のハッチに目を止めた。あそこには予備機が格納されているはずだが、カールはその予備機を見たことがない。ブリッジのすぐ後ろという思わせぶりな場所が、カールの妄想を呼び起こす。

 「きっと、あそこにはラスター艦長の専用機が収まっているんだ。それは艦長専用にカスタムされている・・・!色はもちろん真紅!俺と隊長のコンビネーションでも敵わない強敵が現れた時、颯爽と現れて俺達のピンチを救ってくれる!三機揃ったら、俺達は・・・、無敵だ!」       

 勝手な妄想で盛り上がったカールは、期待と羨望の合わさった熱い眼差しをラスターに送った。意味不明の眼差しを送りつけられたラスターは戸惑いながらも、ルグラン張りの輝く笑顔を返してきた。


 次いで、ラスターはフェンリル建造の経緯を話し始めた。

 「今から話すことは機密事項だ。本当は忘れなきゃならないことだが、まだ覚えてるんで話してしまう」

 ラスターはニヤリと笑った。

 「軍は独自のルナティックを欲しがった。自力で開発を試みたんだが、どうしても『人と同じ動き』と『人間並みの器用さ』を再現することが出来なかった。人の形をした砲台程度にしかならなかった。満足できる性能を得るために乗り越えるべき困難は、一つや二つじゃなかったんだ」

 ラスターは三人の聴衆の様子を窺ってから、話を続けた。

 「必要な性能を持つ機体をミロクに発注すればいいと思うだろう?それは出来ない相談だった。軍が求めるのは圧倒的な力の差だ。良く言えば抑止力。飾らず言えば支配する力。それには高性能な機体を独占できなければ意味がない。ミロクが量産してギルドが使い始めたら元も子もない。だから、独自に開発する必要があった」

 ラスターは話を続ける。

 「そこで軍は一計を案じた。まず、ルナティック専用空母建造を計画して、艦載型ルナティック共同開発をミロクに持ち掛けた。共同作業を進める過程でルナテック制御技術の根幹を盗み出そうとしたんだ。簡単に言っているが、かなり複雑な駆け引きを経ている。軍はその釣りのエサのためだけに一隻の空母建造を計画した」

 「それで、上手くいったのか?」

 ルグランが聞いた。

 「やった甲斐はあった、といったところだ。欲しい物すべてという訳にはいかなかったが、価値あるデータは入手できた。あとは機体を稼働させ十分な経験を積ませれば、満足いくもの出来上がるだろう。オーリーで開発した待望のオリジナルルナティックの部品はフェンリルに満載してインテンションまで運んできた。この計画の発案者のギャラライは満足していたよ。今頃はインテンションの地下テスト場で、稼働データの集積を躍起になって進めているはずだ」

 ここでカールが口を挟む。

 「あの、いいですか?軍はギルドを攻撃したがってますが、この独自のルナティック開発は関係あるんでしょうか?」

 「関係はない。別の流れだ」ラスターはきっぱりと言い切ってから話を続けた。

 「ギャラライは穏健派だ。ギルドを叩こうなんて思っちゃいない。叩きたいんじゃない。叩かねばならない状況にしたくないんだ」

 「ギャラライは血を見るのが好きじゃない。ただのルナティックマニアさ」

 ルグランが補足した。それでも納得がいかなそうなカールに、ヴァイスが「俺が保証しよう」と言うと、カールは頷いて納得した。ラスターは話を切り替えた。 

 「実はもう、フェンリルは役目を終えている。釣りのエサとして生まれ、オリジナルルナティックの部品を持ち帰った時点で、お役御免さ。ギャラライはこの艦に興味がない。事故を装って沈める計画もあったが、その事故をどう演出するか結論が出ず、面倒なこともあり、結局、俺が預かることになった。好きに使えとさ」ラスターは「話はここまでだ」と言って、締めくくった。

 次はヴァイスが話し始めた。

 「では、お言葉に甘えよう。今から君らに任務を通達する。フェンリルは出港準備が整い次第、『黒いルナティック撃墜作戦』に就いてもらう。これは仮の任務だが、本当の任務でもある。だが優先すべきは、軍の強硬派の動向を探ることだ。フェンリルは月周辺を周回しつつ情報収集と解析を行い、強硬派が不穏な動きを見せれば、状況に応じた対応を取ってもらう。分かっている通り、我々の戦力は少ない。臨機応変に対処してくれ。もし偶然、黒いルナティックに遭遇したのなら、ついでに撃墜してしまって構わない」

 「簡単に言う・・・」

 ルグランが肩をすくめた。

 「スワール隊は当てにならないんですよね?」

 カールが僅かな期待を込めて言った。

 「『仇討ち』を優先すると言ってたな」

 「その『仇討ち』に俺達も協力出来ませんか?そっちを先に済ませればスワール隊と合流出来ますよね」

 「俺達が協力したからって、すぐに済むとは限らない。相手は正体不明だ。それに、俺達のまだ見ぬ敵が、それを待ってくれる保証もない」

 後半はラスターが言った。

 「ベストを尽くす以外にないんですね・・・。そうだ、こうなったらギルドに頼りますか?正体不明機を撃墜してくれって」

 カールの冗談めかした提案を聞いたルグランとラスターは、それを笑い飛ばしたが、ヴァイスはひとり、不敵な笑みを浮かべていた。 

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