第24話 月の女王リン・ライオ

 アースゲイザー市長選挙が近付くほどに、現市長リン・ライオと対立候補のアンディ・ヤシンとの支持率の差は縮まった。アンディ・ヤシンはルグラン・ジーズの人気を利用して順調に支持率を伸ばし、リンを苛立たせた。


 リンはアースゲイザー・セントラル宇宙港に停泊する大型シャトルの中にいた。勝利を確信した状態で市長選を迎えたいリンは、最大の後ろ盾である地球政府との蜜月をアピールし、さらに応援を要請するため、地球へ向かうことを決めた。安全保障面での交渉とリンのボディーガードと兼ねるアースライトのスタッフ二十人と、経済関係の交渉を行う月世界企業の幹部三十人も同行する。

 そのうちのひとりに、小型汎用艇オービットを生産する企業『センチュリオン』の開発部トップ、オージャ・マージがいた。リンとオージャはオービット全盛期の頃のパイロット仲間だった。 

 オージャは自分の席に着く前に、すでに座っていたリンの肩に手を置き、耳元で「隣、いいかな?」と囁いた。リンが肩に置かれたオージャの手に触れ「お好きに」と答えると、オージャは通路を挟んだ隣の席に、鍛え抜かれたボディービルダーのような巨体を押し込んだ。

 「オージャ、あなたが一緒で心強い」

 「こんな俺で良ければ、どこまででもお供しよう」

 オージャの言葉にリンは穏やかな笑顔を見せたが、それはすぐ消えた。

 「リン、焦っているのか?らしくないな。心配する必要はない。有権者は利口だ。英雄の力で人気取りしか出来ない詐欺師に、これ以上、支持が集まりはしない」

 リンはオージャの慰めに、もう一度笑顔を見せたが、それも一瞬だった。

 「あなたの言う通り、有権者が皆、利口ならいいんだけど・・・」

 ここで、船長のアナウンスが流れる。 

 「本船は間もなく地球に向け出港します。目的地はオールドロック」

 リン一行を乗せたシャトルは、セントラル宇宙港から上昇を始めた。同時に、二機のアースライト所属のオービットも護衛のため、シャトルとともに上昇した。リンとオージャは窓の外のその勇姿を頼もしく眺めた。

 船首の向きを地球に向けたシャトルは一気に加速して、月から遠ざかった。シャトルがある程度月から離れたところで護衛機は役目を終え、セントラル宇宙港へと引き返していった。


 月を離れて間もなく、重力均衡点に浮かべられた小惑星『オーリー』が見えてくる。アステロイドベルトからはるばる運ばれ、アストラマイニングされスカスカになってしまったオーリーは、崩壊しないようネットとワイヤーで繋ぎ止められ形を保っている。内部にはインテンションが管理する研究施設が造られていて、月世界の最新科学技術の研究が進められている。  

 オーリーの周辺には未完成のスペースコロニーが四基、浮かべられていて、作業用のルナテックや資材を運ぶコンテナ船がオーリーや月との間を行き来している。いずれのスペースコロニーも地球政府が建造をしたものだが、未完成の状態で放棄された。建造は月の四大都市が合同で引き継ぐ事になり、そのうちの一基はなんとか完成にこぎつけ、一区画に街が造られた。現在はオーリーに勤務する研究員とスペースコロニー建造に携わる作業員のための居留地として、役目を果たしている。





 シャトルが向かう先の虚空では、航空宇宙軍所属グレートウォールが静かな航行を続けていた。

 そのグレートウォールでは現在、艦砲射撃訓練の準備が進行中だった。ブリッジに艦の各ブロックのコンディションを知らせる報告が、次々と上がってくる。

 「主砲、副砲、全門、異常なし!」

 「ジェネレータ出力、順調に上昇!」

 キャプテンシートに座る艦長のピース・リビングストン提督は無表情だが、内心は抑えきれないほどの興奮に満ちていた。

 「五十年間、眠り続けた・・・。いよいよ目覚めの時だ・・・」

 クルーからの報告が続く。

 「各ブロック異常ありません。エンジン出力問題なし。全砲門、射線上に障害物なし。全武装、エネルギーチャージ九十パーセントまで上昇。発射準備完了です」

 傍らに立つ副艦長のホリデー・メンドーサ少佐にとっては初めての訓練だった。この艦で、というだけじゃなく、軍に入隊して初めての経験だった。そのせいか、ホリデー少佐はいまいち、緊張感を高める事が出来なかった。

 「艦長、砲撃命令を!・・・こんな感じでいいですか?」

 「こんな感じでいいですか?は、言わんでよろしい」

 「はい!もう、言いません!」

 ホリデー少佐は姿勢を正した。 

 「では、艦長。砲撃許可を」

 「うむ」

 待ち望んだ瞬間が、今、訪れた。リビングストンが目一杯もったいぶって『全門発射!』と、言おうとしたその時、通信士かそれを遮った。

 「艦長、リン・ライオから通信です。地球に向かう途中で、すぐ側まで来ているようです。挨拶したいと言ってます」

 報告を受けたリビングストンは誰にも聞こえないように舌打ちをした。キャプテンシートから身を起こし、リン・ライオの乗るシャトルがいるであろう宙域を凝視した。まだ肉眼では見えない距離だが、月を背景に何かがキラリと光った。すぐにここまでやってくるだろう。

 「訓練中断、邪魔が入った」

 「訓練、中断!」ホリデー少佐が復唱した。

 「しょうがない。そんな暇は無いのだが相手をするか。正面に映せ」

 渋い表情をしていたリビングストンは無理やりにこやかな表情を作り、リンの登場を待ち構えた。リンはすぐにメインモニターに現れた。 

 「これはこれは、リン市長殿。ご機嫌麗しゅう。市長選が近いと言うのに地球へ御旅行とは余裕ですな。もう再選を確信したということでしょうか」

 リンが対立候補のアンディ・ヤシンに差を詰められているのを、知った上での言葉だった。

 「久しぶりね、リビングストン艦長。そんな見晴らしのいいところで毎日何を眺めているのかしら。暇ではありませんか?座りっぱなしで腰は痛みませんか?たまには運動なさらないと残り僅かな寿命をさらに縮めてしまいますよ」

 「心配御無用、毎日、艦内を散歩しておりますので、足腰も丈夫で健康そのものです。もう暫く、ここに留まるつもりです」  

 「あらそうですか、もうじきお別れのような気がしていましたから、花束を贈ろうとしておりましたのよ。もしお亡くなりになりましたら、そこに埋葬されるのでしょう。身寄りがないのですから。その殺風景なお部屋を私が送った花束でいっぱいになさってくださいな」

 「相変わらず、人を不快にさせるのが得意なお方だ・・・」

 リビングストンは笑顔を作る努力を諦めた。 

 「リン・ライオ、あなたと話すのは疲れる。出来ることなら、これで最後と願いたい。次の選挙で落選なさることを心より期待している」

 「叱咤激励をありがとう、リビングストン提督殿。再選した暁には、盛大なパーティーにご招待いたしますので、それまでこの世に残ってらしてくださいね。それでは失礼いたします」

 リンは高笑いをしながらモニターから消えた。直後に、リンのシャトルがグレートウォール前方を閃くように通り過ぎていった。飛び去ったシャトルを見送ったリビングストンは訓練再開を指示した。  

 「訓練再開、状況を」

 「エネルギーチャージ九十九パーセントまで上昇。限界に達しています」

 「よし、いいだろう。全門・・・、撃て!」

 「待ってください、艦長!シャトルが近すぎます!」

 ホリデー少佐がリビングストンを制止した。

 「射線上にいないのだろう?当たらなければいい。撃て!」

 ホリデー少佐は為欄ながらも「・・・了解。全門、撃て!」と、復唱した。

 グレートウォールのすべての砲門が次々と光を放った。ホリデー少佐とブリッジのクルー、艦内各所で発射の瞬間を見届けたすべてのクルーたちが、あまりの光の量と激しさに感嘆の声を漏らした。  

 「すごい・・・!」

 ホリデー少佐は呻くように呟いた。リビングストンは表情を変えなかったが、口元が僅かに緩んだように見えた。


 四方八方にに放たれたグレートウォールの大出力荷電粒子ビームの何条かがシャトルの近くを走り抜けた。その光がキャビン内を照らす。

 「なにごと!?」

 さすがのリンも慌てふためき、他の乗客たちも動揺し、声を上げたり立ち上がったりした。

 「グレートウォールの砲撃だな」

 オージャは冷静に分析した。

 「狙ったの!?」

 「いや、狙ってはいないだろう。さすがにな。だが、かなり近かった」

 「リビングストン!もうろくジジイが!」 

 激昂するリンをオージャが宥めた。

 「けしかけるからだ」

 「あの程度で・・・!」

 リンの怒りは暫く収まらなかった。


 エネルギーが切れるまで、すべての主砲と副砲の砲撃は続いた。何条もの光の束が宇宙の闇を照らす。一大スペクタクルショーは地球はもちろん月でも観測され、これを目の当たりにした月世界の人々は畏怖し、自治権を与えられた今も、地球政府に監視されていることを思い出した。


 リビングストンは火器管制を担当するオペレーターに「『亜光速ミサイル』はどうか?」と聞いた。リビングストンの傍らに立つホリデー少佐は 

『亜光速ミサイル』を知らなかった。副艦長交代時の引き継ぎでも知らされていない。ホリデー少佐はリビングストンに尋ねた。

 「艦長、『亜光速ミサイル』とは何です?」

 「ホリデー少佐、知らなかったか?なら知っておけ。亜光速ミサイルとは『神の杖』のことだ」

 「神の杖・・・、ですか?」

 ホリデー少佐は記憶を探った。

 「確か、運動エネルギー爆弾?ですよね。百年ほど前の古典SF小説に登場した兵器」

 「そのとおりだ。百年前は絵空事でしか無かった究極の兵器の完成形が、このグレートウォールには装備されているのだ」

 「それはすごい!そんなものがこの艦に装備されているとは、誇らしいことです」

 「理解したかな?」

 「はい」

 「よろしい」

 「今から、その試射、いや、テストを行う。ミサイルは一発しかないから今は撃てない。蓄えたエネルギーのみを開放する。ホリデー少佐、君も立ち会うのだ」

 「光栄です!」

 ホリデー少佐は姿勢を正した。

 「では、今回の訓練の総仕上げといこう。『亜光速ミサイル』のテストを行う。安全装置をそのままに、エネルギーのみ開放」

 「エネルギーのみ、開放!」

 「了解・・・、開放!」

 全長二キロの艦体を、微かだが、重厚な振動が走り抜けた。

 「艦の状況を」

 「今のところ、問題なし。詳細なチェックが必要ですが、問題は無いでしょう。複雑な機構ではありません。使えます」

 オペレーターは淡々と話した。

 「それでいい・・・」

 リビングストンは、月の方をチラリと見た。

 「もうじき、我々の協力者が合図を寄こす。時は近いぞ、ホリデー少佐。気後れせぬようにな」

 「気後れなど、しません!」

 ホリデー少佐は、のけぞるほどに姿勢を正した。 

 「よし、いい返事だ。数日以内に今回と同様の訓練を行う。各ブロック、コンディションチェックを実施せよ。異常があれば速やかに対処。完璧な準備をしろ」

 

 



 往路の果て、リン一行を乗せたシャトルが地球の衛星軌道に乗った。地球はすぐそこだ。地球が反射する柔らかな光が、乗客たちのノスタルジーを誘った。

 シャトルは軌道上を先行する宇宙ステーション『オールドロック』を追いかける。自動制御された地球の防空システムに撃墜されないためには、オールドロックで降下用シャトルに乗り換えなければならない。月からの旅人は、直接、地球に降りることは許可されていない。


 オールドロックが見えてきた。運用開始からの五十年間、無計画な改修と増設を繰り返した結果、オールドロックはお世辞にも美しいとは言えない、少々、歪な姿になっていた。

 本体は中空の柱で、この柱に、ユニット化された宇宙港、コントロールセンター、ショッピングモールやホテルなどが取り付けられ、宇宙ステーションとして成り立っている。全てのユニットが自在に交換可能で、老朽化したり、修復不可能な損傷があれば、最小限のコストで機能を復元できる。隙間と予算があればユニットを追加できるので、必要でないものも後付され、不格好になってしまった。

 規模は違うが、グレートウォールも同じ設計思想で造られている。核パルスエンジン、荷電粒子ビーム砲台、居住区などのユニットを組み合わせ巨大宇宙戦艦を構成しているが、ユニットを交換することで、別のものに仕立て直したり、さらに強化したりすることが事が出来る。

 グレートウォールは当初、火星移民船として就航するはずだった。


 「間もなく、オールドロックに入港します。減速を始めますのでシートベルトの装着をお願いします」

 船長のアナウンスの後、シャトルはエンジンを逆噴射させ減速した。そしてオールドロックの港に高さを合わせ、速度をさらに緩めながら近付くていく。キャビンの窓から、港のロビーでくつろぐ乗降客たちが手を振っているのが見えた。

 無事に入港を果たしたシャトルは、軽いショックとともに港に固定された。リン一行とその他の乗客を降ろしたシャトルは暫し、この港で羽根を休め、規定の時間が来れば、新たな乗客とともに月へと引き返していく。


 


  

 リン一行は一週間掛けて地球各地を巡り、安全保障と軍事提携、経済関係強化での交渉を重ねた。交渉は概ね上手く行き、リンは満足だった。地球の最高指導者との面会は叶わなかったが、その代わり、チャーリー級宇宙戦艦が譲渡されることになった。月へはチャーリー級に乗艦し帰還する。

 リン一行は数台のバスで運ばれてきて、空港の滑走路に直接、降ろされた。アフリカ大陸北部にある航空宇宙軍の空港には航空機の発着はほとんどなく閑散としていたが、まだ現役らしく、管制塔からアナウンスが流れたり、走行する車両が遠くに見えたりした。

 真上に太陽があり、管制塔が作る影はほとんど真下に落ちていて、路面に照りつける日差しが地球の夏の暑さに慣れていないリンと同行者たちを苦しめた。

 「どうしてこんなに暑いの?」

 「月では経験できない暑さだな」

 「これが平気なんて地球人はどうかしてる!」

 「地球人も平気じゃないさ。ここのスタッフはみんな建物の中に逃げ込んでる」

 リンと話すオージャの視界に、ルナテックと同じような人型のロボットが入った。『ガイア』と呼ばれる機動兵器だった。動きが鈍い上にぎこちなくルナティックとは似て非なるもので、後継機が開発されていないため、いずれ消えゆく運命にある。

 空港内を地響きを立てて歩く作業中のガイアが迫る。もしリンがその姿を目の当たりにしたら「気色悪い!近寄らないで!」と、ヒステリーを起こすのは間違いなかった。オージャはその心配をしたが、それは杞憂だった。リンは別のものに心を奪われていた。それは、滑走路に優雅に佇むチャーリー級宇宙戦艦だった。

 「あれが・・・」

 「君の船だ」

 オージャが隣に来て言った。

 「あれが私のもの・・・」

 リンは、うっとりとした表情でチャーリー級を眺め、ふらふらと歩き出した。

 チャーリー級宇宙戦艦は大気圏離脱用のブースターと大気圏内飛行用の翼を取り付けられ、ほとんど飛行機のような姿をしていた。全長は四百メートル近い前時代の巨艦で、一度退役していたが、リンに譲渡するためレストアされ蘇った。ついでに艦全体の塗装が塗り替えられ、厳しい陽光のもとで、しなやかな艦体をギラギラと輝かせていた。

 リンは歩み寄りながら、もう二隻の宇宙艦が傍らに佇むのに気付いた。チャーリー級と同様に、翼とブースターが取り付けられていた。

 「あれは?」

 リンは振り返ってオージャに尋ねた。

 「後ろの二隻はセンチュリオンが交渉して譲り受けたものだ。解体寸前のものをなんとか飛べるようにしてもらった。一緒に連れてきたウチのスタッフとアースライトの隊員に飛ばしてもらう」

 「飛べるの?」

 「そのはずさ。地球の連中が約束してくれた」

 

 空港スタッフに見送られ、リン一行は三隻に分かれて乗り込んだ。リンとオージャはチャーリー級に乗る。三隻ともに一時間以上の入念なエンジンチェックを経てエンジンに火が入り、滑走路を走り出した。巨大で重たいチャーリー級は滑走路の端、ギリギリまで助走しなんとか飛び立った。なかなか高度が上がらず低空を飛んでいたが、次第に高度を上げはじめ、ついに、巨大な鳥は空に羽ばたいた。

 三隻の船は地球の重力を感じながら成層圏近くまで高度を上げ、空が暗くなり始めた頃、第一宇宙速度を得るためにブースターに点火した。艦首を上げ、急加速したチャーリー級と二隻の僚艦は数分後、宇宙空間に飛び出した。燃料を使い果たしたブースターは切り離され、翼とともに離れていった。メインエンジンに点火した三隻は再加速し地球の引力を振り切って、月への帰路についた。

  

 


 

 日課の艦内五キロ散歩から戻ったリビングストンは、専用に調合された栄養ドリンクを飲みながら、キャプテンシートに体を預けた。それを待っていたように通信が入る。

 「リビングストン艦長、リン・ライから通信です。挨拶したいそうです」

 「戻ったか・・・。今度は音声だけにしろ」

 音声だけがブリッジ内に届いた。 

 「ごきげんよう、リビングストン。せいぜい長生きなさってね」

 リンはこれだけ言って通信を切ってしまった。直後に、チャーリー級は二隻の僚艦を従え時速四万キロの相対速度で、グレートウォールの正面を通り過ぎた。通信が切れているはずだが、リビングストンには何故か、リンの高笑いが聞こえた気がした。

 飛び去っていったリン・ライオを、リビングストンは憐憫の眼差しで見送った。

 リビングストンは知っていた。リンは地球政府と懇意であると信じているが、それは片思いに過ぎないことを。実際は煙たがられていて、チャーリー級宇宙戦艦は、すり寄ってくるリンを追い返すための手土産として押し付けられたに過ぎない。

 「見ていられん。あんなガラクタを押し付けられていい気になっているとは。道化もいいところだ。リン・ライオ、可愛そうに」





 無事に月へ辿り着いた三隻の宇宙戦艦は、セントラル宇宙港に係留された。セントラル宇宙港には大型艦を収容するドックなどはなく、今のところは、真空に晒しておくしか無かった。


 一時間後、リンは演説用のドーム型カプセルの中にいた。早速、地球歴訪の成果を市民に向けアピールする。

 カプセルの正面には数台のテレビカメラが設置され、すべてのカメラにチャーリー級戦艦が収まるよう調整する作業が進んでいた。カプセルの中でスピーチライターと演説の打ち合わせをするリンは、カメラの位置が気に入らなくて、何度も指示を出した。

 すべての準備が済み、スピーチライターがカプセル内の物陰に隠れると、アースゲイザー市民に向けたリンの演説が始まった。街頭テレビと市庁舎ビルの壁面モニターにライブ映像が流された。

 「・・・親愛なるアースゲイザー市民の皆さん。少しの間、街を留守日したことをお許しください。私は地球政府との経済、安全保障、両面に於いての関係強化を図るため、ほとんど眠らず、地球各地を巡っておりました。ご覧ください」リンはそう言って後ろを振り向き、チャーリー級のピカピカに輝く艦体に聴衆の視線を導いた。「これがその成果です。地球政府は私を指示し、これほどの船を預けてくださいました。厚い信頼がなくては成し得ないことです・・・」


 オージャ・マージはカプセルの外で、熱い演説を続けるリンを見守っていた。オージャは微笑み「リン、必ず君が勝つさ」と呟き、その場を立ち去った。

 地球から持ち帰った三隻の戦艦の周囲にはギャラリーが集まり始めていた。ほとんどが宇宙港スタッフや、アースライトの隊員だった。

 近くの人だかりにオージャは入っていった。その中に知り合いのに宇宙港スタッフがいて、挨拶を交わした。

 「よう、リンの戦利品、どう思う?」

 「オージャさん、お疲れ様です。中はこれからなんで、ここから見た感じでいいですか?大きいやつはいい船ですね。新しくはありませんが、まだ十分、使えそうです。何に使う気かは聞きませんよ。で、後ろのガラクタ、いや、鉄クズ?なんですか、あれ。まさか、あれで飛んできたんですか?」

 「ああそうだ。同行したウチのスタッフとアースライトの隊員に操艦を任せたんだが、大変だったようだ。ブリッジの空気漏れと加速のたびの異常な振動で、何度も覚悟を決めたと言っていた。申し訳ないことをした。だが、人生にスリルはつきものさ。無事に帰ってこれたんだから、いい思い出になっただろう」

 「お気の毒に・・・。で、後ろの二隻、どうするんです?」

 「解体する。早いほうがいい。ウチのスタッフを寄こす。明日にも始めよう」

 「で、解体してどうするんです?」

 「ウチの倉庫に運んでくれ。新型オービットの材料になってもらう。そのために持ち帰った」

 「確か、新型はまだ試作の段階じゃ?」

 「完成している。リンが再選すればアースライトに導入される予定なんだ。リンが再選を果たせば予算が組まれることになってるんだが、その前に生産を始める」

 「再選を待たずに・・・?」

 「再選するさ、必ずな。そうなってる。そういう筋書きなんだ・・・」

 「そうですか・・・。では、準備を始めます」


 リンの演説は続いていた。  

 「私なら・・・、このリン・ライオなら、地球とアースゲイザーを固い絆で結び、市民の皆さんの安全と財産を守れます。私にしか出来ないことです。この月世界がどれほど発展しようと、その発展は、地球との関わりなしに長続きはしないのです・・・」

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