第23話 アーティーの劣等感
正体不明機による襲撃を受けた数日後、スワール隊隊長のアーティー・メソは、瀕死の重傷を負い治療カプセルの中で生死をさまようスジャウ・ノーメットを見舞った。
カプセルの中で苦痛にあえいでいたスジャウは、アーティーがカプセルの外から覗き込んでいるのに気付くと、力の限りの笑顔を作った。アーティーはそんなスジャウに「無理をするな」と優しく話し掛けた。するとスジャウは、アーティーにやっと聞こえるほどの微かな声で「明日には復帰します」と返事をした。それだけで体力を使い果たしたスジャウはほとんど気を失うようにして眠ってしまった。
コナーズは跡形も無く消し飛び、スジャウは再起不能の重傷を負った。にもかかわらず、隊長である自分は無傷で生き延びた。アーティーは申し訳なさと不甲斐なさで、悔し涙を流した。
同じ日、アーティーはデイジーとともにフォルテ基地を訪れた。軽装備の二機のルナティックがフォルテ基地の上空に近付くと、管制官から「ようこそフォルテへ」と挨拶があり、続いて「スペースポートの中央へ」との指示を送ってきた。指示に従い基地中央のスペースポートに降り立つと、管制官から「三番格納庫へ」と促された。だが、アーティーはそれを無視し、一番格納庫へ入っていった。「アーティー、従ったほうがいいんじゃ?」呆れ気味のデイジーの言葉にアーティーは、「司令官室に一番近い」と、無愛想な態度で答えた。
予定にない機体が入って来た事で一番格納庫は若干の混乱が起ったが、すぐに秩序を取り戻し、二機のルナティックを空いているハンガーに導くことが出来た。
アーティーとデイジーはハンガーに機体を収めると、集まってくるメカニックを見下しながら、メインスイッチを切った。アーティーが機体を降りると、待ち構えていたメカニックが簡易的なメンテナンスを申し出てきたが、アーティーはまたも無愛想に、「何もしなくていい」と言い残し、さっさと立ち去ってしまった。行動をともにすることが多いデイジーはこういう状況に慣れていて、善意を断られ呆気にとられるメカニックに「ゴメンね」と声を掛けてから、アーティーの後を追った。
軍の通例として、他基地のルナティックを招き入れた場合、必要に応じたメンテナンスを行う。アーティーに「何もしなくていい」と言われながらも、真面目なフォルテ基地のメカニックたちは、二人が通路の奥に消えてすぐ二人の機体に取り付き、メンテナンスを施した。もちろん、二人が戻る頃には誰ひとり、機体のそばには居なかった。
司令官室に向かう通路でアーティーが「ルグラン・ジーズに会うのは久しぶりだ」と、独り言にように言った。それを聞き逃さなかったデイジーが、二人の相性があまり良くないと知りながら「嬉しい?」と茶化した。それに対しアーティーは何の反応もしなかった。
「なんか言ってよ」
「・・・」それでもアーティーは何も言わなかった。
司令官室のドアがノックされ、ヴァイスが返事をするとドアは開かれた。司令官室ではフォルテ基地司令官のヴァイスとルグラン、カールが待機していた。三人は訪れた客人に注目した。司令官室に入って来たアーティーはデスクの向こうにいるヴァイスに軽く敬礼をした。
ドアの近くに立っていたカールの目の前を、ヴァイスのもとに歩いていくアーティーの背中が通り過ぎていく。
カールは緊張していた。アーティーがルグランとラスターとは訓練学校の同期で、ラスターに次ぐ歴代二番目の優秀な成績を残したのは、訓練学校を最低成績ながらも卒業しているカールも当然知っていた。カールが実際にアーティーに会うのはこれが始めてだったが、目の前のアーティーが意外なほど小柄で、自分とあまり変わらないことに驚いた。しかし、その存在感と周囲を威圧するような雰囲気はカールを圧倒し、挨拶をしたかったが、近付くことすら出来なかった。
デスクの右側にいたルグランは歩み出て「来てくれて感謝する」と言いながら右手を差し出した。だが、その右手は無視され、アーティーの右手はルグランの制服の胸ぐらをつかんだ。不穏な空気を感じ取ったカールは「ちょ、ちょっと何するんです!」と、反射的に声を上げ止めに入ろうとしが、続けて入ってきたデイジーに制止された。
「あれがいつもの挨拶なんだ」
「で、でも・・・!」
その時、カールはアーティーよりも背の高いデイジーを見た。デイジーも一瞬カールを見たが、その視線はすぐにアーティーに向けられた。高い所で結ばれた髪が揺れる。カールはデイジーの優しい眼差しと、整った横顔に心を奪われてしまった。
「素敵な人だ・・・!」
ルグランは何の抵抗もしなかったが、目をつむったまま「もういいだろ」と言うと、アーティーは笑顔を作り、乱れた制服の胸元を直して軽く叩いた。
「貴様に会いに来たわけじゃない」
「俺は会えて嬉しい」
「心にもないことを・・・」
アーティーは振り向き、ヴァイスと向かい合った。
「呼ばれたので伺いました」
「こちらから出向くつもりだったんだが、そちらの都合が悪いそうで」
「廃墟も同然の我が基地には客をもてなす場所などありません」
ヴァイスは愛想笑いをして、話を続けた。
「楽にしてくれ。デイジー、座ってくれ」
「いや、立ったままでいい」
ソファに座るつもりでいたデイジーは肩をすくめて、元の場所に戻った。
「では話を始めよう。アーティー、今回の襲撃を口実に軍がギルドに攻撃を仕掛けるかもしれないことを知っているだろう」
「初耳だ」アーティーは知らない素振りをしたが、ヴァイスはそれが聞こえなかったかのように話を続けた。
「君は遠回しな言い方は嫌いだろうから率直に言う。フォルテ基地は最悪の事態を回避するための行動を取る。スワール隊にも協力してほしい」
「協力だと?何をしろと?」
「ある部隊を排除する。予想はつくだろう?」これはルグランが言った。それを聞いたアーティーは声を上げて笑った。
「反乱の手伝いをしろと?久しぶりにワクワクするような話だ。面白そうだ。だが断らせてもらう」
アーティーはきっぱりと言い切って、ヴァイスを見た。その目に緩みはなかった。
「笑ってすまない。インテンションの動きは我々も把握している。協力したい気持ちはあるが、我々スワール隊は優先すべき事がある。すまんが、反乱の誘いは別の奴らにしてやってくれ。話はこれだけか?他にないのならこれで帰らせてもらう」
「アーティー、頼れるのはお前だけなんだ」
帰ろうとするアーティーを、ルグランが引き止めた。
「おだてるな。理由は他にもある。知ってのとおり、俺は仲間を二人失った。一度にな。隊長が務まる器じゃない事を思い知らされた。こう見えて堪えてるんだ。あの日以来、自分の非力さを悔やむ毎日さ。そんな状況だ。たとえ暇だったとしても、貴様の下働きをする気にはなれない」
「そんなつもりじゃない」
「分かっているが・・・」この言葉はルグランには聞こえなかった。
一瞬の沈黙があってから、ヴァイスとルグランは顔を見合わせた。そして、互いに納得したように頷いた。
「いいんだ、アーティー。今の話は無かったことにしてくれ」
ヴァイスはそう言い、それ以上食い下がることはしなかった。
アーティーは泣き出しそうな顔をしていた。その顔を同じような表情でデイジーが見守るのを、カールは見ていた。
「アーティー、渡したいものがあるんだ」
ヴァイスが記録用メディアを取り出しアーティーに差し出した。アーティーは戸惑いつつも、それを手に取った。
「これは・・・?」
「軍のデータベースに上げていない映像データが入っている。内容については正直、どう扱えばいいのか困ってる」
「危険なものか?」
「スワール隊にも関係がある」
アーティの視線に鋭さが宿る。
「ここで見せないのには理由が?」
「冷静に判断してほしんだ」
含みのある言い方は気に入らなかったが、アーティーは何度か軽く頷き、素直に受け取ることにした。
「なるほど、こっちが本命ということか。帰ってから見ればいいんだな?」
「役に立つはずだ」
「信じよう。だが、感謝するかどうかは中身を確認してからだ。で、話はこれで終わりだな?今度こそ帰らせてもらう」
立ち去ろうとするアーティーの背中に、ルグランが声を掛けた。
「アーティー、少し待てないか?ラスがこの基地に戻ってくるんだ。もう間もなくだ。会っていけよ」
アーティーは振り向くこと無く「やめておく、貴様以上に会いたくない奴だ」と言って、司令官室を出ていった。見送るルグランとヴァイスに視界にデイジーが入る。
「さっきの話、一応、スワール司令に通しておくから」
ずっと口を出さなかったデイジーだが、最後にそう言ってアーティーの後を追いかけた。部屋を出る間際、カールと不意に目が合った。デイジーは真っ赤な顔で戸惑うカールに向け「坊や、またね」と言い残し部屋を出ていった。
「デイジーさん・・・」
カールは夢見心地で、デイジーが残していった甘い香りに包まれていた。ヴァイスとルグランはカールが夢から覚めるまで、好機の眼差しを送り続けていた。
アーティーとデイジーが格納庫に戻ると、二人の機体の周りには不自然なほどの静けさに包まれていた。アーティーになにか言われるのが嫌なメカニックたちは皆、必要以上に遠くに離れて背中を向けていた。アーティーはその不自然さに構わず、機体に乗り込んだ。デイジーも何も言わずに乗り込もうとしたが、離れたところにいるメカニックと偶然目が合った。丁寧なメンテナンスが施されたことが分かっているデイジーは「ありがとう」と、声に出さずに感謝の言葉を送った。言葉を理解したメカニックは照れて、頭を掻いていた。
格納庫を出たアーティーの機体に、巨大な影が覆い被さる。見上げるとそこには、ラスター・フォアが艦長を務めるフェンリルの巨体が浮かび、ゆっくりと、急造された専用の港へ降下してゆく。
「六年消えて、デカくなって戻ってきたか」
アーティーは訓練学校時代を思い出していた。ラスター・フォアをライバル視し、至るところで突っかかっていたが、当のラスターはアーティーのことなど意に介さず、いつ、どこにいても、ルグランと恋人同士みたいにじゃれ合っていた。
アーティーにとって、ルナティックのパイロットだけがいう唯一の取り柄で、これだけは他の誰かと対等以上に渡り合えた。
アーティーはラスターを超えようと努力を重ねたが、結局、何一つ超えることは出来なかった。正式に部隊に配属された後も差は埋まること無く、出撃の度に撃墜数を稼ぎまくるラスターの天才パイロットぶりを、聞きたくなくても聞いていた。そして幸運にも愛されたラスターは、その時まだ、実在するかどうか分からない幻の存在『黒いルナティック』を撃墜するという快挙を成し遂げた。しかも、自分自身は負傷しながらも相棒のルグランに手柄を譲るというドラマチックな展開のおまけ付きだった。
「器が違うとはこういうことか・・・」
アーティーは格の違いを見せつけられ、ラスターと競い合うことをやめた。いつからか、その名を口することすら無くなった・・・。
ルナティックは時に、パイロットの心理状態を機体の動作で表現することがある。ルナティックの操作系はパイロットの上半身の動きも機体の動作に反映させる。
デイジーはアーティー機の背中が肩を落としているように見えた。アーティーがまた自信を無くしている。それがよく分かるデイジーは、気分を変えようと、大袈裟なくらい明るく振る舞った。
「アーティー、気が変わった?ラスター・フォアに会っていく?本当は大好きなんでしょ?」
アーティーは鼻で笑ってから返事をした。
「今はいい・・・。どうせすぐに顔を合わせることになる。そういえばデイジー、君はラスター・フォアに会ったことは無いんだったな?会っていったらどうだ?史上最高の天才パイロットに?」
デイジーはアーティーに聞こえるように溜め息を吐いた。
「やめておく。アタシもああいうタイプ苦手なんだ。なんか、いつも大きい声で笑ってそう」
「たしかに・・・、アイツはよく笑う」
アーティーは二三歩、ルナティックを歩かせてからロケットモーターに点火し宙を舞った。デイジーも続いた。二機のルナティックは遥かグレイロビーに向け月の空を飛んだ。
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