第16話 宇宙戦艦グレートウォール

 カールとルグランのテスト機が、数十分前に飛び立ったメインタワーに戻ってきた。二機ともにタワーの屋上を目指すが、カール機に勢いがつかない。ルグラン機が傍に寄る。

 「肩を貸してやろうか?」

 「ありがとうございます。ですが、結構です」

 カールはルグランの助けを断り、なんとか機体を操ってメインタワーを登りきり、発着場に降り立った。

 カール機の燃料はほとんどゼロだった。自動操縦に切り替えエアロックを通り抜け、やっとの思いでハンガーに機体を収めたところでカールの体力に限界が来た。自力でコクピットから這い出すことができず、メカニックに手伝ってもらい外に出た。 

 ルナティックから降りて、自分の機体とルグランの機体を同時に視界に入れてみた。ルグラン機が出撃前と変わらない美しさで佇むのに対し、自分の機体は全身が傷付き煤けている。軍最高のパイロットと、伸び悩むルーキーパイロットとの実力の差が、そこにあった。 

 

 「カール、今から付き合え」

 ルグランは、パイロットスーツを脱ぎながら言った。汗のひと粒もかいていないサラサラの素肌が、カールの目を奪う。

 カール自身はというと、信じられないほどの汗が脱ぎかけのパイロットスーツの足元に溜まっていた。恥ずかしくなり、このままシャワー室に逃げ込もうとした時、もう一度「カール、付き合え」とルグランは言った。

 「あの・・・、俺はひと休みさせてもらいます」

 カールは、脱ぎかけのパイロットスーツで体を隠すような変な格好で振り向き、誘いを断った。

 ルグランはすでに、用意されていた制服に着替えていた。

 「そんな事言わずに付き合えよ。お前にどうしても合わせたいヤツがいるんだ。なっ、付き合えよ」

 そう言って笑うルグランの笑顔は、カールをいつも惑わす。

 「分かりました・・・。あの・・・、シャワーだけ・・・」

 「1分で済ませろ」

 「はい、急ぎます」

 ちょこちょこと爪先歩きで、シャワー室に入った。

  

 

 インテンション月面エリアには数十のビルが立ち並ぶ。一部のビル同士は空中回廊で繋がるが、メインタワーと新型艦が入港したドックは回廊でも地下トンネルでも繋がっていない。直行シャトルで向かうのが一番早い。カールとルグランは、メインタワー発着場で直行シャトルに乗り込んだ。

 疲労が取れないカールは、シャトルの中で『ポットリードリンク・ネオ・ディフェンダー』を三本も飲んだ。ポットリーグループが開発した軍専用品で、軍施設各所とシャトル内に専用冷蔵庫が設置されている。飲みたい時に、誰でも飲めるようになっていて、カールは遠慮なく頂いた。お陰で、体力はかなり回復した。

 「カール、それを飲みすぎるのは良くないぞ?」

 信じられない勢いで三本も飲んだカールに、ルグランは呆れていた。

 「分かってます。隊長も一本どうです?」

 冷蔵庫から一本取り出し差し出すカールに「今はやめておく」と、ルグランは優しく断った。

 

 

 ドック内を照らす光が、柔らかく温かいのは、この空間に空気が満たされている証拠だ。新型艦を迎え入れるために一度抜かれた空気は、入港後再び溜められた。三十名の乗組員たちは、その作業の完了を待ってから艦を降りた。


 ドック内に入ると、新型艦の乗組員たちが、ちょうど下船したときだった。

 ルグランとカールは、桟橋を歩く乗組員たちの行列をガラス越しに見ながら廊下を歩いた。彼らの姿が近付くにつれルグランの足取りが早まり、カールもそれに合わせ足を早めるが置いていかれた。

 走りながらカールは、乗組員の一人に興味を引かれる。長身を更に際立たせる姿勢の良さとブラウンの髪の毛は、会ったことはないが見覚えがある。ルグラン・ジーズと並び称されるもう一人の英雄ラスター・フォアだ。

 六年前の『黒いルナティック』との戦闘で負傷したのを切っ掛けにパイロットを引退し、その後、軍の極秘プロジェクトに参加して表舞台から姿を消していた。最後に艦を降り威厳を滲ませ歩く姿は、彼が新型艦の艦長であることを確信させるのに十分だった。ラスター・フォアこそが、カールにあの試練を与えた張本人だった。

 

 カールの先を走り、離れていくルグランの背中が、桟橋を渡りきり出迎えを受けるラスターめがけ飛んだ。それに気付いたラスターは両手を広げ受け止めた。まるで恋人同士の再会のような光景だった。

 

 ラスターはギャラライ主催の歓迎会に出席するため、招待されていないカールとルグランを残し「すぐ戻る」と言って去っていった。カールとルグランはラスターが戻るまで、新型艦の周りをウロウロしながら暇をつぶした。言った通りラスターは、歓迎会を抜け出しすぐに戻ってきた。ラスターとルグランは視線を合わせ、笑顔を交わした。

 ルグランは桟橋の欄干にもたれ掛かり、ラスターは目の前の新型艦を見上げ話し始めた。さっきとは打って変わって静かな空気に包まれ、誰も入り込めない世界に入ってしまった。カールは、見付けてもらうまで黙っていることにした。 

 「六年か・・・」

 「すまない・・・。今はそれしか・・・」

 「まあいい。結構楽しかった」

 「なら、勘弁してくれ」  

 「ああ・・・、で、これは?」

 ルグランは新型艦を見上げた。

 「この艦の名前はフェンリル。ルナティックを艦載する軽空母だ。フォルテ基地に配備される」

 「フォルテに?あんなデカブツが納まる港なんかないぞ?」

 フォルテ基地は小さな基地で、シャトルの発着場はあるが、二百メートルの中型艦が休める港はない。

 「これから建設を始める。完成するまではこのドックで休ませることになる。それまでは俺もここに留まり、港が完成次第、艦とともにフォルテに向かう」 

 

 聞き耳を立てていたカールは、あのテスト機のパイロットがどうなるのか気になったが、二人の会話に割り込むタイミングなど無く、黙ったままドック内をぼんやりと見渡した。ドック内には数人の警備兵とメカニックがいて、彼らの靴音が微かに響いている。

 

 存在を消して二人の会話を聞き続けたカールだが、居心地の悪さに耐えきれず、ラスターでもルグランでもいいから気付いてほしくてキョロキョロと視線を泳がせてみた。すると、念願叶ってラスターと目が合った。

 伝説的な英雄が目の前にいる。その表情は柔らかいが、澄み切ることのない瞳が、ルグランとは対称的な雰囲気を醸し出す。何故かカールは、心の奥に寂しさか、もしかしたら怒りを秘めていると感じた。

 「君がカールだな。ルグランのお目付け役なんだろう?」

 「いえ、僚機のパイロットをしています!」

 「いい返事だ、それでいい。ところで、あの機体は気に入ったか?実は、君とルグランを艦載機のパイロットとして推薦しようと思ってる。決定の権限はヴァイスにあるが、反対はされないだろう。正式に決まればフェンリルに乗ってもらうことになる。この艦の任務については後で詳しく話す。君たちには話しておきたいことがいろいろあるんだ。ヴァイスを交えてな」

 艦載機のパイロットに選ばれたことにカールは歓喜したが、すぐに、ラスターの向こうに立つルグランの表情が、険しいのに気付いた。

 カールは、「機体の性能だけで勝とうとするな」そう言われたのを思い出した。 



 

 地球と月の中間、地球から二十万キロの虚空に、地球最後の宇宙戦艦グレートウォールは鎮座する。

 全長二キロの巨大な船は、その名の通り地球を守る壁としてこの軌道を航行し続け、どの港にも寄港することはなく、進宙してから五十年、未だ終わらない旅を続けている。  

 

 太陽の光を浴びて、眩しく輝く巨艦が虚空を進む。ブリッジのキャプテンシートには、艦長のピース・リビングストン提督が深く腰を下ろしている。

 つい先日、ピース提督の九十歳の誕生日と艦長就任五十周年を同時に祝うパーティーが、このブリッジで行われた。その時被らされたキラキラのトンガリ帽子が、キャプテンシートの肘掛けにぶら下げられている。

 

 一時間前、地球側に存在を知られていない未知の船が宇宙を飛んだ。

 月が、独自に宇宙船を開発することは禁止せれてはいない。そもそも、独立している立場で、いちいち報告する義務もない。かつては紳士協定のようなものがあったらしいが、今は有耶無耶になっている。

 だが、地球を護る任務を遂行中のピース提督には見過ごすことは出来なかった。ピース提督は副艦長のホリデー・メンドーサ少佐に情報収集をするよう指示し、結果を速やかに報告するよう求めた。

 

 「では、報告します。えーと、資源採掘用小惑星オーリーから飛び立った船は、アースゲイザー北部に降下した後、なぜか不規則なルートを航行してからインテンションに入港しました。大きさは二百メートルほどです」

 「軍艦か?」

 「詳細は分析中です。オーリーはインテンションが管理していますが、そこから出たからと言って戦闘艦とは限りません」

 副艦長のホリデー少佐に、緊張感はない。

 「そうか・・・」

 ピース提督は、その緊張感のなさを気に留めず、3Dモニターに映し出される詳細なデータに目を通していた。

 「我々の協力者はなにか言ってきたか?」

 「いえ、今のところは何も」

 「分かった。ホリデー少佐、一週間以内に全武装の試射を行う。全武装、全ブロックの総点検を開始しろ」

 「あの・・・、訓練でしょうか?」

 「訓練ではない。実戦に向けた準備を開始する。もう一度言う。一週間以内に全武装の試射を行う」

 「・・・?何と戦うんでしょう・・・?」

 ピース提督のトーンは変わらない。

 「このデータで分かった。月は地球侵攻の準備を始めている。

しかも堂々と。いいか、ホリデー少佐、私は地球を守るための責任を負っているのと同時に、乗組員たちの命を守る責任も負っているのだ。この艦は無敵だが、ムーニーどもが十分な準備を整えてしまえば、たとえこの艦が沈まずとも、君たちに犠牲を強いるような事態になるかも知れない。そのような激しい戦いになる前に、一方的に叩きのめしておかねばならない。総攻撃を行う」

 ピース提督の冷徹な眼差しが、ホリデー少佐の姿勢を正す。

 「りょ、了解しました・・・!」

 ホリデー少佐が艦内各ブロックへ通信を開くと、かなり寛いだ様子の乗組員たちが映し出された。

 「全乗組員に告ぐ。可能な限り速やかに持ち場に戻り、全武装を射撃可能な状態に復旧せよ。繰り返す・・・」

 乗組員たちは、すぐには動き出さなかった。

 

 地球の支配を離れ、自由を手に入れたムーニーたちを監視するため、グレートウォールは存在する。この巨艦には、単独で月のすべての都市を壊滅させるだけの火力が備わっている。

 「この船は五十年間眠ったままだ。そろそろ起こしてやろう。責務を果たすために・・・」

 ピース提督は、暗闇に佇む月へ視線を向けた。

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