第17話 月面ドライブ

 パピー・ドッグはギルドを去ることを決めた。仲間同士の殺し合いは御免だ。

 ギルドを抜けたとしても、ルナティックのパイロットは続けられる。小規模だが、ギルド以外の賞金稼ぎ組合は他にも存在するし、中古のルナティックを入手してフリーで賞金稼ぎを続けることも不可能ではない。ルナティックは供給過多の状態で、中古品を入手することは難しくなく、しかも、どのような手段であれルナティックを入手出来れば、ミロクのスタッフが勝手にやって来て簡易的なサポートを提供してくれる。

 黒いルナティックから逃げる格好になるが、パピーは自分の名誉を守ることになど興味はない。そもそも、パピーの装備では勝ち目がない。パピーが気にするのは、標的が他に移りそいつが犠牲になるかもしれないことだった。だが、次の標的になるのはおそらくネム・レイスで、レイスが黒いルナティックに負けることは想像できなかった。「アイツなら大丈夫さ」それも気にする必要はなくなった。

 

 ギルドを去ることを決めたパピーだが、その前に、どうしても果たさなくてはならない仕事があった。初めてその依頼を受けたのが三年前だった。今回で四回目になる。

 毎年この時期、地球からドルース・ホワイト氏と息子のリュシアン親子が月へやってくる。目的は観光で、滞在期間中に月面ドライブを楽しむ。その護衛をしてほしいという依頼がパピーに回ってきた。この依頼を引き受ける時パピーは、「なんかあったら置いて逃げるぞ、それでもいいんだな?」そう言いいながら渋々引き受けたが、それが今では、他には任せられない特別な依頼になっていた。なぜか、息子のリュシアンに気に入られてしまった。

   

 パピーは、月面ドライブの出発地点のグレイロビー宇宙港のシャトル発着場の格納庫でホワイト親子を出迎えた。

 「パピー!」

 息子のリュシアンがパピーにが駆け寄る。

 「坊っちゃん、元気そうで!」

 パイロットスーツ姿のパピーは、足にしがみつくリュシアンに微笑みかけた。初めて出会った三年前は子犬のように小さかったのを思い出し、一年ごとに大きくなる成長の速さを感じた。ドルース氏もやってきてパピーに握手を求めた。

 「パピー、今年も来たよ。息子にせがまれてね」

 「俺で良ければ何度でもお供しますよ」

 パピーは照れくさそうに笑い、改めて、なぜリュシアンにこれほど気に入られたのか理由を探した。もしかしたら、パピーではなく、ルナティックを気に入っているのかもしれなかった。今、リュシアンは後ろに聳えるパピーのルナティックを、キラキラした目で見上げている。


 「じゃ、外で」ドルース氏がハンドルを握る観光用のムーンモービルは走り出した。後部座席に座るリュシアンに、パピーは手を振って見送った。「さて、俺も行くか」パピーもルナティックに乗り後を追った。

 灰色の荒野をモーンモービルが疾走する。砂埃をその身に浴びながら、パピーのルナティックが後ろを走る。平坦な道を進むときにはリュシアンを飽きさせないように、追い越してみたりジャンプして飛び越えてみたりした。顔が見えるところまで距離が縮まると、後部座席のリュシアンがパピーに向け手を振った。パピーのルナティックも手を振り応えた。

 

 ムーンモービルが小高い丘に差し掛かり、速度を緩めず駆け上りジャンプし宙を舞う。そして、そのままの勢いで、百メートルはある渓谷の向こう岸へと飛んでいく。パピーもジャンプし、万が一に備え、宙に舞う間も傍に寄り添う。パピーはふと、頭上の暗闇を見上げた。もし黒いルナティックが、暗闇に潜みすでに射撃体勢を取っていて、いつでも撃てる状況だとしたら、次の瞬間には撃ち抜かれるかも知れない。「こんなスリルは初めてだ」パピーは呟いた。以前、レイスが「アイツは気配を消せない」と言っていたが、パピーはそれを感じることが出来なかった。


 

 ウォーロックの専用装備、超長射程ライフル『ライトニングスタッフ』は、すでにパピー・ドッグの機体を捉えている。パイロットのジョー・カーティスは、偶然こちらを見上げたパピーの機体を見下ろし、どこを狙うか品定めをしていた。

 「どこでも狙える。どうしようか・・・」

 エイミーは余裕を見せるジョーに苛立った。

 「ジョー、すぐに終わらせて。なにか嫌な予感がする」

 「嫌な予感?僕がパピーに負けるとでも?」

 「相手を見くびらないで。絶対勝てる保証はないのよ」 

 

 パピーのルナティックとムーンモービルが、スローモーションのように宙を舞い渓谷の向こう岸へ舞い降りようとしたその時、何かが鋭く走り抜けた。直後に破片が散らばり、直射日光がそのひとつひとつに反射する。ドルースはすぐに異変に気付いた。ムーンモービルが先に着地し、パピーの様子を確認しようと背後を見上げた。

 「パピー、どうかしたか?」

 黒いルナティックの狙撃は、パピーの機体の頭部を貫き左肩のウエポンラックを破壊した。バランスを失いかけた機体を立て直しつつパピーは着地し、冷静に状況を判断をする。

 「ドルースさん、いいですか?マップを見てセラーの入り口を探してください。急いでそこへ逃げ込むんです!」

 緊迫した空気がリュシアンに伝わり、不安にさせた。

 「パパどうしたの?パピーになにかあったの?」

 「リュシアン、大丈夫だよ。パピーはこれから大事な仕事に取り掛かる。邪魔にならないように先に行っていよう。それでいいだろう、パピー?」

 ドルースは状況を理解したようだ。

 「ドルースさん、そうです。急いでください。坊っちゃん、すぐに済みますから、先に行っててください」

 

 攻撃がパピーを狙った黒いルナティックのものであるのは間違いない。ホワイト親子のムーンモービルを巻き添えにするのを避けるため、パピーは場所を変えようとした。だが、次の攻撃はムーンモービルのすぐ傍に着弾し、ムーンモービルは衝撃で何回も転がった。リュシアンの悲鳴が響く。パピーは、姿の見えない敵に向け、怒りの視線を投げつける。 

 「標的は俺だろう、陰険な真似をするな・・・!」

 パピーの表情は険しさを増す。

 「坊っちゃんだけは守らないと・・・!」

  

 ウォーロックのコクピットのジョー・カーティスは、モニターに拡大されているパピーの機体とドルス親子のムーンモービルを交互にロックさせながら、冷たい笑みを浮かべる。

 「パピー・ドッグ、どうする?逃げるか・・・?それとも盾になるか?それともここまで来て僕と戦うか?どうするぅ?」

  

 パピーは逃げるムーンモービルを背中に隠し、使い物にならない武器を投げ捨て腕を組むようにしてコクピットブロックをガードした。攻撃のあった方向は、おおよそ特定できている。

 「何発耐えられる・・・?頼む、急いでくれ」

 黒いルナティックの次の攻撃は、コクピットブロックをガードする右腕を破壊した。右腕が吹き飛ばされ、衝撃で機体が仰け反る。

 

 ライトニングスタッフはパピーの機体の残された左腕に的を絞り、何の躊躇いもなく左腕も吹き飛ばした。破壊された左腕が宙を舞う。「遊んでいるのか・・・!?」あまりにも鮮やかに両腕を破壊されたパピーは、黒いルナティックに弄ばれていると感じた。頭部と両腕を失ったパピーのルナティックには、コクピットブロックで攻撃を受け止めるしか、出来ることはなくなった。

 「パピー、大丈夫だよ。僕は標的以外は殺さない。君以外は殺さない・・・」

 

 ドルース親子のムーンモービルは、一番近いセラーの入り口を目指しパピーに守られながら走った。

 「パピー、もう目の前だ!」  

 「そりゃ良かった。急いでください」

 パピーは、ムーンモービルがセラーに逃げ込むのをサブモニターで確認した。

 「パピー、もう大丈夫だ!存分に戦ってくれ!」

 絶望的な状況を理解していないドルースが叫ぶ。

 「あとは自動運転でグレイロビーに辿り着けます。坊っちゃん。どうかお元気で・・・」

 それを聞いたリュシアンも出来る限りの声で叫んだ。 

 「パピー、いっしょににげようよ!」

 「坊っちゃん。すいません、ここまでです・・・」

 パピーは疲れた笑顔を浮かべ、そして、虚空を見上げた。逃げても無駄なのは分かっている。セラーに逃げ込もうとすれば、無防備な背中が確実に撃ち抜かれる。

 「さあ、遊びは終わりにして一思いにやってくれ!」

 

 「どうとでもしろ、とか言ってるんだろうな」

 ジョーがトリガーに掛かる指を引き絞ろうとした時、直下から急上昇する何かにエイミーが気付いた。

 「ジョー、下からギルドの機体が接近中!対処して!」

 「ギルド?なんでギルドが・・・!」

 急上昇するギルドの機体は、軍が使うブースターを装備している。ブースターは三秒経たずに燃焼を終え、ただの鉄の筒になったが、十分に加速された機体は一気に間合いを詰めてくる。

 

 「これ最高」ネム・レイスは、一瞬で終わった心地いい加速感を名残惜しんだ。相変わらず黒いルナティックの姿は見えない。それでも、スクリーンにはロックオンサイトが現れ、黒いルナティックの存在であろう空間を囲む。しかし、ロックはできない。

 

 ウォーロックのメインモニターに映る標的は、パピー・ドックから、急上昇してくるレイスの機体に切り替わった。グレーの素地に、ブルーのアクセントを入れただけのシンプルなカラーリングには見覚えがある。

 「レイスか・・・?」

 サンダースタッフがレイスに向けられ、メインモニターに映るレイスの機体が、ロックオンサイトに瞬時に捉えられる。

    

 暗闇に何かが閃いた。レイスは一瞬早く軌道を逸した。サンタースタッフの弾丸は、前回戦ったときと同じようにレイスの機体の装甲を掠め通り抜けた。真下の月面に着弾し激しく砂塵が舞う。

 前回の戦闘データとジャス・テックの戦闘データの解析により、以前よりも索敵性能は上がっている。黒いルナティックの居場所が近付くごとに絞り込まれ、スクリーンのロックオンサイトが徐々に狭まる。やがて居場所が特定され、コンピュータにより仮想的な姿がそこに映し出された。

 ライフルのトリガーに指を掛けたその時、黒いルナティックは意外な攻撃で先手を撃ってきた。二発のミサイルが放たれ、それは、レイスに向かわずフラフラと虚空を漂った。危険を察知したレイスは、機体をミサイルから遠ざけた。二発のミサイルは同時に炸裂し、巨大な閃光が宇宙の暗闇を消し飛ばした。

 「目くらまし・・・!?」


 「気が変わったよレイス。君の相手はまた後で」

 レイスを遠ざけたところで、ジョーは再び、パピーへライトニングスタッフを向けた。メインモニターに再び現れたパピーのルナティックがロックされ、コクピットブロックに的が絞られる。


 「何だ・・・、戦闘?」

 遥かな虚空に広がる巨大なふたつの光をパピーも確認した。直感的に、レイスが仕掛けたんだと分かった。その刹那、パピーの機体は激しい衝撃を受け、何もかもが真っ白になった。パピーを呼ぶリュシアンの声が聞こえた気がした。

 

 黒いルナティックの攻撃は受けたパピーの機体は大破した。コクピットブロックが損傷し、コクピットハッチが吹き飛ばされた。パイロット保護機能が作動し、エアバッグがパピーを包み込んで、衝撃で機体の外に放り出されるのを防いだ。


 

 数日後、パピー・ドッグは、地球向けのシャトルが飛び立つ宇宙港のロビーに慣れないスーツ姿でやって来た。地球に帰るホワイト親子を見送るために。

 本当は、体中に包帯を巻かなくてはならない傷を負っているが、リュシアンを心配させないため、痛みに耐えながら平気なふりをしていた。パピーを見付けたリュシアンが、パピーに駆け寄り足にしがみついた。激痛が走るが、歯を食いしばって耐える。

 「パピー、ぶじでよかった!」

 「坊っちゃん、俺は平気ですよ。この通りね」

 ホワイト氏がパピーに握手を求めようとしたが、痛みに耐えているのに気付き、その代わりに肩を優しくさすった。

 「命がけで守ってくれて本当にありがとう。護衛を頼んだのがパピー、あなたでよかった」

 パピーは、自分が謎の敵に狙われていてそのせいで今回の戦闘に巻き込んでしまったのだと正直に話そうとしたが、ホワイト氏は「知っている」という表情を見せ制止した。

 「お互い無事だったんだ。それでいいじゃないか」

 「そう言って頂けると・・・」パピーは頭を掻いた。

 「ねえ、パピー。ちきゅうに来てよ、ねえ!」

 リュシアンが、パピーの袖を引っ張りながら言った。

 「坊っちゃん・・・。いつか必ずお供します」

 何度も振り返るリュシアンを、何度も手を振って見送った。

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