第15話 ひよっ子カール
6年前、軍に配属されて2年目のパイロット、ラスター・フォア一般兵とルグラン・ジーズ一般兵は、哨戒任務中、偶然遭遇した正体不明のスナイパーに戦いを挑んだ。
「ルー、気付いたか?」
いつもの哨戒任務中の、暇をつぶすためだけの会話の最中、ラスター・フォアは緊張感を一気に高めた。
その緊迫感は、僚機のルグラン・ジーズには伝わらなかった。
「漂流者か?」
「ルー、マルチセンサーの感度を上げてみろ。上になにかいる」
ルグランは言われるままに従うと、すぐに状況を理解した。
ルナティックのセンサーが、何もないはずの上空に何かがいると訴えかけてくる。スクリーンの広い範囲がロックオンサイトで囲まれ、何かに反応してすぐ消えた。
「ルー、俺達が獲物かも知れない。だとしたら逃げられない。こちらから仕掛けるべきだ!」
ラスターはやる気だが、ルグランは躊躇った。それには理由がある。
「俺、新婚なんだぞ・・・」
「ルー、お前を死なせやしないって」
「ラス、当てにしていいんだな」
2人は笑った。
ライフルの標準をマニュアルモードに変更し、勘だけを頼りに3発放つ。それは全弾、命中することなく暗闇に消えた。即座に反撃があり、射撃の光が暗闇で閃く。
ラスター機が肩に担いでいた拡張レーダーユニットが撃ち抜かれ破壊されたが、どうせこれからの戦闘には必要ない。だが、敵にとっては不用意な反撃だった。今の撃ち合いで戦闘データが更新され、敵の位置の予測精度が上がる。更に、ルナティックのセンサーとカメラが高速で走り抜けた弾丸の発射位置と弾道を捉え、その映像をスクリーン描き出しパイロットに示す。それに拠れば、敵は思ったよりも近くにいる。
「すぐそこにいる!」ラスターの声が興奮していた。
「チャンスだな!」ルグランも同様だ。
もし敵が、情報通りにスナイパーならば、接近戦は不得手なはずだ。2人はこれを信じ、勇気に変える。
「ルー、射撃精度はお前のほうが上だ!距離を取って狙え!」
「手柄は総取りさせてもらう!」
「ああ、そうしろ!」
ラスターはマニュアルモードで、まだ完全に捉えきれていない敵を狙い撃つ。そして、ルグランが、その射撃が正確であると信じ、敵がどの方向へ回避するかを予測し狙い撃つ。
2人のシンクロは絶対的だった。ルグランのライフルから放たれた弾丸が敵を捉えた。暗闇で何かが弾け、何もないはずの空間に何かの破片が散らばった。同時に、黒い人影が現れた。
「ルナティックだ・・・!」
ルグランは驚きを見せたが、ラスターは落ち着いていた。
「なら勝てる・・・」
2人は、互いの集中力が極限まで高まるのを感じた。
ラスターと、後に『黒いルナティック』と呼ばれることになる正体不明の敵は、互いが互いを正面に捉えようと旋回を始めた。
ルグランも、ドッグファイトに突入したラスターと黒いルナティックより大きい半径で旋回を始め、攻撃のチャンスを窺う。
黒いルナティックの一撃が、ラスター機を掠め、更にルグラン機を掠めた。2機が重なった瞬間を狙った射撃だ。おそらく偶然ではない。意図してそうしている。
二対一だが、優位に立てない。戦闘開始から1分も経たずに、さっきまでの自信が揺らぎはじめた。2機が重なった次の瞬間、2機とも撃ち抜かれるイメージを、どうしても拭い去ることが出来なかった。
その時、ラスターが軌道を変え、黒いルナティックに向け特攻を仕掛けた。相打ち覚悟でチャンスを作るためだった。
「ルー、逃すなよ!」
至近距離で互いに撃ち合い、ラスター機は胴体に直撃を受け、機体は破壊された。幾つかに砕かれ、虚空に散らばる。
一方、ラスターの決死の一撃は、黒いルナティックを撃ち抜くことは出来なかった。しかし、ラスターの一撃を躱そうと、軌道を変えた黒いルナティックは、ルグランの正面に自ら飛び込んだ。
ルグランは、ロックオンサイトに完全に捉えた黒いルナティックに向け撃ちまくった。何発撃ったか覚えていない。その内の何発かがコクピットブロックに命中したのは間違いない。
黒いルナティックの瞳の輝きが消え失せるのを、はっきりと見た。
黒いルナティックとラスターの機体は、それぞれコントロールを失い、慣性のままに虚空を流れていく。
「ラス、無事か!応答しろ!」
大破したラスターのルナティックからの応答はない。
「ラス!今行く!」
落ちていくラスターを追いかけようとしたその時、背後で巨大な爆発が起こり、ルグランは吹き飛ばされた。
意識を失ったルグランの次の記憶は、病室で看病してくれていた、涙で一杯のアスカの笑顔だった。
「準備はいいか?」新型艦の艦長は言った。
「カール、行けるな?」ルグランは気のせいか、楽しそうだ。
「・・・さっきのは準備運動ってことですか?」
新型感の巨体が、頭上を通り過ぎるのを見送りながら、カールは言った。
出力全開ですぐに追いかけ、新型艦に接近する。カールが左舷に、ルグランは右舷につく。ルグランは並びながら艦体を観察した。
メインスラスターは左右に2発ずつ4発ある。カバーで隠されていて、スラスター噴射の炎は僅かしか外に漏れてこない。
艦体は、戦艦ではなく潜水艦だ。見える位置には主砲も副砲もない。上甲板に大きめのハッチらしきものがあり、右舷側にも同様のハッチがある。
「カール、そっち側にハッチはあるか?」
「えーと・・・、有ります。ルナティックがちょうど収まるくらいのが」
「なるほどな・・・」
この艦は多分、ルナティックを艦載機とした軽空母だと、ルグランは結論づけた。
艦長からの通信が入る。
「只今より、この間の慣熟航行を兼ねて、そのテスト機の性能評価を行う。君たちには、可能な限り艦に近づき、そのままドックのあるインテンションまで追従してもらう。いいか?接触すようなヘマをするな。傷一つ付けずに仲間たちにお披露目したい」
「了解・・・。どこまでも付いてくよ」
「・・・さっきのよりは楽ですよね?」
「そうだといいな。だが、俺の予想ではさっきより楽しくなるはずだ」
新型艦は低く速く巡航している。指示通り2機は、同じ速度で追従する。ルグランが右舷側、カールは左舷側に。
新型艦はいきなり左に舵を切りカール機のコースを塞いだ。
「うわぁぁ!」激突しそうになったカールは急降下して躱した。新型艦はすぐに右に舵を切り、コースを外れて遠ざかるカールを置き去りにする。ルグランはもちろん、何事もなかったかのように付いていく。
カールが追いついたところで、高度を下げカールの下にもぐり込み、そして上昇する。今度は叫ばずにうまく躱した。
「俺だけ遊ばれてる・・・?」
「そのくらい、大した事ないだろう・・・?」
「隊長、もしかして笑ってます?」
「笑うもんか」ルグランはそう言いながら笑った。
新型艦はまるで戦闘機みたいに、高度を上げたり下げたり左右に激しく舵を切ったりして、カールを翻弄した。
小回りの効くルナティックが、たとえ新型艦が船としては機敏な動きをしたとしても、その機動に追従するのは容易いはずだ。だが、経験が浅いカールにとってはそうはいかず、いい訓練になっている。
ルグランは、手を伸ばせば触れられる位置で、ピッタリ付いていく。
新型艦は月面を不規則なコースで巡航し、かなり遠回りにインテンションを目指した。
新型艦の動きに慣れてきたカールは、艦の動きが緩やかになった瞬間、艦体を一周して余裕をアピールした。
「もう慣れました。いいデータが取れましたよ、きっと!」
その一言に、新型艦の艦長が反応した。
「そうか・・・、じゃあ仕上げだ」
新型艦は高度を下げた。2機も付いていく。
その時カールは、自分のコースに民間のルナティックが入ってくるのに気づくのが遅れた。
突然、巨大な船が現れ、驚き、慌てふためく黄色いルナティックがカールの目前に迫る。
「くっそぉ!」月面スレスレまで降下してなんとか躱した。機体が月面に接触し砂塵が舞った。
なんとかコースに戻り、呼吸を整えながら、新型艦に追いつこうと加速を掛ける。
追いついたところで、艦は左に舵を切った。またぶつかりそうになり、左に大きくコースを外す。離れていく新型艦に追いつこうと直線的な動きになったところで、新型艦の両舷から、細かい何かがばら撒かれた。
その瞬間、殺気に近いものを感じたルグランは、上昇し緊急回避した。だが、カールは反応が遅れた。
「カール!」
ルグランは、カールに危険を知らせようと叫んだが、ほとんど同時に、一斉に輝いた爆雷の閃光がカール機を飲み込んだ。
「カール!」もう一度叫ぶと「・・・大丈夫です」と応答があった。閃光が収まり、ふらつくカールの機体が現れた。
ルグランは減速し、だいぶ離れたところを飛ぶカールのもとに近づく。
「カール、もういい。お前はテストを終了し、インテンションへ帰投しろ」
一瞬の沈黙の後、カールは気迫を見せる。
「嫌です、任務を続行します!」
機体の装甲が焼かれた以外に問題はなさそうだが、カールは肉体も精神も限界を超えつつある。
「カール、もう十分だ。帰投しろ」
「拒否します!任務を遂行します!」
カールは頑なだった。
「分かった。なら、もう二度と気を抜くな!」
インテンションが見えて来た。カールは、なんとか、任務を成し遂げた。艦長から通信が入るが、もう、緊張感はない。
「任務完了。2人ともご苦労さん」
「艦長、最後は刺激が強すぎた。まだ、カールはひよっ子なんだ」
「これで、もう、ひよっ子じゃないな」
「確かに、いい訓練になった」
艦長とルグランは沈黙し、何かを通じ合わせた。
「ルー、また後で・・・」
艦長の最後の言葉はルグランに聞こえたが、疲れ切ったカールには聞こえなかった。
新型艦は逆噴射し速度を落すと、インテンションの外壁を超えたところで、高度を下げドックへ向かった。
カールとルグランは、メインタワーの発着場に降りるため上昇していく。ルグランは、離れていくクジラのような新型艦を、サブモニターで見送った。
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