第14話 キャラクターズ・デイ
「ああ、楽しいよ。想像以上に。依頼を忘れてしまいそうだ。出来ることなら忘れてしまって、いつまでもルナティックに乗っていたいと思ってる。分かるだろ?アンタの目的が果たされればもう、ルナティックとはサヨナラだ・・・」
ネム・レイスはルナティックのコクピットの中で誰かと話していた。レイスはうつむいて目を閉じているが、口元は緩み、笑っているようだ。
「レイス、まだ急がなくていい。急ぐことより確実に目的を果たす事が大切だ。だが、みんな我慢が出来なくなってる。時間は十分とは言えない」
「もし、間に合わなければ?」
「たくさんの犠牲が無駄になる」
「犠牲を出すな、じゃ、ないんだな?」
「何度も言ったろう。やむを得ない犠牲は仕方がないことだ。その犠牲を無駄にしないことが、君の使命だ」
「どちらにせよ、ヒーローにはなれないな」
「そんなつもりはないくせに・・・。レイス、君を信頼している。見付けてくれると信じてるよ。君自身の行動で時計の針は多少、遅らせることが出来るだろうから、その時まで楽しみなよ。思う存分ね」
通信は切られた。コクピットに静寂が訪れると、
レイスは静かに目を開けた。スクリーンには宇宙の闇が広がり、左からゆっくりと視界に入って来た地球が、コクピットの中を青い光で照らした。レイスは虚空を漂っていた。
「こんなところまで来てた・・・。帰れなくなったら厄介だ」
漂うに任せている間に、月から遠く離れてしまっていた。この距離で機体にトラブルが起きるか、燃料が尽きれば、月への帰還は困難になる。
「帰ろう、ルナティック。まだ、あそこに用があるんだ」
レイスのルナティックはロケットモーターを噴射させた。一瞬で最大速度に達したルナティックは、月に向かってダイブした。
ジョー・カーティスは、潮風の吹き込む海辺の部屋で目を覚ました。窓の外には白い砂浜が見渡す限りに広がり、打ち寄せる波が心地良いリズムで繰り返している。
ソファーに寝そべったまま、いつの間にか眠りについていた。瞼を擦りながらあくびをすると、誰かの視線と息遣いを感じた。体を起こすと、ソファーの向かいにあるテレビモニターの中にエイミーがいた。視線が合うとエイミーは微笑んだ。
「ごめんなさい。何度も呼んだけど返事がないから・・・」
「いや、いいんだ・・・」
「いい夢見れたかしら?」
「夢なんて、目を覚ましたら忘れちゃうよ」
「そう、笑っていたようだけど」
「覚えてない・・・。何か用?」
「いつものメディカルチェックと、フィジカルトレーニングの時間です」
「ああそうだった。今準備する・・・」
ジョーはその場で、部屋着からトレーニングウェアに着替え始めた。トレーニングウェアはソファーの背もたれに掛けてあった。ジョーは着替えながら
エイミーの様子を横目で窺っていた。エイミーは目を伏せて、ジョーが着替え終わるのを待っている。
ジョーはエイミーと話がしたかった。いつもならジョーの細かい表情の変化を察して機嫌を取ろうとするエイミーだが、今回は気付いてくれない。無視されているような気がしたジョーはたまりかねて、こちらから話し掛けた。
「あの、エイミー。聞いていい?」
「質問?どうしようかしら。あなたが寝過ごしたせいでもう時間が・・・。後にならない?」
「じゃあ、いい」
「冗談です。少し話をしましょう」
エイミーはそう言い、子どもみたいに頬をふくらませてふてくされるジョーを宥めた。ジョーが期待していた反応だった。
「じゃあ聞くけど、君に感情はあるの?例えば好きとか嫌いとか。怖いとか・・・?」
この質問にエイミーは事務的な口調で答えた。
「擬似的なものはあります。肉体を持たない私には何かを感じることができないので、人格と一緒に移植された記憶を頼りに、ある特定の場面でどんな反応をすればいいかを予測するしか出来ません。そういう事になってるんだけど、納得した?」
「じゃあ、僕が死んでも悲しまないんだ」
「そうね。悲しい素振りを見せることは出来る」
あっさりと答えるエイミーに、ジョーは不機嫌になった。それが期待していた答えではなかったのを知っているエイミーは、そっぽを向いているジョーに優しく話し掛ける。
「ジョー、いい?あなたが死ぬ時は即ち、私が消える時。あなたの死を悲しむことが出来たとして、そんな暇はないの。ハッキリ行っておくけど、私にはバックアップが存在するから、あなたが死んでも私はまだ存在し続ける事が出来る。けど、厳密には、あなたと話している私と同一ではないから、この私はひとりしか存在しない。あなたが死ねば私も消えるの。次の私は別の私。覚えておいて」
エイミーはジョーの機嫌が直るのを待った。黙って待っていると、ジョーは諦めたような表情でエイミーを見た。
「ごめんよ、エイミー。くだらない質問だった。もう一ついい?」
「どうぞ」
「夢は見ないの?」
「見ません。だって眠らないもの」
「そうじゃなくて、これからどうしたいとか。こうなりたいとか」
「ああ、そっち?私が!?そんなの考えたこともなかった。それなら見れるかもね。今度、時間がある時に試してみる」
エイミーが笑うと、ジョーも笑った。
「じゃあ、待ってるから・・・」
「あっ、待ってエイミー。頼みがあるんだ。この匂い、いや、香り?潮の香りってやつ、変えてくれるかな?景色はいいんだけど、この匂いは慣れないよ。こんな匂いがいいと感じる地球人を理解できない」
「ふふ、分かりました。これでもかなり薄めてあるんだけど・・・。何か希望は?」
「そうだな・・・、森がいい。森の香り」
「森の中から海を眺めるの?素敵ね」
「じゃあ、頼むよ」
エイミーがモニターから消えた後、ジョーは着替えを済ませ部屋を出た。ドアを開け廊下に出ると、そこには、何の飾り気もない殺風景な通路が伸びていた。薄暗い通路の奥には、別のフロアに移動するエレベーターのドアがある。ここはジョー自身もどこか分からない、月の地下に作られた部屋だった。
広大なアースゲイザーの天井を支える柱は二十本ある。そのほとんどの柱の基部には土が盛られ、小高い丘が築かれている。緑が溢れるその丘は初期の計画には無かったもので、少しでも地球の風景に似せようとするアースゲイザー建設作業員たちの、こだわりと努力の結晶だった。
ルグランは南側居住区にある丘の、街に面した斜面に造られた公園を訪れていた。傍らにはアスカがいる。学校と幼稚園に通うアンナとラッシュを迎えにく途中、立ち寄った。
この公園はルグランがアスカにプロポーズした場所だ。アスカはここに来るたび、緊張してプロポーズの言葉を言い出せずにモジモジしているルグランを思い出すのだった。アスカは今回も思い出し、思わず微笑んだ。遠くを見ていたルグランは気配でそれに気付いた。
「笑った?」
「いいえ、笑ってない」
「また、からかうつもりだろ」
「だって、あの時のルー、可愛くって」
「そう言われるの嫌じゃないけど・・・」
「じゃあ、いいじゃない」
街の方から駆け昇ってきた人工的な風が、アスカの長い髪を舞い踊らせた。ルグランは髪を抑えるアスカに歩み寄り優しく包み込んだ。穏やかな時間が流れた。
「ねえ、ルー。聞いていい?」
「いいとも、何でも答える」
「じゃあ、聞くね。私の知ってるルーはシャイで真面目で子煩悩で、なんだか普通の人みたい。でも、あなたのお友達が話すルーは、我儘で無鉄砲で可愛い子が大好きで・・・。いったいどっちが本当なの?」
これを聞いたルグランは、少し強くアスカを抱きしめた。困っている顔を見られたくなかった。
「どっちって・・・、どっちも俺さ。昔はそんなふうに見えたかも知れないけど。今は違うよ。君の知ってる俺が本当の俺さ。誓ってもいいけど、俺はアスカに嘘をついたことはない」
「・・・本当かな?」
アスカはルグランの腕を解き、二、三歩離れてルグランの顔を見た。
「ねえ、ルー。明日からまた大好きなルナティックに乗れるわね。嬉しい?」
「そりゃ、嬉しいよ。アスカとチビたちの次に好きだからな」
「ホントに?順番違ってない?このひと月、ずっと上の空だったけど」
「そんな事ない。アスカをずっと見てた。何度も目が合っただろ?まさか・・・、ルナティックに妬いてるのか?」
「そうかもね・・・」
ルグランはアスカをからかったつもりだったが、予想外にあっさりと返してきた。アスカは戸惑うルグランに追い打ちをかける。
「私もルナティックに乗ってみたい」
アスカがこんな事を言うのは初めてだった。
「どうしたんだ、急に。ルナティックに興味がないんじゃなかったっけ?」
アスカはルグラン近づき、顔を覗き込んだ。
「ルーの浮気相手を知ってみたくなったの」
「もう、いじめるなよ・・・」
「ごめんね、ルー」
アスカはルグランを許して、優しく抱きしめた。
「アスカ、今度、ほんとにルナティックに乗って欲しい。最高に楽しいから。俺が操縦するから後ろに乗ってくれ」
「うん、考えとく・・・」
アスカは何故か、ルナティックが好きになれなかった。
月第二の都市グレイロビーは、広大なひとつの空間に存在するアースゲイザーと違い、幾つかに分断された地下空間をひとまとめにして成り立つ。月最大の賞金稼ぎ協会、通称『ギルド』の総本部はこの都市に存在する。アースゲイザーと比べると、街には雑多で庶民的な空気が流れ、この街に暮らす人々はフランクで人当たりがよく、あまり気取ったりはしなかった。
カールはこの街で生まれ育った。軍のルナティックパイロットに成る夢を実現し、フォルテ基地に配属されてからは、フォルテ基地に充てがわれた部屋とを行き来することになり、休暇にしか戻ってこれない。
カールは謹慎中、グレイロビーの自宅に留まり、ルグランに組んでもらったスペシャルトレーニングメニューの消化を怠ることは無かった。空いた時間には流行っている映画を見にいったり、意外な趣味であるスイーツ店巡りに勤しむなど充実した日々を過ごしていた。
心身ともに着実な進歩を確信していたカールは、謹慎期間の終了が近付くある日、宿敵となったギルドのパイロット、ネム・レイスに会ってみようと思い立った。このグレイロビーにはギルドの本部があり、ネム・レイスに遭遇できる可能性が他の場所で偶然出くわすよりはよっぽど高い。会って何をするのかよく考えなかったが、握手と自己紹介くらい出来るだろうと考えた。迷っていたが、最後の一日になって決心が着き、カールはレイスに会うためギルド本部ビルが佇立する十一番街へ向かった。
『ギルド本部前』で止まったシャトルバスを降りると、眼前に聳えるギルド本部ビルが今のギルドの勢力を誇示するように、その堂々とした偉容でカールを見下ろした。
噂ではこのビルは空っぽで、本来、本社に集約すべきすべての機能はグレイロビー各地に分散して配置してあるといわれている。ロビーは一般客に開放されているが、ロビー内を隈なく観察したくらいでは、それを確かめることは出来ない。
部外者というか、ほとんど敵と言っていい存在のカールにとっては、ロビーですら足を踏み入れるのは勇気が必要だった。テレビニュースなどでこのロビーの映像が流れると、大抵、ランキングボードの周辺にファンサービスの為に現れた人気パイロットを囲む人混みがあり、ファンの歓声や、取材するマスコミのカメラのフラッシュが絶えなかったが、今は、その人混みは影も形もなかった。カールはたまたま、静かな時間に訪れていた。仕方なくカールはキョロキョロしてみた。
「誰かいる時にきたかったけど・・・。レイスはいないだろうな。気配を感じない。そんな気がする」
カールはそう言いながら踵を返し、予定していた次の目的地に向かった。カールはここで運命の出会いを果たすことになる。
ビルを出て大通りを渡ると、看板に『ICHIGOーICHIE』と書かれたバーがある。ここはギルドのパイロットのたまり場だと聞いているので、もしかしたら、レイスはここで呑んでいるかも知れなとカールは考えていた。窓から中の様子を窺ってみると、クラシカルでお洒落な雰囲気で入りやすそうな印象を持った。早速、中に入ろうとドアノブに手を掛けると、向こうから誰かがドアを開けた。現れたのはずんぐりむっくりした体躯の、一見してパイロットには見えない髭面の男だった。
「おっと失礼。さっ、入りな」
ドワーフのような男はカールに道を開け、カールを中に招き入れようとした。ランキングにさほど興味がなかったカールは、目の前の人物がギルドのベテランパイロット『パピー・ドッグ』であることに気付かなかった。そういえばカールはレイスの顔もよく知らない。
「あっ、すいません」カールはバーの中に入ろうとしたが、パピーの人の良さそうな顔を見て思わず話しかけた。
「あの、ネム・レイスさんはいましたか?」
パピーはのけぞるほどに驚いた。
「レ、レイスだと?」
「そうです」
「お前さん、レイスに何の用だ。とりあえず、ちょっと来い」
カールはパピーにバーの中に連れて行かれ、カウンター席に座らされた。パピーは改まって話しだした。
「お前さん、見ない顔だな。新入りか?」
カールはここに来た理由を素直に話した。パピーはまた驚いた。
「軍のパイロットがこんなところにひとりで来るとは。しかもそれが、こんな可愛らしい坊やだとは恐れ入った」
「問題ありますか?」
「いや、無いが・・・。だが初めてだ、このバーで軍のパイロットにお目にかかるのは。元軍ってのはよく居るが。まあ、それはいい。ところで、お前さんみたいな坊やがレイスに何の用だ?」
「いや、どんな人か会って話してみたかったんです。あの、お知り合いですか?」
「知ってるさ。俺の親友さ。で、何の用があるんだ?」
カールはレイスとの因縁について詳しく話した。聞き終わったパピーは声を上げて笑いだした。
「その話は知ってる。そうか、坊主、お前さんがその時の相手か」
笑われたカールはちょっと不機嫌になってしまった。気付いたパピーは、すぐに謝った。
「すまん、すまん。嫌な思い出だったんだな。謝るよ」
ルナティックパイロットとしての上昇志向の強いカールは、パピーが長年、ランキング上位を維持するベテランパイロットだと知り、ルナティックの操縦に関するアドバイスを仰いだ。パピーは「軍とは勝手が違うだろうが・・・」と前置きをしてから、主に守備面と撤退のタイミングについてのアドバイスを授けてくれた。真面目に話を聞くカールをパピーはすっかり気に入ってしまった。
「ギルドの若い奴らは俺がなにかしゃべると『それ百回聞いたよ』とかいって、すぐどっか行っちまう。まったく」
いつの間にか二人ともレイスのことは忘れ、語り合っていた。
「お前さんはいい奴だ。本当に。そうだ!坊主、ギルドに来い。こっちのほうが楽しいし腕次第で収入も上がる。軍から流れてきたやつを俺は何人も知ってる。こっちに来て、後悔いているやつはいない」
この誘いは魅力的だった。地に落ちた軍のイメージを自分の力で塗り替えようと、高い志で入隊を希望したしたカールだが、さっきギルド本部で見てきたランキングボードの頂点に自分の名前が輝き、その下でマスコミやファンに囲まれスター扱いされる姿をイメージすると、揺るがないと信じていた意志が揺らぎだすのを感じた。しかし、その時、バラ色の妄想世界にルグランが現れ「どうした、カール。さあ行くぞ」と、きらめく笑顔で手を差し伸べてきた。カールは一瞬で目が覚め、現実に戻ってきた。
カールは真摯な眼差しをパピーに向けた。
「パピーさん。今、考えてみましたが。その誘いはお断りさせていただきます。俺には自分に課した指名があるんです。それは、軍の地に落ちた最低のイメージを回復させることです。途方もないことですが、それが実現できるまで俺は軍を出るつもりはないし、ルナティックを降りることもしません。それに・・・」
カールは遠くを見た。
「俺には隊長を裏切ることは出来ません。隊長には恩があって」
カールは遠くを見たまま、ルグランとの出会いの日のことを思い出し、話を続けた。
「俺は劣等生でした。訓練学校で最低の成績を更新し続け退学寸前でした。なんとか卒業して実戦に出ることが出来たんですが、やる気と気迫ばかりが先走って・・・。除隊寸前にまでいった俺を相棒に抜擢して引き上げてくれたのが隊長だったんです。
なぜ、俺を選んでくれたのか尋ねると隊長は『お前といると面白そうだ。お前は俺に似てるんだ』って、いつも笑いながら話してくれます。隊長は恩人なんです。
熱く語るカールに、パピーは涙が出そうなほど感動した。「坊主、お前さんの気持ち、よく分かった。残念だが、もう誘わない。それと恩返しは早めにしろ。のんびりしてるといつの間にかタイミングを逃しちまう」パピーはそう言いながら立ち上がった。
「そう言えば、名前を聞いてなかったが、いや、聞かないでおこう。目の前の敵がお前さんだと分かったら手を抜いちまうかも知れない。じゃあ、サヨナラだ」
握手を求めてきたパピーに、カールも手を差し出した。
「パピーさん、出会えてよかったです。俺の名はカールです。カールグレイ・アロウです。どこかで敵として出会ったのなら、その時は手加減は無用です。全力で来てください!」
パピーは驚いて、すぐに笑いした。
「カールか。覚えとこう。どこかで二丁マシンガンのルナティックと出くわしたのなら、お手柔らかに頼むぜ」パピーはウインクをした。
「そうだ、レイスに会いたいんだったな。残念だが会えないと思うぞ。親友を自負する俺でさえ会いたい時にすぐ会えるわけじゃない。そうだな、依頼を出してみたらどうだ?俺を倒しに来いって」
「それは・・・、やめときます。報酬を用意できません」
「冗談だ。今日はいい一日だった。あばよ、カール」
パピーはバーを出ていった。カールは酒を一杯頼んで、飲みながら店の中を見回した。何人かギルドのパイロットが飲んでいたが、みんな、穏やかな表情に見える。ギルドのパイロットたちは時に、仲間同士で殺し合う。そうと分かっていながら、仲間同士で語り合い飲み交わす。いい雰囲気だった。
バーを出ようとしたパイロットが、カールを新入りと勘違いして酒を一杯おごってくれた。「いや、あの・・・」と口籠るカールに「次会った時はお前のおごりだ」と言って出ていった。
無名のパイロットらしいが、その背中が醸し出す雰囲気は潔かった。
「ここ、いつか、また来よう」
カールはおごってもらった酒を飲みながら「ギルドのルナティックを撃たなきゃならない時は、その時は、絶対に背中を撃たない」と決意していた。
月の各都市へ酸素を供給する地下大森林へと繋がる通路は四箇所ある。いずれも、各都市、各勢力から招集された精鋭部隊によって警備されている。
その全ての通路に三機ずつ、計十二機の重装備ルナティックが同時に攻撃を仕掛けた。攻撃を仕掛けたのはローグと呼ばれる、市民権を持たない下級市民により組織されたルナティック部隊だった。
ローグ部隊の攻撃は激しかったが、機体数も弾薬も少なく長続きはぜず、守備隊に大した損害を与えること無く次々と撃墜されていった。だが一機だけ、防衛ラインを突破した機体があった。パイロットはかつてギルドに所属し、一度は頂点を極めたナイト・ウォーカーだった。
ナイトの、黒いルナティックの艷やかな黒とは違うマットブラックの機体は、閉じようとする最終隔壁を擦り抜け、大森林の広がる地下空間の低い空の下を飛んだ。左右に激しく鋭く動き、追撃する守備隊の攻撃を躱しながら、中心部付近に到達すると爆弾を投下した。直後、大森林に赤い炎が立ち上るが即座に作動した消化装置により鎮火され、大森林はほとんど燃えることはなかった。
ナイトはバックモニターでそれを確認しつつ、追撃する守備隊のルナティックの攻撃を巧みに躱しながら、入って来たのとは別の通路に飛び込んだ。待ち構えていた守備隊の集中攻撃を浴びるが、次々と装備していた武器をパージし、それを盾にしつつなんとか直撃を回避し続けた。それでも機体は被弾し、両腕と片足を失った。逃走を阻止しようと隔壁が閉じ始めたの確認したナイトは温存していたブースターに点火し、なんとか逃げ切った。守備隊の攻撃は止んだ・・・。
ナイトはブースターのオーバーパワーで暴れる機体を必死に操り、壁や天井に機体を擦りつけ、反動で反対側に跳ね返されながらも、安全なところまで辿り着いた。機体は大破し、もう動けなかった。
ナイトは完全に視界を失ったコクピット内で目を閉じ、溜め息を吐いた。その表情が苦渋に歪む。
「また無駄死にだ。また若者たちを無駄死にさせた。これでは駄目だ。こんな事を繰り返しても意味がない・・・」
ナイトはルナティックを降りた。動かない自らの機体を一瞥して、力なく歩き始めた。遥か彼方のアジトまでどう帰るのか、歩きながら考えた。
翌日の出港を控え眠りにつく新型艦に、どこからか現れた作業員が音もなく集まる。誰ひとり声を出さない。作業時間外の港は照明が落とされ薄暗く、警備兵のマグネットシューズの靴音が近付くが、その靴音は港の目前で折り返し、離れていった。
新型艦のカーゴスペースは開かれ、寡黙な作業員たちの優れた手際により、次々とコンテナが積み込まれていく。コンテナには中身を識別できる文字や数字は何も書かれていない。
積み込み作業が終了すると、すべてのカーゴスペースのハッチが速やかに閉じられた。終始無言を貫いた業員たちは仕事を終えると、何の合図も挨拶もなく、闇に溶けるように消え失せた。
警備兵の靴音が再び近付く。今度は、引き返すことはなかった。
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