第13話 月面の摩天楼
地球の重力を逃れた定期船は、38万キロを掛けて月の正面を横切り、公転軌道を進む月の引力に飛び込んでゆく。
定期船は、ムーニーたちの決めたルールを遵守し、かつて人類が最初に月を目指したときと同じコースを辿り、グレイロビー宇宙港を目指す。
月面に向け、高度を下げていく船を最初に出迎えるのが、月世界3番目の都市、軍事要塞インテンションだ。
遥かな太古からそこにあった遺跡のような、ルナコンクリートを積み上げただけの建造物の群れが佇み、散りばめられた光が瞬くことで、そこには人がいて、活動しているのを知らされる。
月面に晒されている建造物はほとんどすべてが軍事施設で、ルナティックのハンガーや司令室が収まる。
軍を名乗ってはいるものの、その実体は警備会社のようなもので、各都市、各組織に防衛力を押し付けることで、今まで存在を維持してきた。
報酬を「税」という名目で徴収するのは、月世界が発展途上の頃の、無秩序だった頃からの習わしだ。「税」を納めれば、たとえ下級市民のコロニーでも、違法な組織の施設でも軍の庇護下に置かれれ、定期的な哨戒ルートに組み込まれる。そして「税」の額に応じた防衛力が提供される。
他の都市と同じように、人々が暮らす街は地下にある。真上にある巨大建造物の重さに耐えるため、重厚な柱や隔壁が多く、アースゲイザーほどの開放感はない。そんな、飾り気のないソリッドな街並みが気に入った人たちが、この街で暮らしている。
ルグランとカールは、復帰後初の任務を言い渡された。
司令官のヴァイスは「とりあえず、ルナティックでインテンションに出向いてくれ。私も詳しく知らされていなんだ・・・」
としか言わなかった。
いつもどおりに、ルナティックを起動して基地を出た。ルナティック移送用シャトルが用意せれておらず、仕方なく、別の場所へ向かうシャトルに途中まで相乗りさせてもらった。
シャトルを飛び降り、二機はスラスターを全開にした。別方向に向かうシャトルは、あっという間に遠ざかった。
コクピットの中に沈黙が訪れてすぐ、カールはルグランに問いかけた。
「なんですかね?内容を知らされない任務は初めてです」
「不安か?」
「いえ、不安はありません。なんか、嫌な予感が・・・」
「嫌な予感・・・?」
「あの・・・、何かの陰謀なんじゃ・・・」
「陰謀だって・・・!?」
ルグランは唖然とした。
「インテンションで待ち構えるのは、きっと、任務なんかじゃありません。罠です!隊長、俺の勘は当ったことはありませんが、今回だけは当たる気がします。気をつけてください」
カールは、冗談ではなそうな雰囲気を醸し出した。ルグランは更に唖然とした。
「おい、カール。大丈夫か。どうしたんだ、何かあったのか?謹慎中、何してた?正直に言ってみろ」
問い詰められたカールは、気まずそうに白状を始めた。
「あの、実は・・・。最近話題のスパイ映画『地球から来たクアトロクロス』を見まして・・・。謹慎中10回くらい見ました。あれ、すごい面白いんですよ・・・!」
「・・・!?それに感化されたのか?」
「多少、影響を受けました」
「多少でそれか・・・!」
謹慎中、失態を悔やみ続けるよりも、前向きな時間を過ごしたほうがいいに決まっている。だが、映画の世界に浸ったまま目を覚まさずにいるのは、気が緩んでいるとしか言いようがない。
「・・・カール、後で気合を入れ直してやる・・・」
「えっ・・・?何ですか・・・?聞こえません」
ルグランが、サディスティックな笑顔を浮かべているのをカールは知らない・・・。
インテンションの摩天楼が、地平線の向こうに見えてきた。軍の本拠地らしく、出撃と帰還を繰り返すルナティックが飛び交う。通信をオープンにしておくと、彼らの会話がよく聞こえてくる。
「暇だ暇だ。刺激をくれ、刺激を。宇宙人の襲来はまだか。ギルドへの総攻撃はいつ始めるんだ?」
「もう寝れない。居眠りのしすぎで寝れない。俺は軍に入ってから夜寝たことがない」
「新兵器の試射してきていいかな?さっき、ローグのゴミがうろうろしてたんだ。いい的になる。大丈夫、適当な理由で正当化するさ」
規律が緩みきった軍は、とても他には聞かせられない会話ばかりしている。
カールは苛立ちを隠さない。
「あんな会話、外に漏れたらどうするんですか?良くないって思わないんですかね?あんなだから俺達嫌われるんですよ!」
「言わせておけ。もう外には漏れてるし、みんな、もう聞き飽きてる」
流石のルグランも、諦めているようだ。
しかし、カールは熱い心を失ってはいない。
「俺は許せません!正してみせます!絶対に!」
「カール・・・」
ルグランは何か言おうとしたが、言わなかった。
「こちら、ルグラン・ジーズとカールグレイ・アロウ。誘導を頼む」
守備のための外壁ではなく、境界を示すための低い外壁を飛び越えたところで、管制塔に指示を仰いだ。
「確認した。メインタワーの発着場に降りられたし」
「了解」
中心部に聳える、地上50階地下90階の円柱形のビルの屋上に降りた。このビルが、管制塔と軍の精鋭部隊の基地を兼ねた、正真正銘の軍の中心部だ。屋上の半分が発着場で、残り半分が出撃を待つルナティックの格納庫になっている。そこに、降りることになった。
「隊長、俺、ここに来るのは初めてです」
「そうか、俺は何度もある。ここは他よりはマシだ」
「他よりって、どういう意味ですか・・・?」
「お前を苛立たせるやつはいない」
エアロックを抜け、ハンガーに機体を収めようと前を向くと、向かい側のハンガーに、見たことのない機体が佇んでいるのに気付いた。
「隊長、見てください。見たこと無い機体があります。もしかして新型でしょうか?」
「ああ、見えている。新型かどうかは分からないが・・・、今回の任務と関係があるかもな」
「データ収集の相手をさせられる・・・、とか」
「近くにいって見てみよう」
二人はルナティックを降り、新型機を見上げる位置まで近づき、ヘルメットのバイザーを上げた。
新型機は新型らしくデザインが洗練され、現行機より細身に見える。軍用機は基本的に装甲を追加し重厚感を増すが、この機体は素のままだ。
近くにいるメカニックに話し掛けようとしたが、スピーカーから音声が流れ、呼び出された。
「ルグラン・ジーズ上級兵、カールグレイ・アロウ一般兵。どこで何をいている。早く作戦室へ」
作戦室に入ると、今回の作戦の責任者、ギャラライ・ゼム・ダラーが待ち構えていた。高い地位にあることの証明である強化服を纏っているが、前がはだけたラフな格好をしている。
「二人とも、急に呼び出してすまなかったな。私は、この作戦の責任者、ギャラライだ。よろしく」
まだ若い精鋭部隊副司令官は、右手を差し出し笑った。
「今回、君たちに与える任務だが、単純だ。すでに目にしたかも知れないが、新品のテスト機で出撃し、指定されたポイントまで到達し、そこで、我が軍の新たな艦と合流してもらう」
「艦て・・・、軍艦ですか?」カールは率直な疑問を口にした。
「その通り、軍艦だ。極秘に開発されたものだ」
ギャララは二人を交互に見て、さらなる質問が来ないのを確かめて話を続けた。
「合流後、その艦とともに、慣熟航行を兼ねてインテンションまで同行してくれ、いいか?」
「その艦の・・・、護衛ということですか・・・?」
「いや、違う。新型艦の慣熟航行にテスト機で立ち会ってくれ、という事だ」
「はあ・・・」カールは釈然としない。ルグランは黙っている。
「実はな、いろいろあってこうなってる。私もすべて理解している訳じゃない。ハンガーにあるテスト機も、昨日ミロクの工場から出てきたばかりで、新型艦も今、こちらに向かっている最中だ」
「何故、我々なんです?」ここでルグランが口を開いた。
「それは、艦長殿の御指名だ」
「我々を・・・、ですか?」
「そうだ!さあ、そろそろ出てくれ。すまんな・・・」
追い出されるように、作戦室を出た。
テスト機と再び対面し、担当のメカニックから簡単な説明を受けた。
「この機体も間違いなくルナティックなんで特に注意すべきことありません。いつもと同じです。多分」
メカニックは、そう言いながら何度も頷いた。
「大丈夫なはずです・・・、多分」
コクピットに入り込んで、早速、起動してみる。スクリーンに外の景色が映し出され、珍しい機体の出撃を見届けようとする野次馬が集まっていた。
コクピットのレイアウトは通常機と変わらない。つまらないと感じるほど変化がない。そもそも、服を着るのと同等の簡易さを目指すルナティックの理念として、機体ごとに違っていてはならない。
持たされている武器はショートレンジライフルで、これは特殊なものではなく、使い慣れた通常のものだ。専用武器ではなさそうだ。
「カール、準備はいいか?」
「問題ありません、いけます」
「じゃ、出るぞ」
外に出た二機は、発着場を弾むように走り、メインタワーから飛び降りた。高度を下げ、インテンションの街並みから溢れる光の瞬きに紛れてから、乾いた闇の中に向け上昇していった。外壁を越え、加速するルグラン機をカール機が追いかける。
指定のポイントを目指す途中、ルグランが何も話さないことが、カールは気になった。
「あの、隊長。どうしたんです?」
ルグランは、今がその時だと確信した。
「カール、聞け。俺はがっかりしている。今のお前は俺の知ってるカールじゃない。お前の寝ぼけ眼を目覚めさせてやるから・・・、付いてこい!」
ルグラン機は加速し、指示されたポイントへのルートを逸れた。カールは慌てて追いかける。
「隊長!まさか、任務を放棄する気じゃないでしょうね!?」
「放棄などしないさ!ただ、時間までこの機体を試す!カール、付き合え!」
「そんな事して、壊したり、勝手な行動がバレたりしたらどうするんです!?」
「壊したりしないし、寄り道するなとも言われてない!」
二機は加速する。
「まず、出力70パーセントを維持!そして、急旋回、左!」
そのまま進もうとする機体を、強引に左に向かわせる。もちろん、パイロットには遠心力が働き、負荷が掛かる。
「次は右!カール・・・、付いてきてるか?次は上だ!」
「上って・・・、もしかして・・・?」
「そう、上だ!月面から100キロまで上昇!遅れるなよ!」
「遅れたり・・・しません!」
民間機ならリミッターが作動する高度を軽々と越え、カールとルグランは上昇していく。
スクリーンの右側に真っ青な地球が浮かぶ。こんな時でなければ心が穏やかになる景色だが、今は、その余裕はない。万が一、機体に故障か欠陥があればそのまま直進し、月に戻れず宇宙を漂流することになる。
カールは、その恐怖に耐えながら高度計を凝視する。離れていく月面を一瞥すらしない。そして、100がカウントされた瞬間、体が遠心力で押しつぶされそうになるのに耐えながら、機体を宙返りさせ降下に転じる。
昇る時はルグランに遅れを取っていたが、降下に転じたときには追い越していた。
「カール、置いて行かないでくれ」
ルグランは冷やかし気味に言う。
「急降下は得意なんです!」
「フフッ・・・、そういうことにしておこう!カール、月面ギリギリまで降下!出力最大のままジグザグ飛行で指示されたポイントを目指す!カール、お前の限界を見せろ!」
「了解!隊長、付いてきてください!」
二人は、少し早く指定のポイントに辿り着いた。
ルグランは小高い丘に着地したが、カールは着地が上手くいかず転んでしまい、膝と両手を突いてうずくまった。カールの「はあはあ」と息を切らせる声が、まるでルナティックそのものの声のようだ。
「カール、どうした?まさかバテてないよな?」
からかうルグランに「・・・ぜんぜん、疲れてなんかいませんよ・・・!」と言って強がった。
「無理しなくてもいい。それより、この機体の性能について感想を聞こうか。どう感じた?息が整ってからでいいぞ」
カールは、ルナティックを立ち上がらせながら息を整えた。
「・・・まず・・・、思ったのは、ピーキーと言うか、操作に対する反応が敏感すぎる気がします。機体が軽すぎるのかも知れません。新しいせいかシートがちょっときついです。あとは、えーと・・・、それ以外は良好です」
「そうだな・・・、同感だ。このままじゃ乗り手を選んでしまう。装甲を強化して、重量が増えれば扱いやすくなるだろう」
「隊長、俺はこの機体が気に入りました。このままで実戦投入されないでしょうか。この機体の速さなら、レイスと渡り合えます!」
少し間があり、緊張感が漂うのをカールは感じた。
「カール・・・、機体の性能だけで勝とうと思うな・・・」
ルグランは静かにそう言った。
「すいません、調子に乗ってしまって。あの、隊長、聞いていいですか?あなたならレイスに勝てますか?」
ルグランのテスト機がこちらを見た。
「さあな・・・、やってみなけりゃ分からない」
予定の時間が迫り、ルグランはレーダーの出力を上げた。さらに、軍が月面各地に設置しているレーダーサイトとデータリンクさせた。すると、接近する何を捉えた。
「大きいですね・・・」カールが、その大きさに気付いた。
「そうだな・・・、200メートル位あるか?数秒後にはお目にかかれる」
その接近する何かから通信が入る。
「二人とも、出迎えご苦労さま。これから、この艦とそのテスト機の性能評価を始める。準備はいいか?」
聞き覚えがある声に、ルグランは動揺した。
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