第12話 トゥルームービースター
非戦闘用機体の証である、黄色に染め上げられたルナティックが灰色の大地を彷徨う。
自動追従式の荷物運搬用コンテナを従えていることから、彼が、戦闘で破壊されたルナティックの残骸や、使い捨てられた武器を回収する回収屋であることが分かる。
回収屋は、砂に埋もれたルナティックの右腕を見付け拾い上げるとコンテナに放り込んだ。周囲を見渡し少し佇んだ後、軽くジャンプして場所を変え、そこで、破棄されたライフルを見付けた。それを拾い上げようとした時、ギルドのルナティックが現れ、すぐ傍に着地した。
ジャス・テックは、依頼主の回収屋のもとに少し遅れてやって来た。着地の際、派手に砂塵が舞うことがなかったのは、ルナティックの操縦技術の高さを、暗に示している。
続いて、専属カメラマンのルナティックも降り立ったが、こちらは派手に巻き上げた。
「護衛の依頼はあんただな?」
問い掛けてきたのがジャス・テックだと分かった回収屋は、興奮を抑えきれない。
「まさか、ジャス・ティックか?トップが来てくれるとは!」
微々たる報酬しか用意できない回収屋の護衛は、本来、ルーキーやランク外のパイロットが請け負うべき依頼だ。そこに、ランキングトップが出てくる事はまずない。
ジャスは、黒いルナティックを待っている。低リスク低報酬の仕事を買って出たのは、少しでも長い時間この姿を晒し、黒いルナティックに遭遇する機会を増やすためだ。
リッチーが倒され、スリー・タイムスが撃墜されるまでの間隔は数日だったが、今回は二週間も経っている。ジャスは焦れていた。「俺はここだ!」と、黒い空に向かって叫びたかった。
回収屋は本物のジャスのファンだった。
「なあ、ジャス!後でサインくれよ!そうだ、映画撮ってるん だってな!見に行くよ、絶対!」
ジャスの思い描く本物のスターは、ファンサービスを絶対に怠ってはならない。ジャスはコクピットの中で笑顔を作った。
「どうも、ありがとう。誰の依頼だろうが、常にベストを尽く す。それがジャス・テックのポリシーさ」
そう言うと、ジャスのルナティックは右手を差し出し、回収屋のルナティックと握手を交わした。
ギルドのトップと、しがない回収屋が握手をする様子を、専属カメラマンはしっかりとカメラに収めた。
「なにをしているんだ・・・?」
月の空の暗闇に紛れ、ウォーロックはすでに、射撃体勢を整えていた。メインモニターには、ジャス・テックと回収屋の機体が記念写真を撮るようすが映し出されている。
専用武器のライトニングスタッフは、ジャス・テックの機体のコクピットブロックを、この瞬間にも撃ち抜ける。
ジョー・カーティスは、メインモニターに映るジャス・テックの機体を詳しく観察する。
左腕にロングレンジライフル、右腕にはガトリング砲、両肩にはマイクロミサイルという構成。
「バランス重視か・・・、代り映えの無い装備だな」
ジョーの口元が緩むのを、エイミーは見ていた。
「なにか企んでるわね?」
「僕は退屈してるんだ・・・。アイツは少しは楽しませてくれ る気がする。だから・・・!」
ジャスに狙いを定めていたライトニングスタッフは横に滑り、専属カメラマンのルナティックに向けられた。
ジャス・テックは映画スターを志したことがある。しかし、夢は遠かった。それなりのルックスの持ち主だが、スターに成れるほどの華やかさには恵まれず、王道は進めなかった。
「君、惜しんだよな・・・」と、オーディションで言われたのは一度ではない。
遠回りを嫌ったジャスはいつしか、ルナティックを操り自由に月の空を飛んでいた。
「俺のやり方でスターになる。スクリーンの中でだけ強いなん て偽物だ。本物のスターは存在できる場所を選ばない。それが、どんなものか見せてやる」
遥か彼方からの、黒いルナティックからの狙撃は、カメラマンのルナティックの頭部を破壊しカメラも破壊した。
弾丸はジャスの足元に着弾し月面を砕いた。細かい岩石が飛び散り、ジャスの機体の装甲を激しく叩いた。
カメラマンのルナティックは立ち尽くしている。何があったのかわからない様子だ。
「キャメラマン!伏せろ!」
ジャスはすぐさま、カメラマンを庇う位置に立った。そして、真っ暗な空を見上げる。
「回収屋!コンテナの影に隠れろ!」
回収屋は敵の攻撃を受けたことを理解し、狼狽えている。
「ジャス・テック、助けてくれるんだろ。なあ、大丈夫なんだ ろ」
ジャスは攻撃が来た方向を見上げながら、回収屋に指示を出し た。
「狙われているのは俺だ、大丈夫だ。カメラマンを頼む」そう言い残して、飛び去った。
「さあ、クライマックスシーンの撮影開始だ!」
すぐに、機体を隠せる窪地を見付け飛び込んだ。勢いだけで勝てる相手ではない。
周辺のマップデータをメインモニターに表示し、潜り込めそうな窪地と、セラーの入り口を探す。そのどちらかに素早く移動しながら攻撃を凌ぎ、可能な限り接近を試みる。
限界まで近付いたところで仕掛ける。真下から黒いルナティックに向け特攻する。
始まれば、決着がつくまで数分と掛からない。ジャスは今までにないプレッシャーを感じ、勝利のイメージが揺らぐのを必死に堪えた。
機体を隠す窪地や岩陰から飛び出すたび、黒いルナティックの狙撃が一瞬遅れて着弾する。
「俺は遊ばれているのか・・・?だとしても・・・!」
コンピュータが予想する射撃位置の直下付近に辿り着いた。これ以上近づけば真上から撃たれる。
これまでに蓄積された交戦データにより、黒いルナティックの捕捉精度は上がっている。コンピュータは、間違いなく頭上に何かがいると示している。
ジャスは覚悟を決めた。
「さあ、行く!俺はスターだ!本物のな!」
飛び出し急上昇する。同時に右肩のマイクロミサイル九発を全弾発射した。空になったコンテナはすぐ捨てる。
ミサイルには爆発のタイミングが設定してあり、敵を追尾せず一発ずつ順次炸裂する。
爆発の閃光に隠れながら、黒いルナティックが存在するであろう宙域を目指す。
コンタクトまでの数十秒、すべきことは限られる。加速しつつ、的を絞らせないように、メチャクチャな横移動を繰り返す。ネム・レイスもそうした。
射撃の光が見えた気がした。と同時に、右腕が破壊された。右腕に装備していたガトリング砲を失ったが、構わない。もともと盾にするつもりでいた。
本命は、左手に装備させたロングレンジライフルだ。弾速が早く貫通力の高いこのライフルなら、コクピットブロックを一発で撃ち抜くことが出来る。黒いルナティックの装甲は、特殊だが防御力は通常機体と変わらないはずだ。
再び攻撃があり、今度は頭部を破壊された。スクリーンの映像が一瞬だけ乱れたが、すぐに修正された。
圧倒的に劣勢だが、ジャス・テックは怯まない。これは、イメージ通りの展開だ。ここから鮮やかに逆転し勝利する。
「さあ!姿を見せろ!」
黒いルナティックは近くに居る。そう確信したジャスは残りのミサイル九発を発射する。
今度は、すべてが同時に炸裂するようプログラムされている。ミサイルはそれぞれが弾きあうように四方に散り、一斉に爆発した。
九つの閃光が黒い空の闇を払い除け、左の隅のほうに人影が浮かび上がったのをジャスは見つけた。ルナティックも同時に見つけ、即座にロックオンサイトが現れ的を絞った。ロングレンジライフルが、黒いルナティックに狙いを定める。
「捉えた!勝った!」ジャスは勝利を確信し、トリガーに掛かる指に力を込めた。
同じ瞬間、ジョー・カーティスは表情を崩さず、冷静にサンダースタッフのトリガーを引いた。それは、ジャスよりも早かった。
コクピットのジャスは、左腕が破壊され、ライフルが虚空に放り出されるのを、はっきりと見た。
サンダースタッフの弾丸は更に、背中のハイブリットロケットを損傷させた。
バックパックは激しく炎を吹き出した後、爆発を起こし、ジャスの機体は閃光に包まれた。
コクピットブロックは、なんとか原型をとどめていたが、機体もジャス自身も致命傷を受けたことには変わりはない。
コクピット内部では、亀裂を修復しようと補修用ジェルが撒き散らされ、ほぼすべての警報が鳴り響いていた。
力を失った機体は虚空を暫く漂った後、月の引力に引かれ徐々に高度を下げていく。
ウォーロックのコクピットの中で、ジョー・カーティスは不敵に笑う。
「あいつ、分かっていたかな?僕が遊んであげてた事を。なにか作戦を考えていたみたいだから、それに付き合ってあげていたことを。僕はいつでも君を撃ち抜くことが出来たんだ。最後の一発以外は全弾、わざと外してあげていたんだ。わざとね!」
エイミーは何も言わず、ジョーを見つめていた。
ジャスの機体は、月面に向かい高度を下げていく。
大破し、動けなくなったルナティックは、それでも、最後の力を振り絞りパイロットを守ろうとする。
パイロットが自力で帰還する能力を失ったと判断し、救難信号が発して救助を呼ぶ。月面が近づくとエアバッグが膨らみ、パイロットへの衝撃を最大限減らそうとする。
ゆっくりと月面に激突したジャスの機体は、一度、大きく跳ねた。再び月面に引かれ落ちていき、今度は、二度三度と小さく跳ねた後、止まった。
ギルド直営のバーで飲んでいたパピー・ドッグは、ランキングに変動があるのを知り、嫌な予感を感じながら、ボードの前にやって来た。
そこでパピーは、自らがランキングの頂点に立つ瞬間に立ち会う事になった。
メルティー・ダウとジャス・テックが同時に消えた。
ランキング二位に着けていたストラット・マウンテンは、テストエリアでレイスに破れ、すでに順位を下げていた。
ランキングボードを見上げるパピーは、力ない笑みを浮かべる。
「どんな最後だったか知らないが、二人とも無駄死にじゃな かったと信じる・・・」
ギルドでパイロットをしている以上、依頼主が臨むのなら命を奪う合うのは宿命だ。黒いルナティックのような正体の分からないやつに、後ろから撃たれるのも覚悟している。
頂点に押し上げられたパピーは、ある決意を胸に秘めたいた。
「そろそろ潮時か・・・、最後にトップらしいことをしないとな」
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