第11話 廃墟の爆炎

 誰も手を付けない、危険度が高い割に報酬も少ない依頼に、ネム・レイスは目をつけた。

 依頼は、廃墟に造られたコロニーに暮らす下級市民からのローグ討伐要請だ。こんなメッセージが添えられていた。

 

 「我々が慎ましく暮らすコロニーの近くで、ローグたちが何かの準備をしている。今の所、我々の存在に気付いておらず、安全が脅かされてはいないが、気付かれて排除されるのは時間の問題だ。何度か、軍がパトロールにやって来たが、ローグたちはうまく隠れてやり過ごしたらしい。誰でもいいから早く助けてほしい。我々は市民権を持たない取るに足らない存在だが、生きる希望を持つことくらい許されるだろう。なんとか、僅かばかりの報酬を用意することが出来た。誰でもいい。頼む。我々に、生きる希望を与えてくれ」

 

 「正義の戦士」を気取っているジャス・テックは、この依頼を蹴ったらしい。理由は、不確定要素が多すぎて、映画撮影の準備に手間取るからだそうだ。

 レイスがこの依頼を受けようと思ったのは、もちろん正義感などではない。ランキングを上げたいからでもない。探し物の手掛かりが、そこにあるかも知れないからだ。

 月の地下に広がる世界は広い。もともとあった空洞や縦穴、人類の掘り出した空間、そのすべてが記録に残されているわけではない。

 

 

 ハンガーに佇む自らのルナティックが、いつもと違う雰囲気なのにレイスは戸惑った。

 両肩に巨大のミサイルが一発ずつ担がされている。対艦ミサイル並みの大きさだ。

 メンテナンスカートの上で、レイスを待ち受けていたイシムラが「おうレイス、待ってたぞ!」と言ってニヤリと笑う。

 「あれは何?」レイスは呆れた表情を見せる。

 「聞いてるぞ、今回は地下なんだろ?しかも廃墟。さらに敵は正体不明。これをぶっ放してやれよ。あっという間に片付く!」

 おおかた、勢いで発注したものの、誰も使いたがらないから処分してきてくれ、ということなのだろう。

 器用なレイスは、こういうことを任されることが偶にある。

 「使ってみるけど・・・、邪魔なら捨てるよ」

 「きっと役に立つ!俺には分かる!」

 「これ、ゲートに引っかからない?」

 「大丈夫、正式採用されている!」

  

 

 依頼を請負い、マップデータの提供を受けたレイスはルートを確認する。タチバナロードには数え切れない横道があり、どんなベテランパイロットでも、すべてを把握するのは至難の業だ。

 キャリアで運ばれながら、肩に担いだミサイルを見上げてみた。一応、正式登録されているため、ワイヤーフレームの輪郭しか見えないが、ルナティックが使う武器としては大きすぎると感じた。

 「どう使えばいい・・・?」

 今から戦場になる場所は、街に成りきれなかった街だ。未完成の壁や天井、建造物は十分な強度を備えておらず、ルナティックが派手に暴れれば、手の付けられない程の崩壊を引き起こしかねない。

 「上にも下にも撃てないな・・・」


 キャリアを降りて、ここが廃墟への入り口を確認する。

 目の前にある入り口は、幅も高さも十数メートルとルナティックが侵入するにはギリギリの広さだ。緩やかに下っていて、照明も薄暗い。

 それでも、レイスは迷わず侵入し、ルナティックを少し歩かせてから小さくジャンプした。ほとんど迷路のような通路を、壁にも天井にも機体を擦らせること無く、飛び抜けた。 

 通路を抜けると、想像以上に広い空間が現れた。高さが不揃いのビルが立ち並び、奥に向かって霞んでいく。 

 ここは清掃ロボットの活動範囲外で、見渡す限りの地面が堆積物に覆われているが、よく見ると、誰のものかは分からないが、車両が通ったであろうタイヤ痕やルナティックの足跡がある。 

 スクリーンに映し出される映像に補正を掛け、周囲を探る。動くものはなく、新しく築かれた建造物もなさそうだ。

 右奥の方に通路が続いていて、入り口付近には瓦礫やガラクタが散乱している。提供されたマップに拠れば、あの通路の先に依頼主の暮らすコロニーがあるはずだ。入り口の乱雑さは、この先には誰もいないし、何もないと思わせるカモフラージュに違いない。

 

 ある程度の広さがある地下空間には、アースゲイザーと同様にセンターポールがある。中心部に聳える、天井を貫く黒い影がそれだ。しかし、その規模は小さい。

 

 センターポールの上層部。他のすべてのビルを見下ろせるフロアの一室に、数人の人影がある。

 その部屋には幾つものモニターが並べられ、そのモニターが放つ光のみが、彼らの姿を浮かび上がらせている。

 モニターのひとつに、ミサイルを担いだルナティックが映し出される。

 「ギルドか・・・、何の用だ?バレたのか・・・?」

 一人が呻くように言った。すると、それを聞いた大柄な一人が身を乗り出し、モニターに見入る。

 「まさかレイスがやってくるとは・・・。いいねぇ・・・、実にいい!最高だ!ここで殺ってやる!粉々に砕いてから灰になるまで焼いてやる!さあ、お前ら、準備しな!」

  

 レイスは、何かを待っていた。こちらを撃つ気なら、そろそろ動きがあってもいいはずだが、まだない。レイスは全方位からの攻撃に備えつつ、目の前のビルにジャンプし飛び乗った。

 姿勢を低くし、マルチセンサーの感度を最大にする。ライフルを構え、動いたものをすぐさま撃ち抜く準備をする。

 マルチセンサーが、薄暗いビルとビルの隙間から響く微かな音を捉える。

 明らかな気配が、何かの目的を持ち動き始める。スクリーンに

敵の所在を示すロックオンサイトが現れるが、捕捉しきれずすぐ消えた。もう一度、別の場所を囲もうとするが、また消える。敵は複数で、何かの準備をしている。

 レイスは早速、反応のある方にミサイルを撃ち込もうとしたが、それは阻止された。センターポールの外壁が爆破され、吹き飛ばされた瓦礫が降り注いだからだ。

 

 メルティー・ダウは、自らの機体を隠していた壁を内側から破壊し、爆炎の紅いゆらめきの中から現れた。彼女好みの派手な登場だ。

 メルティーの声が、銅鑼を鳴らしたようにレイスのコクピット内に響き渡る。

 「レイス!こんなところで何をしている!私の誘いを何度も断ったくせに、今度はそっちから会いに来るなんて!寂しいのかい!抱きしめてやるよ!ただし、この攻撃をすべて受け止めてくれたらね!」

 メルティー赤い機体から、十八発のマイクロミサイルが放たれ、レイスに向かう。

 

 レイスは「そういの苦手なんだ」と言って宙返りし、そのままビルの壁沿いを降下する。途中で方向を変え回り込み、ビルとビルの隙間からメルティーを狙う。

 

 レイスの放ったライフルの弾丸が、メルティーの機体の頭部を掠め、ビルの中に飛び込んだ。

 「あんなに早く動きながらマニュアルモードで撃つなんて。さすがだけど、それが何だってんだ!」

 メルティーはセンターポールを飛び出し、すぐ近くのビルの屋上に飛び降りる。そして、飛び去ろうとするレイスに向け、両手に構えるロケットランチャーを、撃ち尽くすまで連射した。

  

 着弾し、次々と炸裂するロケット弾を置き去りにして、レイスはセンターポールの向こう側に回り込んだ。高いビルを見付けて屋上に着地し、周囲の状況を探る。


 メルティーは、撃ちきったランチャーと空になったミサイルコンテナを破棄した。身軽になった機体でビルを飛び降り、レイスとは逆の方向に飛ぶ。

 「準備は出来てるんだろう?一瞬で済ませてくれ!」

 ビルの影に、簡易的なルナティック用ハンガーが置かれ、交換用の武装がぶら下げられている。傍に、仲間のルナティックが待機していて、メルティーの機体の装備交換を手伝った。

 「ありがとよ!もうここはいいから、逃げるなり隠れるなり好きにしな!戦うなら邪魔にならないように!無駄死にするんじゃないよ!」

 メルティーはジャンプし、再びビルの屋上に飛び乗る。そして、そこより高い別のビルに飛び移った。

 「さあ、レイス!どこから出て来る!」


 レイスは、ビルとビルの間を縫うように飛びながら、機体の重さを気にしていた。

 「まず、このミサイルを処分しないとな」

 その時、ビルの影に動く影を見つけ、ロックオンサイトが「さあ撃て」と催促してきた。躊躇なく従い、ライフルのトリガーを引いた。

 直撃し、メルティーの仲間のルナティックが倒れ込む。傍にハンガーが置かれているのも見付け、すぐさま、グレネードランチャーを撃ち込み、倒れたルナティックもろとも爆炎で包み込んだ。


 メルティーは、その爆発を離れた所で見届け「一箇所やられた?おい、あと何箇所ある?」と、仲間に話しかける。「あと、二箇所!」その返事に対し「絶対に死守しろ!」と怒鳴った。

 

 広大な廃墟の四箇所に、メルティーは交換用の武器を隠してある。それぞれに護衛を配置しているが、いずれも素人に近い経験の浅いパイロットで、レイス相手には何も出来ないはずだ。

 だが、一人だけ、レイスをおびき寄せるため、ハンガーを離れる勇者がいた。

 

 メルティーの戦略を読んだレイスは、隠されたハンガーを探す。そこで、陽動に出た護衛のルナティックに注意を引かれた。

ビルの影から飛び出してきたところを狙撃し、右足を撃ち抜き破壊した。戦闘能力は奪ったが、メルティーに背後を取られた。

 

 「レイス!燃えろ!燃えろぉぉぉ!」

 隙きを見せたレイスの背中に、メルティーの放ったミサイルが殺到する。さらに、同時に放たれたロケット弾がミサイルを追い越し迫る。   

 ビルの外壁に着弾したロケットが次々に炸裂する。いつもより動きが鈍いレイスは、爆風の煽りを受けバランスンを崩し、ミサイルの追跡を躱しきれない。


 レイスは、グレネードランチャーをビルの外壁に向け放ち、追ってくるミサイルの群れを爆発に巻き込み誘爆させ、なんとか躱しきった。そのままビルの影に隠れながら飛び、メルティーとの距離を取り、体勢を立て直す。

 

 一方、メルティーは、撃ちきっていない武器をすべて捨て別のハンガーに向かい、辿り着くと、そそくさと武器を装備した。

 「さあ来いレイス!私はここだ!」

 近くのビルの屋上までジャンプし、射撃体勢を取る。しかし、視界に現れたのは、目前に迫るミサイルだった。

 「そういうの・・・、最っ高!」

 メルティーは出力最大で急上昇した。想像以上の爆発が起こり、ビル一棟の上半分を吹き飛ばした。

 爆風に煽られたメルティーは天井ギリギリまで吹き飛ばされた。

 

 「すまない、まだあるんだ・・・!」

 レイスは続けざまに残りの一発を撃ち込んだ。ミサイルは激しい炎を吹き出しながら、消えかけの爆発に向かって突進する。そして、なんとか体勢を立て直したメルティーの下で爆発する。

 

 「あんなミサイル、どこで仕入れたんだ!?G2にはなかったぞ!」

 爆風に吹き飛ばされたメルティーは、天井にぶつかり落ちていく。地面に激突する寸前でなんとか体勢を立て直し、着地する。

 

 対ルナティック用と言いながら、実際は巡航ミサイル並の威力を持つミサイル二発により、ビル一棟が完全に崩壊した。瓦礫が散らばり、砂塵が天井まで巻き上げられる。

 

 暫しの静寂が訪れる。

 その静寂は、砂塵が晴れていき、二人が互いの姿を認めた瞬間に破られた。

 メルティーは全武装を撃ちまくった。レイスはただ一発、ライフルの弾丸を撃ち込んだ。


 レイスの弾丸は、メルティーの機体の右腕を破壊した。

 メルティーが撃ちまくったロケットランチャーは、回避するレイスに命中せず、背後のビルの壁を幾つもの火球で彩った。

 ミサイルは追跡を続けたが、身軽になった機体でひらひらと舞うレイスに次々と躱され、それぞれ、辿り着いた場所で爆発した。

 さらに、レイスは、その内の一発をライフルで撃墜するという芸当を披露してみせた。


 「そんな事をするから・・・!お前は嫌われるんだよ!」

 メルティーは叫びながら、空になったランチャーとミサイルコンテナを破棄した。スラスター全開で低く飛び、最後のハンガーへ向かう。

 サブモニターで、背後を確認するがレイスの姿はない。どこかで背中に狙いを定めているかも知れないが、そんなことは気にしていられない。武器がなければ戦えない。

 「まだまだ、これからだ!」

 なんとか、ハンガーに辿り着いた。

 仲間のルナティックは近くに居たが、乗り捨てられた後で、パイロットはどこかへ消えていた。

 「あんな爆発を見せられたらしょうがないか・・・。まあいい、ちゃんと逃げ切るんだよ!」

 

 武器を手にれたメルティーは、レイスとの決着をつけるため遮蔽物のない大通りに出る。

 レイスは、天井近くで滞空していた。いつでも撃てるところから見下ろしていた。

 メルティーは、コクピットの中で見下ろしているレイスに向け叫ぶ。

 「さぞかし、いい気分だろうね!」い

 グレネードが放たれ、目前に着弾し炸裂した。

 メルティーの機体は炎に包まれ、赤く燃え上がる。灼熱の機体の中で、メルティーは狂気の笑みを浮かべた・・・。

 「ああ、涼しい!おかげで汗が乾いたよ!」

 怒りのままに、両肩のマイクロミサイルの発射トリガーを引き絞った。


 猛然と駆け上がってくるミサイルの群れを、レイスはすぐには回避しなかった。

 十分に引き付けてから、真下に向かってダイブするように急降下する。地面にぶつかる直前で水平飛行に移行し、メルティーに向けさらに加速する。

 「さあ、メル!一度きりの贈り物だ!受け取れ!」

 

 メルティーは雄叫びを上げる。

 左腕に残されたロケットランチャーで、迫りくるレイスを狙い撃ちまくる。しかし、当たることはなかった。

 「一発くらい当たってくれたって・・・」

 苦笑いするメルティーの左側を、レイスはすり抜け、そのままビルの影に消えた・・・。

 

 ミサイルの群れは、どこかに行ってしまった獲物を追いかけることはせず、眼の前に現れた新たな獲物に、次々と食らいついた。

 「この・・・!幽霊ヤロウが・・・!」

 幾つもの爆発が同時に起こり、メルティーの機体は完全に破壊された。

 

 

 センターポール上層階のローグのアジトでは、数人が戦闘の様子を見守っていたが、用心棒であるメルティー・ダウの敗北を見届けたものは一人も居なかった。

 戦況が悪化する度に、一人また一人と姿を消し、レイスがこの場所を見つけライフルの弾丸を撃ち込む頃には、全員が逃げ出した後だった。

 

 

 戦闘が終結し、完全な静寂が訪れてから暫くして、依頼主の暮らすコロニーから武装した車両が何台か現れた。

 車両は戦場だった廃墟に入っていき、あちこちに散らばる残骸に群がった。

 「ルナティックが乗り捨ててある!」

 「こっちにもある!だけど、足が壊れてる・・・」

 「使えそうな機体がもう一機ある!パーツを組み合わせれば、完全な機体に戻せるかも知れない!」

 「俺達も遂に、ルナティックを手に入れた!」

 「自分たちの身は自分で守る!」

 

 ルナティックを手に入れた下級市民たちは、直面する困難に立ち向かうためルナティックを利用する。ほとんどの場合、略奪と、それにまつわる戦闘だが。

 ルナティックを開発したミロクのスタッフは、そんな新しい顧客に対し、手厚いサービスを施す。

 サポートスタッフが、どんな辺境の小さなコロニーにでも現れ、簡易的なメンテナンス施設と試作品の武器やオプションパーツを供給する。

 用途にはこだわらない。すべては、ルナティックの稼働データを集積させるためだ。


 

 レイスが出入りをした通路とは別の通路から、ルナティックが新たに二機、現れた。

 重厚な佇まいと、その機体色から軍用機だと分かる。それぞれ左胸にZH3、ZH4と描かれていて、ザヒル隊の三番機と四番機であることが分かる。

 二人のパイロットは、スピーカーから聞こえてくる、沸き立つコロニーの住人たちの会話に耳を澄ませた。

 その会話の内容から、二人にとって想定外の展開が起きたのを理解した。

 「まさか、メルティーは殺られたのか?」

 「そのようだな・・・。まったく、ギルドのヤツらは信用できない上に役にも立たない。こんなことなら早めに消しておくべきだった」

 「一歩、遅かったということか。ところで、あのザコどもはどうする?宴会でも始そうな騒ぎ方だ」

 「ほっておけばいい。もう少し大きくなったら役に立ってもらう」

 「仕切り直しか・・・」

 「まずは、邪魔をしたやつを探し出す。そして始末する」

 二機の軍用機は、ゆったりと振り向き、やって来た通路に消えた。  

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