第10話 正義の戦士、登場
スリー・タイムスはリッチー・ポットリーとは違い、レイスの居ぬ間にランクを上げた新参者ではなく、長い間ランキングに名を残す実力者だ。
月の南極にある、各都市が共同で維持管理するレーダーサイト基地付近で、スリー・タイムスは賞金首を追っていた。
賞金首の名はナイトウォーカー。一度はギルドのトップランカーにまで登り詰めた男だが、ギルドの決して厳格ではない規律を何度も破り追放され、ローグに成り下がったパイロットだ。
軍にもギルドにも所属しないルナティックパイロットたちは、ひと括りにローグと呼ばれる。
ほとんどが軍やギルドから追放された者たちだが、下級市民を助けるために、ギルドが取り合わない小さな依頼を請け負う小規模な組織も含まれている。
ナイトウォーカーはギルドを追放され、違法行為を専門に請け負う正真正銘のローグだった。
その実力は今も衰えておらず、高度なメンテナンスを行う設備を持たないというハンデがありながらも、ギルドが送り込んだ刺客を何度も返り討ちにしていた。
スリー・タイムスは独自に収集した情報と、ギルドから提供された情報を手掛かりに居場所を特定し、周辺を哨戒中に標的であるナイト・ウォーカーに遭遇した。
スリー・タイムスのメイン武器は、威力重視型のショートレンジライフルで、接近戦に持ち込まなければ本領を発揮できない。追跡を開始し、攻撃のチャンスを窺う。
ナイトは、月面の起伏の低い場所を、砂塵を巻き上げないギリギリの高度で巡航している。追跡に気付いていないようだ。
スリーはまず、左肩のマイクロミサイル全弾をロックさせた。
先制攻撃を行い、一気に優位に立つのは戦闘の基本だが、スリーはそうはしなかった。戦いの前に宣戦布告を行った。
「ナイト!何だそのザマは!隙だらけだ!俺はもう攻撃位置に着いている!あと三分で決着をつける!」
ナイトとスリーは互いを知っている。
「まさか、スリー・タイムスか?ランカー殿が直々にお出ましとはご苦労なことだ。その余裕が命取りにならないことを願う!」
スリーはマイクロミサイルを一斉発射した。六発の火の玉が先を争うようにナイトに迫る。
ナイトは殺到するミサイルを引き連れ急上昇し、すぐさま急降下した。月面にミサイルを誘導し叩きつけ爆破させ、残りのすべても誘爆させた。
爆炎と砂塵の中から舞い上がったナイトは、散弾バズーカをノーロックで放つ。しかし、一気に間合いを詰めていたスリーにには当たらず、後方で炸裂した。
スリーはナイトの懐にもぐり込み、威力はあるが弾速が遅いショートレンジライフルで、重たい弾丸を撃ち込む。
ナイトの機体は、左足を撃ち抜かれ破壊されたが、左手に装備するガトリング砲で反撃する。弾丸をばら撒くが残弾が少なく、スリーの機体の装甲を傷つけただけで、戦闘能力を削ぐほどのダメージは与えられなかった。ナイトはガトリング砲を捨てた。
「ちっ、仕事終わりじゃなければ!」
その言葉に、スリーは反論する。
「そうじゃない!貴様は鈍ったんだ!錆びついたんだ!」
スリーは冷静にナイトの動きを読み、再びライフルを撃つ。右腕を破壊したが、一瞬早く放たれた散弾バズーカが目前で炸裂した。
小さな無数の爆発がスリーの機体に激しい衝撃を与える。スクリーンのあちこちに、損傷箇所と受けたダメージの深刻度を知らせるメッセージが表示されるが、戦闘継続不能なほどの損傷がないことを確認し、瞬時に体勢を立て直す。
「スリー・タイムス!何故、こんなところへ来た!」
「俺の手でお前を討つためだ!」
「そんな事にこだわるとは、くだらない!」
傷付き、武器も失ったナイトは逃走を計る。その無防備な背中を撃ち抜くのは、今のスリー・タイムスにとって、あまりにも容易なことに思えた・・・。
ギルド時代のナイトに、スリーは幾度も戦いを挑んだ。接近戦に持ち込もうとする一本調子な戦い方は、あらゆる武器を使い熟すナイトには、まるで通用しなかった。
それが今、トリガーを引きさえすれば勝てる状況にまで追い込んだ。互いに傷付き消耗しているが、スリーはまだ武器がある。
機体を大きく損傷し、ハイブリットロケットの推進剤も残り少ないナイトの動きは、惨めなほどに緩慢だ。
引導を渡すため、高度を上げ射撃体勢を取るスリーだが、トリガーを引くのを躊躇った。
「言い残すことはあるか!」
「愚かな!一度背後を取っただけで、もう勝ったつもりか!?情けを掛けるな!撃てるときに撃て!」
「・・・いいだろう、ナイト・ウォーカー!今の貴様にふさわしいところへ行け!」
トリガーに掛かる指に力がこもる。
その時、何者かの攻撃がスリーの機体を撃ち抜き、月の黒い空に、破片と火花をばら撒いた。そして、一瞬遅れて爆発の光が輝き、スリー・タイムスとともに消えた。
何が起きたのか、ルナティックのパイロットをしている者なら想像がつく。黒いルナティックの仕業に違いなかった。
力尽きる寸前のナイトは、狙撃されることが分かっていたとしても回避する余力はなく、「撃つなら撃てよ」そう言いながらフラフラと漂った。だが、いつまでも攻撃を受けることはなかった。
逃されたナイトの顔が苦渋に歪む。
「俺のようなやつに構うから・・・、こうなる!」
ランキングボードから、頂点に立って数日しか経っていないスリー・タイムスの名前が消えた。
順位を下げていき姿を消すのでなく、いきなり消え去るのは、もう二度と戻らないことを意味する。
レイスとパピーは、離れたところでそれを見届けた。
「あいつ、良い奴だったよ。俺のことをバカにしないランカーはあいつくらいだった」
「俺だって馬鹿にしたことはない」
「お前は俺をからかうだろ。さっきだって・・・、いや、そんなことじゃなく、悲しんでやれよ。会ったことあるだろ」
「明日は我が身さ・・・」
「そうかもしれないが・・・」
自らを「正義の戦士」と呼ぶ、新たなるギルドのトップ、ジャス・テックは、ショーマンシップに溢れ、そこそこのルックスを備えた人気者だ。
専属のカメラマンを常に従え、パイロットとしての初陣から今までの記録と、多少脚色を加えられたプライベートを映像に残し続けている。
トップが入れ替わるたびにマスコミ応対をするという決まりはないが、このタイミングで突然現れた新たなトップに、マスコミは沸き立つ。沈痛な雰囲気は一瞬で切り替わり、辺りは熱を帯びる。
ジャス・テックは遠くを見てから、握りこぶしを作り天に掲げた。
「スリー・タイムス。俺はあなたを忘れない。あなたは最高のパイロットだった。俺はあなたを永遠にリスペクトし続けるだろう」
ジャスは視線を落とし話し続ける。マスコミに向けてというより、大袈裟なポーズを決めたりしながら、かなりの声量で独り言を話しているようだ。その迫力に、マスコミたちは入り込む切っ掛けを掴めずにいる。
「頂点に立つということは、それなりの責任と重責を担うということ。俺に出来るだろうか・・・?出来る!俺はその準備をしてきた。遂にその時がきたんだ・・・」
無数のフラッシュがジャス・テックを包む。それから五分ほど熱い茶番が続いた。
ちょっとした演劇を披露し満足したジャスが、マスコミに向け手を振りながらこちらに歩いてくる。
関わると面倒になると察したレイスとパピーは、うまくやり過ごそうと決意し、話し込んで気付かない振りをした。
しかし、そんな二人の努力は無駄におわり、ジャスは気安く話しかけてくる。
「幽霊くんと子犬ちゃん。ご機嫌いかがかな!」
専属のカメラマンが、三人の立つ場所や姿勢に注文を付けてくる。レイスとパピーは反射的に従ってしまった。
噂に拠れば、自伝映画を撮影中で、完成すれば前後編合わせて六時間の超大作に成るという。
「俺の映画に君らの出番はほとんど無いが、予告編で使うかもしれないから一応撮っておく。さあ、いい顔をしてくれ!」
二人は不器用に笑った。
ジャスは、カメラマンに何か合図をした。すると、撮影をやめカメラを降ろした。ジャスはニヤリと笑う。
「いい話を聞かせてやろう。俺が頂点に立つことで、この映画は完成のはずだった。しかし、最高のクライマックスを迎えるための、新たなシーンの追加を決めた。それがどんなものか聞きたいか?いいだろう聞かせてやる。それは、黒いルナティックの撃墜シーンだ。俺は今から黒いルナティックを倒してくる。イメージは出来ている・・・。相打ちか?と思わせておいて、俺だけが生き残るドラマチックな展開だ。どうだ、完成が待ち遠しいだろう?」
レイスとパピーは顔を見合わせ、溜め息を吐く。
「その映画、完成しないと思う・・・。お前はアイツに勝てないよ」レイスは正直な感想を伝えた。
ジャスの高笑いが、人気のない廊下に谺する。
「何だそれは?お前が勝てないから、俺にも勝てないとでも言うのか?笑わせるな。お前は長い間トップを守ってきたが、今は違う。九位だ。九位に落ちぶれている。何度も言ってきたが、俺のほうがお前より優れている。俺の方が総合力が高いんだ。あらゆる局面と脅威に対応できる俺の技術と経験とルナティックのほうが、黒いルナティックのような謎の多い敵に対して互角以上に戦えるんだ。お前のように逃げ帰ったりすることはない。単純な戦い方しか出来ないお前には勝つことは出来ないが、俺には出来る。それを認めさせてやる。もうすぐな!」
たまらずパピーが話しに入る。
「おい、ジャス。自惚れるな。お前は確かに強いかもしれないが、どんな奴が相手でも、自分に都合よく考えては駄目だ。いいか、自分の力を過信しては駄目なんだ。相手はあの黒いルナティックなんだぞ。自分の映画をあの世で見るハメにならないようにもう少し慎重になれ」
パピーの諭すような言葉に、ジャスは聞く耳を持たない。
「パピー、君の言う慎重さとは、地下に潜って外には一切顔を出さないことか?それで何が成し遂げられる?臆病者という不名誉を後世に残すだけだ。俺がそんな事に耐えられるはずがない。絶対に!もし、敗れるというのなら、それもいい!派手にいくさ!それでは、また会おう!」
カメラマンは撮影を再開し、去っていくジャス・テックの後ろ姿をしばしカメラに収めてから後を追った。
「行っちまった・・・。おいレイス、なんかアドバイスしてやれよ?せめて、無事に帰ってこれるように」
「無駄だよ。そんなものがあったとして、聞きはしないさ。幸運を祈るしかない」
二人は見送るしかなかった。
「なんとしてでも、命だけは持ち帰れよ・・・」
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