第9話 パピー・ドックの生き様

 ベテランパイロットのパピー・ドッグは、ギルド本部のロビーに設置されているランキングボードを見上げていた。

 ランキングの頂点にあったリッチー・ポットリーの名前は、ネム・レイスとの戦いに敗れてから順位を下げていき、遂にボードから消えた。

 新品のルナティックの在庫は豊富で、機体が修復不可能な損傷を受ければ、交換してすぐにでも出撃が可能だ。

 リッチーは生き延び、ほとんど怪我もしていないが、カスタムされた機体の復元には時間が掛かり、依頼を請け負うこともランキング戦でポイントを稼ぐことも出来なかった。

 その間も他のパイロットたちはポイントを稼ぎ続ける。リッチーに限らず、戦えないパイロットの名前は、あっという間にボードから消える。

 

 これで、常にボードの下の方をキープしてきたパピーのランクは、また上がった。しかし、それを喜ぶ様子はない。

 「まずいまずい、五位まで来ちまった。どうするどうする。考えろ考えろ」

 リスクを負わないことこそ、パイロットを長く続けてこれた最大の理由だとパピーは信じている。

 ランクを上げて上位同士の潰しあいに引っ張り出されたりすれば、必ず何かしらの結末を迎える。命を落とす事もあるだろうし、生き延びたとしてもランクは下がる。もし勝利したのなら、さらに激しい戦いが続くことになる。

 「パイロットをやっているヤツが全員好戦的とは限らない!俺は勝ちたいんじゃない!ルナティックが好きなだけだ!」

 パピーは今までに何度も、心の中でそう叫んだ。

 ランキングボードの一番下の十位が、パピーの一番居心地のいい場所で、この辺りをキープしておけば程々に名前と実力をアピールすることが出来る。

 

 そこそこ報酬がよく、リスクも低い依頼を受注するには、それが丁度良かった。少しだけ目立ちながらも、上位のランカーに目をつけられなくて済む。命を奪い合う戦いなど御免だ。

 

 パピーはリスクを避けるための努力を惜しまない。健やかなパイロットライフを送るためには、どんなことでもする。

 そこでパピーは、得られる報酬の殆どを注ぎ込み、情報収集を行うエージェント集団を組織した。これから請け負う依頼の内容を精査し安全性を確認、そして、待ち受ける脅威に如何に対応すべきかを十分に検討し、対策が整ったところで満を持して出撃する。「文句あるか?これが俺のやり方だ」と、時間を掛けて構築したこのパターンに、パピー・ドッグは胸を張る。     

 そして、パピーの育て上げたエージェント集団は成長し、現在、多少の特殊工作を行えるまでの力を付けた。


 パピーがランキングボードに目を奪われていると、いつの間にか数人のマスコミに囲まれていた。取材を受ける気分ではなかったが、無視して立ち去るにはもう遅かった。マスコミの無遠慮な質問がパピーを襲う。

 「パピー、誰にも勝たずにランクを上げるのはどんな気分ですか?」

 突き出されたマイクを不快に思いながらも笑顔で応える。

 「その言い方にはトゲがある。いい言い方ではないな。やめたほうがいい。それから、勘違いしないでほしいが、俺は君たちの見えないところで激しい戦いを乗り越えてきてるんだ。何もしてないわけじゃないさ」

 別のマスコミがパピーを煽る。

 「パピー!あなたのことを静かなる番犬とか、吠えない子犬とかいう人がいます。それは、あなたが一度もテストエリアで戦ったことがないからです。そろそろ、あなたの本当の実力を知らしめる時が来たのではないですか?」

 「誰がそんな事するか!」と心の中で叫びつつ、にこやかに応える。

 「その必要があれば、いつでもそうするさ。その時を楽しみにしてるんだな。どんな奴が立ちはだかろうと、俺専用のミニマシンガンで粉々にしてやるぜ!」

 そう言い残し立ち去ろうとするが、開放してはくれなかった。

   

 

 ギルド本部内のサイレントルームを訪れたレイスは、データ解析部のスターク・レードルを待っていた。

 スタークはすぐにやって来た。やってくるなり部屋の中央にあるテーブルの上に3Dプロジェクターを設置して、スイッチを入れた。

 投影された映像の主役は黒いルナティックで、レイスの戦闘データを元に再現され、はっきりとその姿を晒している。

 戦闘開始から、軍の介入を受けて散会させられるまでの数分間の映像を、視点を変え角度を変え、逐次停止させ詳細な分析結果の説明が行われる。一通り終わるとスタークは、3D映像の向こう側で「要するに、大したことはわからない」とあっさり言い放った。

 そして「違いがあるとすれば説明した通り、副座型から単座型になっていることくらい」とまとめた。

 「単座になったことで違いはあるのか?」

 レイスは、率直な疑問をぶつけた。

 「複座ってのも本当は推測なんだけど・・・、それが正しい前提で話そう。まず、一人になったことでパイロットの負担が増えている可能性がある。あくまで可能性だけど。もしかしたら、この六年で、サポートAIがどちらかを完全に負担できるほどに高度な成長を遂げた、という可能性もある。僕の個人的な見解としては、一人のパイロットを、攻守両面でサポートAIが援護している可能性が最も高いと思う。ただ、これも可能性だけどね。今回も六年前もデータが圧倒的に少ないから、これ以上はもう何も・・・」

 こちらの表情を窺うスタークに、レイスは微笑で応えた。

 「それから、戦闘中に動きが変化したと言ってたけど、それはデータ解析で確認できた。でもそれだけだ。単座になったことと関係があるかも知れないけど、少ないデータで結論を出すのは危険だから、分からないという事にしておこう。また戦うつもりなら最大限用心するしかない。いいね?」

 「そうするよ」レイスは部屋を出ようとした。

 「ところで、パピーには会ったかい。君と話したがっていたけど」

 「ここに来る途中見たよ。マスコミに捕まってた。助けてほしいって目をしてたけど放っておいた」

 「恨まれるぞ。本気で焦ってた」 

 「帰りに会えれば話すよ。それじゃ、もう行く」 

 そう言ってレイスは部屋を出た。


 

 「おい、レイス!レイス!」

 パピーは廊下で、何も聞こえない素振りで歩き去ろうとするレイスになんとか追いつき、肩に手を掛け振り向かせた。

 「レイス!無視するなんてキツイぜ!」

 レイスはわざとらしく「同じ名前の別のやつがいるのかと思ったんだ」と言ってからかった。

 「おいおい、俺が困っているのを知ってるだろう?」

 「そうなのか?」

 「とぼけるな。五位だぞ、五位!お前の上に出ちまった。頭が変になりそうだ」

 レイスは、パピーが本気で困っているの見て笑ってしまった。

 「笑いたければ笑え!こっちは命が掛かってるんだ!なあレイス、友達だよな。力になってくれるだろう?」

 「何を考えているか分からないけど、何かしてほしいんなら依頼を出してよ」

 「金次第かよ!?人でなし!!」

  

 二人がそんなやり取りをしていると、通路の壁に掛けられたモニターで「注目のパイロット」というテレビ番組の放送が始まった。

 取り上げられているのは現四位のメルティー・ダウだった。筋肉質で赤い髪の大柄な女性は、ハンガーに佇む自らのルナティックの足元で、炎のような、赤くゴワゴワしたドレス姿でリポーターのインタビューを受けていた。左手には酒瓶がある。

 「これから上のヤツらを一人ずつ倒していく。楽しみにしてなさい。まずはパピー。ひとつ下だけどね。あいつはあんなドワーフみたいな成りをしてるくせに、コソコソしてばっかりで目障りなんだよ。あいつを片付けてスッキリしてから、上のやつらを倒す!」

 ここでメルティーはカメラ目線になる。

 「パピー!聞いてるかい!テストエリアに出てくるつもりがないんなら、アンタを探して出してその場で爆炎の海に沈めてやる!覚悟しときな!」

 突然、宣戦布告されたパピーは青ざめ、可愛そうなほど狼狽えている。

 「ほら見ろ、こうなる。レイス、お前のせいだぞ。お前が三週間も消えてるから、みんな勢いづきやがったんだ。なんてこった、なんてこった」

 パピーは頭を抱えた。

 

 メルティーは、火力の高い武器を満載し攻撃力で押し切るスタイルで、主にテストエリアでのランキング戦でポイントを稼ぐ。

 一方のパピーは、追加装甲で防御を固め、生き延びることを最優先にしている。対ルナティック戦で勝つつもりは毛頭ない。

 レイスは、もし二人が戦うならパピーが勝つと思っていた。それには理由がある。

 「アンタなら勝てると思う」

 その一言にパピーは真っ赤になって反論した。

 「勝つとか負けるとかじゃない!もし勝ち目があったとしても、パプニングが無いとは言えない!何が起こるか分かりゃしないんだ!そんなスリルを俺は求めていない!」

 その剣幕にレイスは、「はいはい」と言って引き下がった。

 

 パピーが、それなりの実力を備えているのをレイスは知っている。駆け出しだった頃、ギルドのパイロットとしてのノウハウを教えたのはパピーだった。

 最初から抜きん出た操縦技術を備えていたレイスは、ルーキーリーグで連勝を重ねた。そんなレイスにパピーは、「ザコ相手にはあれでいいが・・・」とさり気ないアドバイスを送ってきた。

 パピーはレイスにだけそうしたのではなく、若さゆえの危なっかしいパイロットたち全てにそうしていた。

 勢いに乗っていい気になっている、ほとんどの若いパイロットたちはそれを無視したが、レイスだけは真摯に耳を傾けた。

 それからもアドバイスは続き、レイスがトップランカーになるまで続いた。

 常に謙虚なベテランパイロットにレイスは、何度か感謝を伝えたことがある。その時パピーは決まって「一体何のことだ。独り言を聞き間違えただけじゃないのか?」と言って肩をすくめるのだった。

 そんなパピーの背中に向けてレイスは、囁くように「アンタを死なせたりしないって」と言った。

 「ん?なんか言ったか?」


 さっきまでメルティーのインタビューを放送していたチャンネルでブレイクニュースが始まった。二人は注目する。

 「大変なことが起こりました。なんと、リッチー・ポットリーに代わりトップになったばかりのスリー・タイムスが何者かにより撃墜されました。黒いルナティックがまた現れた可能性が有ります。現在のところスリー・タイムスの安否は不明で・・・」

 「なんてこった!」パピーは呻いた。

 「ふうん・・・」レイスは淡々としていた。

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