第102話 工作活動

 カルネアス実験区に入り、ホーエンハイム探索の為どこから手を付けようかと逡巡していた時である。

 

「侵入者だ!」


 どこからか男の大声が響く。図ったように、同時にけたたましい警報が鳴り始める。


「バレちゃったみたいだね」


「全員殺せばいいだけだ。皆死ねば隠密成功だし」


「それはそうだけれどさ」


 呑気に会話している間にも、護衛の兵士と思われる者共が現れてイルシアとルベドを囲む。軍服を着て拳銃やライフルを携えている。

 

 拳銃の方は――ルーゼルA1と呼ばれた、グランルシア大帝国で普及していた魔導拳銃の恐らくは現行品。トリガーガードが特徴的で、かつライフルのように上部から弾倉を給弾する仕組みになっている。対魔物を想定して、魔導弾を装填可能――だったハズ。

 

 ライフルの方はルーゼル98に似ている。500年以上の歳月で、ホーエンハイム家が――というよりホーエンハイムがある程度進化はさせているが、原型のそれと造形は余り変わらない。五発装填の専用クリップより給弾する、当時のグランルシアの主力小銃だったハズ。


 ――確かに、歩兵に持たせる武装としては充分だ。術式付与弾を用いれば、危険と論ぜられる魔物相手にも、徒党を組めば難なく対処可能だろう。だが――


「我々相手には役者不足だね」


 隊列を組んだ兵士達が、一斉に銃口をこちらに構えるのを見てイルシアはそう呟く。ルベドが前に出て盾になろうとするが、イルシアはそれを手で抑止し、ただ立って待つ。

 

「撃てっ!」


 兵士達の内誰かがそう叫び、箍が外れたように一斉に発砲が始まる。乾いた銃声が何発も何発も響き、それこそ驟雨のような音と共に鉛の嵐を降らせる。

 ヒトの如きに命中すれば、肉を削ぎ、骨を砕き、絶命さらしめる事必定。だがその暴力の嵐は、全てイルシアの寸前で停止し弾かれる。


「っ!?」


「怯むな! 防御魔法だ!」


 如何にもひ弱そうな女であるイルシアが銃弾を防いだのに面食らった兵士達だが、すぐに気を取り直して再度射撃を始める。

 だが幾度銃撃を繰り返そうとも、一切がイルシアの直前で停止し砕けて消える。


 イルシアが普段から携帯するアーティファクト、〈移動要塞ガーディアン〉――限界域を超越した領域でのフィールドワークを行うべく彼女が錬成したシロモノだ。

 

 魔境や深海、果ては天空や宇宙等、イルシアがいつ行きたいと思っても行けるように、そして危険なく探索に打ち込めるよう外界のあらゆる危険を排除し防御する。

 危険環境にすら適応可能な防御装備なのだ。たかが銃弾など、当たり前のように防げる。


「打ち止めにしてもらおうか」


 冷酷な視線を投げて、イルシアは懐から橙色の小石を取り出した。そうしてそれを隊列を組む兵士達に目掛けて軽く放り投げる。

 カツン、と石が地面に当たった瞬間――轟、と凄まじい爆炎が立ち上がる。


「ひっ――」


「まずっ――」


 轟々と立ち昇る火炎は、まるでバケツを倒した時の様に、隊列を組んだ兵士達に向けて燃え広がっていく。

 

「あぁぁぁ……!」


「あつぃ、あつぃぃ!」


 強烈な火炎に巻かれた兵士達は、銃などすぐに投げ捨てて必死に火を消そうと転げたり、人体を生きたまま焼かれる苦痛に耐えかね絶叫したりしていた。

 まるで円舞だ。炎と死の円舞。悪魔であれば喜んで手を叩いて褒める光景なのだろうが、イルシアからすれば、異臭がただ不愉快なだけだ。


「人工炎霊石えんれいせきだ。天然の炎霊石は、魔力の強い土地で採取される。魔力を込めて衝撃を加えると、強烈な発火現象を起こす代物でね。これはその人工品――通常炎霊石の温度は摂氏1500程度だが、錬金術によって2000度以上の炎を発現可能。こうして攻撃にも使えるワケだよ」


 火炎に巻かれ、兵士が全滅したのを見届けてから、イルシアは炎を眺めていたルベドに解説をする。当のルベドは興味無さそうに「ふーん」とだけ言い、すっかり火が消えて燃えカスのみが残った大地を踏みしめた。


「どうやって戦うんだって思っていたが、雑魚を散らすのには事欠かないワケか」


「まあ、そういうことだよ」


「ホノオ、ホノオ、キレイダッタ!」


「何カイイ匂イモシタゾ!」


「どう考えても臭い――まあいいか」


 軽口を叩きつつ、イルシアとルベドはカルネアス実験区を進む。――いくつか実験棟と思われる建物が無機質に立ち並ぶ光景。所々には、外で行われていたと思しき兵器実験の名残として、置かれたままの機材や大きな魔導兵器がある。


「……どれもグランルシアの焼き直しばかりだ。あの男らしくもない」


 銃、魔導兵器――ホーエンハイムが手掛けたと思しき兵器は、全てグランルシアで実用化されていた技術の焼き直しばかりだ。

 ホーエンハイムは、未知を既知とすることに固執していた。態々知っている技術にもう一度手を入れるなど、倦厭してやりたがらないような男のハズ。


「……時が経れば、やはり変わるモノなのか」


 そう呟くが、実際の所はやはり分からない。――きっと、本人と会うまでは。

 

「……兎も角、この施設の探索をしよう」

 

 イルシアはそういって近場の建物に向かって歩き出した。神妙な様子のイルシアに何を言うでもなく、ルベドはただ黙って彼女の傍についてきた。







 ――東側にある施設の前に来たイルシアとルベド。カルネアス実験区にある建物は殆ど同じ形をしているが、これも例外ではなく、金属製の重厚な建造物だ。


「おらっ」


 物資搬入用だろうか、巨大な扉をルベドが思い切りぶん殴る。閉じている道を開くには、ぶっ壊して進むのが一番手っ取り早いし、何も考えずに済む。いつだがルベドが言っていた事だ。


「あう」


 とんでもない轟音が響き、イルシアは反射的に耳を塞いで目を閉じる。流石に脳筋が過ぎるのではないだろうか、前述したルベドの言葉を思い出しつつ身を屈めるイルシア。

 

「よし、キレイにぶっ壊れたぞ。芸術点高めだな」


「タカメタカメ!」


「アーティスティックナンダゾ!」


 恐る恐る目を開け手を下ろし、周囲を見回すイルシアの耳に丁度そんな会話が入ってきた。破壊された扉を見てみると、無残にも粉々になった金属の残骸が転がり、内部への道が窺える。

 

(芸術点ってなんだろう)


 モノを壊すのに芸術的も何も無いと思うのが、イルシアの考えなのだが。――わざわざ口に出して少し機嫌がよさそうなルベドの気持ちを害する必要もない。

 

 やっぱりちょっと脳筋が過ぎるのかもしれない。そんな事をボンヤリと考えながら、イルシアは実験棟内部へ侵入した。

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