第101話 侵入
ルベドの宣告通り、確かに遠くに魔力灯の輝きに照らされた、孤島の輪郭が見えて来た。同時に、展開されている結界が放っているであろう、魔力の波動も。隠匿され目視することは出来ずとも、魔導の心得あれば展開されている術式の「気配」を察知することは出来る。
「アレは――複合結界!」
解析、鑑定防御を突破し得るだけの強度を持つ〈
「複合結界?」
「様々な術式で多重展開された結界だ! 並列化までされている――一つを無効にすれば、別の術式が異変に気付く。隠密で突破は難しい!」
「では、どうする」
イルシアの説明を聞いたルベドがぶっきらぼうに問いかけてくる。ルベドの問いに答えるべく、刹那の逡巡の後、イルシアは快活に叫んだ。
「こうなっては仕方ない。正面から、堂々と一気に侵入しよう」
「それはいい。実に分かりやすいし俺好みだ」
そういったルベドは鋭い目を更に鋭く変じさせる。
「なら、早速破るぞ。オル・トロス、ブレス攻撃の準備を」
ルベドの命令を聞いたオル・トロスが、嬉しそうに笑う。
「オッシャ! イクゼ!」
「チャージスルヨ、チャージスルヨ!」
ルベドがエリクシル・ドライヴより大量の魔力を錬成しオル・トロスへと供給していく。まるで餌を貰った雛のように、嬉しそうに大口を開けたオルとトロスは、体内で錬成処理を行い空気と魔力を「
「撃て」
ルベドが冷血に宣告すると、
「シャァァァ!」
「ガァァァァ!」
咆哮と共に圧縮されたアルカエストが、閃光の如く放射される。夜の帳を裂く流星の如く彼方へ飛び――中空で結界と衝突した。
刹那の拮抗、グラインダーが金属を削っているかのような火花が散り、やがて結界は無残にも突破された。砕けたガラスのような結界の破片に、破砕音。吹雪の如く散る結界片の嵐の中を、イルシアを抱えたルベドが高速で突破する。
「うはっ――あぶっ……」
「大丈夫かイルシア」
「あ、ああ――問題無いとも。流石だよルベド、ここまで間近で君の活躍を見れるのは初めてだから、とても嬉しいよ」
「俺は結界の欠片が刺さんないかが心配で聞いたんだがな」
気だるげにイルシアの言葉に答えるルベドだが、更なる異変が発生した事で気配を変える。
「アレは……」
ルベドの気配が変わったのを察して、イルシアも彼の視線の先を見る。そして瞠目した。何もなかったハズの海面から、禍々しい尖塔がせり上がってくる。
「複合結界の内、探知用に仕掛けられた代物と連動した防衛機構だ。我々を侵入者として、迎撃する気だろう」
「成程な。こういう事なら、事前にアルデバランを呼び出しておけばよかったな」
ルベドがボヤくのと同時に、尖塔に魔力が奔り術式が展開される。
「〈
〈部分変異・
無属系統第九位階〈魔力分解〉――光線を放ち、接触した対象――非生物生物は問わず、それを物質の最小構築単位たる魔力に完全分解する術式、〈
魔力への直接干渉である以上、基本的にレジストは不可能。防ぐには防御術式で強固に守るより他は無い。
「舐めるなよ」
嘲る様に言い放ったルベドが、飛行の速度を更に上げて進む。解き放たれた〈魔力分解〉を軽く躱しながら、尖塔の横を通り抜ける。その瞬間にオルが凄まじい力で鞭のようにしなり、尖塔を粉々に破壊する。
「あぶぶぶ――は、速すぎ――」
尖塔が破壊された音すら超速で過ぎ去る程の速度。正面を向いてカルネアス実験区を見ようとすれば、吹き付ける突風によって顔面が大変な事になる。
「この程度か――ん?」
イルシアを突風から庇うように腕を動かしたルベドが、再度の異変に気が付く。まるで飛翔するルベドを追うように、尖塔がいくつも突き出てくる。
「流石にアレで終わりじゃないか」
ルベドの呟きに反応するかの如く、再び尖塔からいくつもの魔法が放たれる。火炎、電撃、風の刃――元素魔法の嵐の中、ルベドは僅かな隙間を縫うように飛び、華麗なほどに回避する。
傍から見れば見事な動きだが、抱えられている身からすれば溜まらない。腕に抱えられたまま、バレルロールなんてされたら吐きかねない。兎に角イルシアはこの状況を切り抜けるべく、身を固くして必死にルベドにしがみ付いた。
「まだ着かないのかい!?」
「もう少しだ、我慢しろ。……ちっ、新手か」
涙目で叫ぶイルシアに無表情で答えたルベドが、舌打ちと共に新たなる敵の影を迎える。
尖塔から展開されるのは攻撃魔法だけではないようだ。召喚系統の魔法により、出現する怪物が飛翔するルベドを阻む。
「ガーゴイルとは、けったいなモン呼んだな。オル・トロス!」
正面を阻むガーゴイル――無機物の魔物で、石化能力と猛毒を備えた人型の蝙蝠のような怪物――の群に突進するルベドがオルとトロスに命じる。
「マッカセロ!」
ルベドの役に立てるのが嬉しいのか、トロスが頼もしい返事を返してウネウネとしなる。ルベドがガーゴイルに向かって飛翔するのと同時に、オルとトロスが全身を稼働させて鞭撃による乱舞を繰り出す。
ヒュン、という風切り音とパァンという何がが弾ける音が連続で響き、瞬く間にガーゴイルや尖塔が破壊されていく。
「ちっ、キリが無いな」
襲い来るガーゴイルを〈部分変異・
「ダルすぎるだろ」
追い打ちをかけるように出現する尖塔と召喚生物共に、辟易とした様子を見せるルベド。同時に何かを思いついたのか、爪の変異を解除した。
「この距離ならば、一息の〈
ルベドの発言に釣られ、イルシアも確かめるつもりで頑張って正面を見据える。目指すべき「カルネアス実験区」は確かに大きくなってきている。今や島の内部、建物すら読み取れるほどに。
「〈
イルシアがこの手で因子改造した事による能力、ティンダロスの王ミゼーアの異能を用いれば、それこそ一息での移動も可能。
自らの最高傑作の発想力に思わず喜悦の声を上げるイルシア。それを承諾ととったのか、ルベドは三度エリクシル・ドライヴより魔力を錬成する。
「〈部分変異・ミゼーアの
無情なる宣告と共に、異形にして名状しがたき異能が顕現する。
紅い魔力の稲光を解き放ち、賢者の石に記憶されしミゼーアの因子が目覚める。
蠍の尻尾のような、されど既存の生物に当て嵌まらない、異形を腰から生やす。蠍で言えば先端の針に当たる部分にある、それこそ針のような蒼い宝石が輝き、ルベドの魔力色と同じ紅に染まる。
「――〈
紅い魔力の雷光纏う尻尾を振るい、ミゼーアの権能、次元転移が発現した。ルベドが尻尾を振るい切った瞬間、視界が切り替わり水の中に落ちるかのような感覚がイルシアを襲う。
「っ!?」
気づけば周りは赤黒い深海のような異空間だった。これこそが余剰次元――その再現なのだろう。
息が苦しい。呼吸が出来ない。そのような錯覚さえ与える程、異様で不気味な世界。僅かな動揺を飲み込むように、イルシアは一つ呼吸をして、やはり先ほどの感覚が唯の錯覚であった事を証明する。
「直ぐだ。直ぐに着く」
この余剰次元の雰囲気に吞まれかかっているイルシアを察してか、ルベドが宥めるように優しく囁く。彼の宣言通り、この異様な領域に留まったのはほんの一瞬だった。
「〈
異界歩きの異能を断つキーワードを呟けば、まるで長い洞窟を抜けたかのような輝きがイルシアらを出迎えた。ザバン、と水面から顔を上げたような感覚と共に、気が付けばイルシアは「カルネアス実験区」の外郭を超えていた。
「着地するぞ。捕まってろ」
有無を言わさないルベドの言葉。イルシアの返答を待つこともなく、急激な速度で降下を始める。泣きそうなほどの浮遊感が全身を襲ってくる。
「ひぃ……ちょ、ちょっとルベド――」
異空間から解放された爽快感を味わう余韻も無く、真っ逆さまに降下が始まる。音速すら軽く超える速度での飛行の後、異常な異空間を経由した果てにこれである。常人なら疾うに死んでいる。
イルシアが生きているのは、不老不死だから――というより、彼女が常に携帯している防御用のアーティファクトが備える、耐衝撃効果のお陰だろう、さもなくば、生身での超音速飛行の時点で大変な事になっている。
急激な降下――地面に激突する寸前でルベドは翼を広げ、スレスレで滞空する。何度かのホバリングの後、ルベドはゆったりと着地しイルシアをゆっくりと下ろした。
「う、うぅ……あ、脚がぷるぷるしている」
「大丈夫か」
「も、んだいないよルベド。うん、大丈夫」
涙目になったイルシアはどうにか取り繕い、周囲を見渡す。島を囲う外郭の中に着地したようで、中は整備された工場にも似ていた。いくつか大きな建物も建て並んでいる。恐らくはそのどれもがホーエンハイムの工房なのだろう。どこから攻めるか、イルシアは暫し考える事にした。
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