第100話 翔る怪物と錬金術師
「かつて帝都があった場所と、現在の帝国の首都はだいたい似た箇所にあると、聞いた事がある。だから私がそこまで転移するよ」
セフィロトの外部に列車で出たイルシアとルベドは、満点の星空の下、会話する。
「ふわっとした認識だな。大丈夫なのか?」
星をボンヤリと眺めていたルベドが、腕を組みながら懸念を吐露する。
転移魔法――時空系統に属する、移動呪文の総称だ。空間領域へ干渉し、術者を別の座標へ移動させたり、一点と一点を繋ぎ合わせ、間の距離を無視して移動する魔法等、一口に転移といっても様々な種類がある。
とはいえ、全ての転移魔法に共通するのは、「座標の指定をミスすれば、致命的事故に繋がる」という事。
手慣れた傭兵が、魔境に仕掛けられた転移の罠にかかり大変な目に遭ったり、自信過剰な魔導師が転移魔法の詠唱をしくじり、石の中に入って即死等、危険さを物語る逸話には欠かない。
イルシアとルベドは人外故、例え石の中にいる、なんて事に成ろうとも死んだりしないだろうが、それでも嫌な出来事には変わりない。ルベドの懸念は尤もだろう。
「大丈夫だ大丈夫、安心したまえよ」
自信満々、不敵ささえ覚える程な笑みを浮かべてイルシアは自分の胸を叩いた。
「――ゲホ、ゲホッゲホ」
強く叩き過ぎて、気道が大変な事になりむせてしまったので台無しだ。
「おいおい……」
「ダイジョブー?」
呆れたルベドが苦しむイルシアの背中をさすり、心配そうにオルとトロスが見守るというのを暫くすると、彼女はどうにか取り直す。
「す、すまないね。見苦しい所を見せた。でも安心してくれ、本当に大丈夫だから」
「今のやり取りのどこに安心できる要素があったんだよ」
圧倒的に呆れた様子のルベド。自らの最高傑作が投げる鋭い視線から逃れるように、イルシアは咳ばらいをする。
「んん、では早速転移を実行する。さあルベド、近くに寄るんだ」
ルベドはあからさまに「やだなぁ、やだなぁ」という態度で渋っていたが、主の命令には逆らえないのか仕方なくという様子で近づく。
「もっと近くに、ほら」
そういってイルシアはルベドの手を握り、軽く引っ張る。黒くて大きい、そしてふかふかとして温かい彼の手を握り、イルシアは自信げに微笑む。
「……!」
横でルベドが息を呑んだかのような気配がしたが、イルシアは気づかずに懐をゴソゴソと漁り、何かを取り出した。
「これなるが、アーティファクト〈
取り出したるは古風かつ大きな銀製の鍵だ。創作小説の中でしか見ないような、大きく古い意匠の鍵。
かの有名なアーティファクト、余剰次元「窮極の門」の支配者たる悪魔の力を宿すとされる代物、そのレプリカだ。
「だっせえ鍵」
それを見たルベドは、なんとも酷くかつ味気ない感想を述べる。
「そうかい? 私はちょっとクラシックな感じで悪くないと思うけど。――ああ、このアーティファクトの説明をしていなかったね。ほら、転移魔法って一々使うの面倒臭いだろう? 座標演算、そのための詠唱、イメージの固定化、手順がまどろっこしい」
「どの魔法も、大体面倒だと思うけど」
似たようなプロセスだろ、とルベドは反駁するがイルシアは一切聞かずに続きを語る。
「大元のアーティファクトは異界や別次元にも簡単に行けるって代物なんだが、そこまで遠出がしたいワケじゃない。だから、私は劣化模倣品をワザと造る事で使いやすくしたんだ。一々門を創るのはダルいしね。〈
俺の話無視かよ、というルベドの発言を更に無視して――というより聞こえていない――イルシアは鍵を振るう。
「――開門せよ、
一つ、そう詠唱すれば鍵の先より光が出でて、中空を貫き突如として輝きに満ちた円を作り出す。
門――一点と一点を繋ぐ、魔導仕掛けの移動装置だ。
「取り合えず、この門で帝都の近くまで行って、例の研究島とやらを探そう」
「……分かったよ」
話を聞いて貰えず不服そうなルベドにも気が付かず、やはりイルシアは自信満々に彼の手を引きながら門へ入っていった。
帝都セレニアから遠く離れた海上、ラーデルフィア海域に浮かぶ孤島「カルネアス実験区」
ガイア大陸を中心とし、四方の海域はなべて凶悪な性質を持っている。中でも西側――ラーデルフィア海域は、数時間、酷い時は数十分で様子を変える。
十分前は凪いでいたハズなのに、いきなり海が荒れ狂い出すなど、異様な環境に置かれている。やはりと言うべきか、魔力の影響が強い故の特異性だという。
そのような領海の孤島故、一般人が辿り着く事は無い。船を流されるままにしても、決して辿り着けないし、着く前に海の魔物か、環境に食いつぶされる。
故の、秘匿性。意図的に向かわない限り辿り着けないからこそ、研究機関として基地を置くのにはうってつけ。セフィロトと似た考えだ。
「――〈部分変異・セイレーンの
とはいえ、それはあくまで通常のニンゲンに限った事。
人外の超越者たるルベドとイルシアを阻むには、余りにも足りな過ぎる。
無表情な宣告と、彼のコアたる賢者の石――それを用いた「エリクシル・ドライヴ」より高速、大量に錬成される極純度の魔力が、赤い雷光となりルベドに満ちる。
メリメリ、バキバキという異音を上げ、ルベドは自身の肉体を変化させていく。ルベドが持つ、超速肉体再生能力を生かした、身体の転化能力。賢者の石の記憶領域に保存された因子を肉体に
やがて、彼の背中より一対の巨大な翼が突き出た。チェストプレートとでも言おうか、胸板の辺りまでしか覆わない彼の装具を貫通し、バサバサと清浄で異形な翼がはためく。
「調子は……ああ、良さそうだな。これで飛べるぞ、イルシア」
凶器めいた屈強な腕を回し、ルベドは翼をはたつかせてイルシアに言う。
「乗り心地は、良くないかもしれないが。まあ、出来るだけ善処はする」
「いやぃや、君に連れて行って貰えるんだ、きっと快適な空の旅になるさ」
「ナルナル!」
「ルベドハ飛ブノ上手インダゾ!」
崖際、果てにラーデルフィア海域を望みながら、イルシアはルベド――それとオル・トロス――と会話する。
転移を行い、帝都付近まで行ったイルシアとルベドは、事前の情報を頼りにカルネアス実験区に向かった。
前述した通り、カルネアス実験区は海域の影響で向かうのが難しい。だから、ルベドの変異を用いて空を飛んで辿り着く予定だ。
「酔っても知らないからな」
「酔いしれさせてくれるんだろう? 違うのかい?」
「上手い事言ったつもりか? ほら、さっさと行くぞ」
揶揄うようなイルシアに呆れたのか、ルベドは彼女を抱え上げる。
「うひゃー」
逞しい腕に抱きあげられ、服越しに温かな感覚と毛並みが伝わってくる。むず痒いような気持ちになったイルシアは、奇妙な声を上げて顔を伏せる。
「しっかり捕まってろ」
いつもよりもずっと近い場所から、ルベドの声が耳を擽る。やはりむず痒い気分になりつつ、イルシアは僅かに頷く。
忠告の後、バサバサと翼をはためかせる音が響き、そして勢いよく天に跳ねた。
「ぬわっ!?」
強烈なまでの風が顔面に吹き付け、イルシアは身体を固める。目をぎゅっと閉じ、ルベドの胸板に頭を埋める。
「アハハ! スゴイスゴイ!」
「スッゲェ! キットリンドヨリモ、ズット速イゾ!」
吹き付ける暴風に煽られているせいか、震えるような声で、されどいつものように元気に叫ぶオル・トロス。
陽気な蛇達に釣られるように、イルシアは風に耐えながら顔を上げて周囲を覗いてみる。
「し、死ぬほど早い……」
見えるのは、眼下のラーデルフィア海域が信じがたい速度で過ぎ行き、頭上の星々が尾を引く光景。幻想的といえばそうだが、不老不死とはいえ研究者――行ってしまえば一般人寄りなイルシアには、生身で味わうには少々重い光景だった。
「さ、最高位の飛行術式の十倍以上は速いなっ。さ、流石はルベドだよ……でも、その、ちょっと安全運転で――」
どうにかゆっくりと飛んでほしいと、心から思ったイルシアが遠慮がちに言うのと同時に、ルベドの身体が僅かに固まる。何かに感づいたように。
「――見えた。アレがカルネアス実験区か」
「ほ、ホントかい? 私にはまだ何も見えないんだが」
「俺の視力での観測だから、距離はあるぞ。到着にはもう少し掛かる。それより問題発生だ」
「何だい!?」
「恐らく敵の防衛システムと思われる術式を観測した。結界の類だろう」
そういったルベドは視線をラーデルフィアの彼方、夜の闇に覆われた先へと鋭く投げる。
「ま、不味いかもしれないね。少なくとも、上陸までは感づかれたくない」
「分かった。隠密裏に突破する。――そろそろ敵の結界領域に近づく。侵入するぞ!」
ルベドの宣言を聞いて、イルシアは小さく頷き彼と同じ方向を鋭く見据える。何があっても対処できるようにするべきだ。――初めて、共に肩を並べて戦うとなれば、猶更。
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