第103話 邂逅
「これは……」
施設内部に入ったイルシアとルベド。そこはホーエンハイム手製の兵器保管庫となっていた。
「グルルル……」
「くきゃ! くきゃくきゃ!」
恐らく魔導生物と思われる異形の生命体が左右、所狭しと並んだ、魔導仕掛けの牢獄に厳重に保管されている。目玉が大量にある獣や、あどけない少年や少女の顔を大量に生やし、場違いな笑顔と異様な笑い声をあげる怪物など、あまり趣味がいいとは言えない光景だ。
「なるほどね」
並ぶ生物兵器たちを眺め、現在のホーエンハイムが如何ほどの技術を持っているかを検知するイルシア。
「並みの錬金術師よりは、格段に上出来。でも、やはり生物練成に関しては私の方が圧倒的に上だ」
そう口にすると、イルシアはちらりと横に立つルベドを見た。紅く鋭い瞳を周囲に向け、油断なく施設を観察する自慢の最高傑作。健気に勤めを果たそうとする姿に胸を打たれそうになり――イルシアは本分を思い出し頭を振った。
「どれもまあ、それなりには出来ているが、あくまでそれなりだな。そのホーエンハイムってのは、ホントに腕の立つ錬金術師なのか?」
「……ああ。彼は現在の技術では不可能とされることに挑戦し、何らかの突破口を作るのが上手かった。私のように一つに終始することなく、挑める箇所があれば進んでいった。……これらの生物も、あくまで通り道なのだろう。或いは、轍の内にふいに生まれた水泡の類か」
カツ、カツと施設内を歩きながらホーエンハイムの思惑を想像するイルシア。五百年以上前でも、あの男の姿は思い出せる。それだけ記憶に残っているのだ。宛ら、傷を立てるように。
「……他人の心を量るのはどんな錬金術よりも難しい。これ以上ここにいるのは無駄か」
少し寂しそうに呟くイルシアを慮るように、ルベドが彼女の先を歩き振り向いた。
「――これだけの施設だ、職員はダース単位でいるだろうよ。誰か一人を捕まえて、ホーエンハイムについて聞き出そうぜ」
「そうだね……うん、そうしよう」
ルベドの提案を受け入れ、イルシアは思いを思考の彼方に追いやって、施設内の探索を再開する。
暫くホーエンハイムによる冒涜的実験――他人に言えた身ではないが――を眺めていると、唐突にルベドが動いた。イルシアの基礎身体能力では到底追えない速度でルベドが飛び――
「捕まえた」
そうして彼が物陰から言うのが聞こえたと思えば、ドスっと研究員らしき男が放り投げられて足元に転がってきた。
「ひっ」
彼は小さく悲鳴を上げ、尻餅をついたままルベドを見て後退する――が、イルシアの足にぶつかり動きを止め、ゆったりと振り向いた。
「……? いや……どこかで見たことが――っ!? い、イルシア・ヴァン・パラケルスス!!」
研究員はイルシアを見て暫し思い出すようにしていたが、すぐに思い至ったようで、戦慄といった様相を見せる。
「教科書にでも顔が載ってるんのかお前は」
「さあ? だとしたら、ちょっとむず痒いね」
茶化すようなルベドの発言に、イルシアは肩を竦めながら答える。じゃれ合うのも程々に、イルシアは屈みこみ怯える研究員に話しかける。
「ここの主任が、どこにいるか知っているかい?」
「しゅ、主任――? る、ルルハリル・ホーエンハイム主席開発長の事か!」
「そう……そうだ――ホーエンハイム。その男に用があるんだ。場所を教えてほしい」
会話の最中に、研究員のすぐ後ろに控えたルベドへ視線を向け、言葉の裏に僅かな脅しを滲ませる。逆らえば、恐ろしいキマイラに殺されるという意味を含ませて。
「っ……」
研究員は僅かに悩んだ様子を見せるが、すぐに頷いてペラペラと語り出した。――唐突に目前に現れた、死の恐怖には勝てなかったのだろう。
「ほ、ホーエンハイム開発長は、特別棟にいらっしゃることが多い!」
「特別棟――それは、どこにあるんだい?」
ホーエンハイムについての、更なる情報を問うイルシア。彼女の問いに対して、しかし研究員は僅かに迷った様子を見せる。
「で、出来得る限りの情報を提供するっ……だから、その――」
「無論、君が素直な対応をするならば、私の作品に手は出させないよ」
安心させるように――正直上手く演技出来ているかは自信がないが――言ったイルシア。それでもなお不安そうにイルシアと彼の後ろに控えたルベドを交互に見ていたが、拒否権など初めから無い事を察したのか、諦めたように立ち上がった。
「カルネアス実験区には……実験棟が四つある。ここがA棟で……ホーエンハイムがいるのが、特別棟だ。クリアランスレベル4以上の職員しか、立ち入るのを許されていない」
震える声を必死に抑えながらも、カルネアス実験区についてを語って見せた研究員。ふむ、とイルシアは頷いて更に質問する。
「クリアランスレベルとは、なんだい?」
「か、カルネアス実験区で働く職員は、それぞれ施設にアクセスできるレベルが決まっている。機密保持の為の措置だ。最高レベルは5――主席開発長のみがその座につく」
研究員はペラペラと、焦りながらも実験区の管理状態についてを語った。死の恐怖が彼にそうさせていたのだろうか。正直、ホーエンハイムがどこにいるかを聞ければよかったので、これより先は無駄なのだが、何かの役に立つかもしれないので、聞いておく――聞き流すことにした。
暫く聞き流していると、ようやく語り終えたようで、研究員は縋るような目でイルシアを見ていた。研究員を一瞥したイルシアは、ルベドに視線を合わせる。彼は「心得た」と言わんばかりに頷く。
「ご苦労。実に為になる情報だったよ」
イルシアは微笑みを浮かべて優しく語り掛ける。
「そ、そうかっ! で、では――」
冷や汗を流しながら、不安そうにしていた研究員が一転喜色満面と化す。しかし――
「もう用済みだよ」
冷厳、冷酷極まるイルシアの拒絶にも似た宣告を聞いた瞬間に、花が萎れるが如く恐怖へ変わる。
「ま、待て! 話が違うっ!」
縋るようにイルシアの足元に転がり、必死な様相で命乞いをする研究員。イルシアはそれを払い、懐から拳銃を取り出す。先ほどの警備兵が使っていた、大型の拳銃だ。
「ひぃ! 頼む、頼むっ!」
「私は『自らの作品に手は出させない』といった。この拳銃は、ここの兵士から鹵獲したモノ――何ら嘘にはならない」
「そんなっ! 嫌だ、殺さないでくれ!」
必死に縋りつく研究員を払い、イルシアは銃口を眉間に突きつけ――切り捨てるように引き金を引いた。
パァン、と乾いた銃声が異形の鳴き声が響く実験棟に響く。銃声に牢屋の怪物らが一瞬騒ぎ立てるが、すぐに興味を失い元の態度に戻る。
恐怖の表情を張り付けたまま、仰向けに倒れた研究員。銃弾の口径か、或いは術式によって強化されていた弾頭だったのか、一発で頭蓋を貫通し殺害していた。頭から血を大量に流し、ベッタリと赤い海を作り出す光景を一瞥し、イルシアは手に走る痺れに眉を顰める。
「っ……銃なんて撃ったの、いつぶりだろう。腕が痛いよ」
自分の記憶に、まともに射撃をした光景はない。昔、大帝国の研究員だった頃、護身用に銃を購入した時に、シューティング・レンジでレクチャーして貰った時以来だろうか。
慣れないことはするものじゃない。いつだかルベドが言っていた事が脳裏に過った。イルシアは拳銃を仕舞い、首を振る。
「その銃、持って帰るのか?」
「今の帝国の技術レベルを正しく識るには丁度いいサンプルだ。こんな遠い所まで来たんだし、土産の一つは欲しいだろう?」
そんな風にルベドと会話して、演技の疲れを癒していた時である。
「――結界の警告を聞いて来てみれば、おやおや。酷い事をするものですね、パラケルスス女史」
実験棟、二階の通路から手すりに手を当て、何者かがカツカツと床を靴底で叩く音が近づいてくる。
声は変わっていた。だがあのネットリと絡みつくような喋り方、そしてイルシアの名を呼ぶ際の癖、何一つ変わっていない。
「っ……!」
イルシアは弾かれたようにその声が響く方向を見上げた。手すりを掴み、イルシアを見下ろす影がそこにはあった。
「……久しぶりだね、ノストラム。いいや、今はルルハリル・ホーエンハイムだったかな」
ルベドが素早くイルシアの傍に近寄るのを察しながら、忌々しい名を口にする。
何となく、想像通りの姿だった。皺だらけの白衣。秀麗な癖に陰険な顔立ち。伸びた黒髪は一種の海草にも見える。
ホーエンハイム。今でも憎い、イルシアの大敵。
「今となっては、グランバルト帝国の主席開発長ですよ。イルシア・ヴァン・パラケルスス『"元"主席開発長』」
僅かな優越感を滲ませ、ホーエンハイムはそう述べる。その忌々しさにイルシアの視線は鋭くなる。
「ああ。君のお陰で、私は麗しの帝都を、大帝国の全てを焼かねばならなくなった。今となっては、一人のニンゲンだった過去など、なべて忌々しい思い出だよ。君のお陰でね」
「責任転嫁されても困りますね。アレは貴方の過失故のモノでしょう。まあ、多少は私にも非があるかもしれませんが――」
そういいながら、ホーエンハイムはイルシアの隣に立って警戒するルベドを見た。じっくりと、ネットリと眺めた後、気味の悪い粘着質な笑みを浮かべる。
「学びませんね、貴方も」
「……」
ホーエンハイムが何を言いたいのかを察したイルシアは、更に鋭く殺意さえ滲ませて睨みつける。そんなイルシアの視線を受けて、ホーエンハイムは飄々と振舞う。
「おお、そんな目で見ないで下さい。私にはまだすべき事があるのです、死にたくありませんからね」
「残念だか、そうはいかない。君には死んでもらう。あの時の報償としてね」
「言ったハズです。私にはすべき事があると。少しばかり足止めをさせてもらいましょう。貴方達が来たことは外部の結界で分かっていましたから、準備は容易かった」
ホーエンハイムがそう言い終えた瞬間、けたたましい警報が鳴り響き、軋むような音を上げつつ実験棟の全ての牢屋が解き放たれた。その瞬間、警報と共に警告のアナウンスが響き始める。
『――クラスA収容違反を検知。クラスA収容違反を検知。セキュリティ・プロトゴルに基づき、鎮圧終了まで、実験区全域を封鎖します』
無機質な女性のアナウンスが響き、魔力がカルネアス実験区の天を覆った。外を見てみれば、まるで檻のように、カルネアス実験区を結界が覆っている。
「逆結界による封鎖かっ」
内部の情報、及び実験生物が逃げ出さない為の措置だろう。実験棟の怪物を解き放つのは、このカルネアス実験区においても異常事態なのだろう。それを一人で行える点から見ても、ここはやはりホーエンハイムの庭だった。
はっとしたイルシアがホーエンハイムの方を見れば、彼は相変わらず苛立たしい笑みを浮かべているのに気が付く。
「ルベドっ!」
「承知」
イルシアの鋭い命令を聞き、ルベドがホーエンハイムに飛び掛かる。部分変異を以て異形の爪を生やし、目にも止まらぬ速度で斬りかかる。
だが、向こうも錬金術師。何の策も無く敵の前に姿を晒すような男ではない。当たり前のように自律障壁が起動し、ルベドの爪を受け止める。
「流石、あと数秒持てばいい方ですね」
障壁越しにホーエンハイムの余裕そうな声が響く。彼が言った通り、ルベドの爪は強力だ。ホーエンハイムの防御障壁を火花散らしながら、刻一刻と削り取っている。事実、数秒拮抗するのが精一杯だろう。
「ですが、十分です」
そういったホーエンハイムは、懐から取り出した何かを投げると、光に包まれ掻き消える。
「っ! 転移か!」
イルシアの焦りが証明するように、ホーエンハイムは消えていた。転移魔法を封じた魔導具、或いはアーティファクトだろう。
「すまない、取り逃がした」
降りて来たルベドがそう謝罪するが、イルシアはそれを手で抑止してから考え込む。
「――この逆結界は、外部への移動を封じるモノ。いわば巨大な牢獄だ。転移魔法による移動も例外ではない」
「でもヤツは転移したぞ」
「あくまでも、内部から外部へは妨害するのだろう。内部から内部――別の地点へ移動するのではあれば、阻害は働かない」
「つまりホーエンハイムは――まだカルネアス実験区にいると」
ルベドの言葉に頷いたイルシアは、先の研究員から聞いた場所があると思われる方向を見据える。
「特別実験棟――ホーエンハイムは恐らく、そこにいる」
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