第97話 グランルシアのイルシア《前》
まえがき
ご無沙汰しております。遅筆で申し訳ございません。
拙作を投稿し始めてもう一年になります。これからもよろしくお願いします。
「どういうことか、聞かせて貰おうか?」
人形達の創造主。その所在を知っているかのような発言をしたヘルメス。当然、先が気になる情報だ。
ぶっきらぼうに続きを促すと、ヘルメスは静かに口を開き――
「ヘルメス、それは……」
何かを察したアインが、ヘルメスを止めようとする。が、彼女はそんなアインを手で制止して口を開く。
「先の戦闘観測から分かる通り、帝国は聖国に有利な点が多々ある。対して聖国は核熱魔法や聖遺物による大火力の一発芸が限界――。つまり、帝国を間引いておかないと不味い状況に成りかけている。そうは思わない? アイン」
「………そうだな。ふん、お前の言う通りだヘルメス。ここまで来て、聖遺物の契約者につまらぬ死に方をされても困る」
「だったら、怒り心頭なコイツに、人形共の親玉を始末してもらうってのは、丁度いい間引き方だと思わない? 帝国の技術力は、カルネアス実験区に依存している。再起不能にすれば、残りの手札はあの艦隊と自前の軍隊だけ。それだけなら、アズガルドも、それなりに苦しんだ上で勝てるハズよ」
ヘルメスの言葉を聞いたアインは、顎に手を当て暫し考えた後、静かに頷いた。
「いいだろう。お前の提案を採用する、ヘルメス」
それを聞いたヘルメスは満足そうに頷き、俺を見上げてくる。
「というワケだから、アンタに今から例の存在についての情報を共有するわ」
「……その物言い、知っていて見逃してきたのか? まさか、人形共についても知っていたのか?」
「ナイジョバナシ、キライキライ!」
「情報ノコーヘーナ開示ヲシロ!」
今まで一連のやり取りを見守っていた俺は、満を持して疑問をぶつける。思わず語気を強めながら。
俺がイルシアの命令を受け、マーレスダ王国を滅ぼすべく行動したのはタウミエルも知っている。そして、何故イルシアがそのような命令を下したのかも。
ホムンクルスを用いた兵士の研究。それはイルシアにとっての地雷だった。
……いや、秘匿していた理由については何となく想像がつく。イルシアがホムンクルス兵士の研究について知ってしまえば、暴走して俺を使い攻撃に走る。戦争の趨勢を御しておきたいタウミエルからすれば、邪魔でしかないのだろう。
――納得は行く。理解も出来る。得心すらした。感情は埒外にせざるを得ないが。もっとも、仲間に情報を隠していたという不誠実さは、どうしようもないが。
そう考えて、俺は思い直す。
コイツらは、別に仲間でもなんでもない。神という理外の力に惹かれた共犯者であり協力者。結びつけているのはその一点のみであり、絆等というものは一切ない。
それに気づくと、倦んでいた気分が僅かに晴れた。俺が想うべきは、やはり主人ただ一人であり、その他はどうでもいい存在なのだと、再認識出来て。
「……ええ、まあね」
俺の問いに、果たしてヘルメスは肯定した。やっぱりか、と口の中で転がすように呟いた後、続きを顎で促す。
「……申し開きする必要は?」
「無い。さっさと情報だけ寄こせ」
「――分かったわ。アタシ達が知る限りのことを伝える」
――カルネアス実験区。グランバルト帝国の特務機関。魔導開発部の中でも秘匿性の高い機密研究を行う施設。帝国領内の離島一つを丸ごと研究施設として使用している。
その施設の実質的支配者、主席開発長のルルハリル・ホーエンハイム。その男こそ、現在戦場に投入されているホムンクルス兵士の開発者だという。
「――ルルハリル・ホーエンハイム……いえ、ホーエンハイム家は帝国の魔導兵器の発展に著しい寄与をしてきた家系。帝国の魔導兵器の歴史の六~八割は、ホーエンハイム家の功績といっても過言じゃないわ」
「そこまでとはな。一つに依存するのは危険だと思うが」
「だからこそ、ホーエンハイムを潰せばグランバルト帝国の魔導開発は殆ど停止する。今以上の兵器がアズガルドとの戦線に現れる事は無いわ」
「……」
ヘルメスの言葉を聞いて僅かに考える。
ルルハリル・ホーエンハイム。現在帝国の主力となっている魔導兵器の殆どを開発したという、謎多き技師。その技術力は、タウミエルからしても端倪すべからざる、と言わざるを得ないという。
技術力は兎も角、発想の突飛さ……新たな技術を開発する第一歩――つまり、
異様な存在であるホーエンハイム。兎にも角にも、ようやく開示された情報を主に伝え、攻撃を敢行する許可を仰がねば。
「分かった。では以下の情報をイルシアに伝え、再度許可を得た後実行する」
「……………ええ」
小さく暗く同意するヘルメスに背を向け、俺は今度こそケテルの間を去った。
……邸宅に戻った俺は、真っ直ぐにイルシアの研究室へ向かう。薄暗い研究室の中には、相変わらずイルシアがいて、妙な実験に精を出していた。
「タダイマー!」
「戻ッタヨ、戻ッタヨ!」
「おや、もう戻ったのかい。いつも私の世話ばかりしているのだから、もう少し楽しんで来たらどうだい?」
蛇共が騒ぎ、俺が帰宅したことに気づいたイルシアが、作業の手を止め振り返り、優しく微笑んで語り掛けてくる。そんなイルシアに向け、俺は肩を竦める。
「別に、あんま面白くないからいいよ。あんなとこ見て回っても」
「そうかい? それは残念だね――」
「――それより、報告するべきことがある」
俺はイルシアの言葉を待たずして火急の情報がある事を示す。俺の様子から真剣な雰囲気を感じ取ったのか、イルシアは真面目な顔付きになり向き直る。
「ただならぬ雰囲気だね。聞かせて貰おうか」
「……実は、マーレスダ王国に存在していたホムンクルス兵士に似た兵器が、帝国によって戦場に投入された」
俺が伝えた情報は、イルシアを驚愕させるのに十分だったようだ。まず目を見開き、次いで鋭く変え、そして歯を食いしばって見せる。
「………そうかい」
沈黙を保っていたイルシアが、ようやくといった形で絞り出したのは短く苦い言葉。その後顔を俯かせ、暫く黙っていた。
「……」
何を考えているか、彼女の作品たる俺でも所詮他人。思考を窺い知る事は叶わない。この身に備えられた異能を以てすれば、それを歪められるだろう。だがそれは従者、そして道具のすることではない。俺の役目は、彼女の望みを叶える事、それだけだ。
「……分かったよ。詳しく教えてくれるかい?」
暫くして、イルシアは顔を上げると俺に話の続きを求めて来た。彼女の表情はいつもと異なり、真剣――そして僅かな怒りが滲んでいた。
一度目、マーレスダ王国の歌姫についてを知った時よりはだいぶ落ち着いているが、彼女が怒りを抱くという事自体が非常に珍しい。
「ああ。レン高原での会戦時、対聖国用の兵器として帝国が使用したのが、ホムンクルス兵士だ。マーレスダ王国の時のように、呪歌を行使していた」
「……マーレスダ王国の消滅によって、魔人兵に関しての研究はなべて消えたと考えていたが、甘かったようだね……」
顎に手を当て、考えを纏めながらそう呟くイルシア。魔人兵――それがあのホムンクルス兵士の名なのだろう。思い返せば、例の王国の研究所にあった資料にも、似た固有名詞を発見したような気がする。
「その――魔人兵とやらを鋳造したと目されるのが、帝国の特務機関『カルネアス実験区』の所長、主席開発長のルルハリル・ホーエンハイムだそうだ」
ルルハリル・ホーエンハイム。その名を告げた瞬間、イルシアの動きがピタリと止まり、大きく目を見開いた。
「………覚えが、あるのか?」
劇的な変化だったため、思わずそう問わざるを得なかった。俺の質問で我に返ったのか、イルシアは視線を投げると、静かに頷いた。
「ホーエンハイム、という名前にはね。……浅からぬ縁があるんだ」
万感の思い、とでも言おうか。溜息交じりな形でそう呟くイルシアの表情は複雑だった。悲しそうでもあり、どこか怒っているようにも見えた。特筆すべきは、そこに喜びなどのプラスの感情は見えない事だ。ホーエンハイムなる存在は、少なくともイルシアにとって善い者ではないのだろう。
俺の予感は、恐らく正しかったのだろう。
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