第96話 人形の因果

 カダスに撤退した聖国軍を追うように、帝国軍の機械軍団は進軍していく。歩兵に戦車、自走砲から魔導戦艦。多くが聖国軍を追い詰め狩り殺すべく、奔走する。


 レン高原を覆っていた〈領域魔素干渉機〉の妨害は既に途切れている。試作機ということもあり、効果時間はそう長くない。

 だが、魔法を失った影響は大きく、使えなかった間に聖国が受けた損害は凄まじい。魔法が復帰したことで、撤退は順調に進んだが、陣地での本格的な再編等を行わねば不味い状況には変わりない。


「連中、カダスに籠るようですね」


「ああ。……城攻めとなれば、こちらもそれなりに消耗する。ここはアズガルド領内、ビフレストの時のようにはいかないだろうし」


 旗艦ヨハネより眼下のカダスを見下ろすリヴィト准将は、努めて冷静に判断する。

 聖区カダス――大きな城塞都市のように見えるその場所は、中央に城のような古代遺跡が聳え立つ。

 カダス山なる山そのものが遺跡であり、その古代遺跡の城を中心として、その城が造られているのと同じく縞瑪瑙で城壁が建っている。上空から見れば、城壁が幾何学模様を描いているのが分かる。

 

 カダスの古代遺跡は、太古の儀式場としての機能を持つらしく、その増幅の為に城塞を魔法陣の形に構築している。儀式場としての機能までは情報にないが、ビフレスト以上の魔術的能力を備えているのは明白だ。


「古代文明頼りとは情けないな」


「ですが、侮れませんよ」


「分かっている、油断するつもりなど毛頭ない」


 口では聖国を小馬鹿にするものの、この旗艦にいる中でかの国の恐ろしさを最も知っているのも、またリヴィト准将だ。

 

「生身で魔法を使う化け物共だ。警戒など、してもし足りない。古の文明より神秘を引き出すとなれば、猶更な。故にこそ、アレを使う。消耗を少なくするのにも効果的なハズだ」


「ホーエンハイムの兵器……その中でも、あの薄気味悪い代物ですね」


「ああ、聞いた話の半分でも本当なら、こういった場面では十全に働くだろう」


 指揮官として考えるべきは、旗下の兵士を高効率で運用し損害を少なくして、敵軍を打ち破る事。

 であれば、ワケの分からない兵器など早々に使い捨てるのが良い。仕組みの分からない、どれだけ期待できるかも知れない武器よりも、使い慣れた銃や戦車の損耗を少なくするのが良策だろう。


 だからリヴィトはそれを使った。

 どんなものかは聞かされている。顔は顰めたし製作者を嫌悪もした。だが、リヴィトは軍人だ。それがどのようにして生み出された武器であろうと、兵士達を徒に戦わせる必要が無くなるのであれば、使う。

 その結果、祝福されざる命が消えるとしても、それを埒外にして。




 ――中空の移送艦より、ヒトのようなモノが投じられる。

 それは大量であり、雨の様に高原に振り落ちる。バサリバサリと、積もった雪に落とされていく。

 落ちてから暫くして、もぞりと雪の中から起き上がる。

 

「……ぁ、ぃ」


 小さく呻き声を上げて、その「ナニカ」は立ち上がる。

 それは少女だった。死人めいた肌にボサボサとした長髪、到底生きているとは思えないそれは、幽鬼のようにフラフラと動く。


「……アレは、何だ?」


 カダスの中より外部を窺っていた聖国軍兵士の一人が、当然の疑問として呟く。明らかに異様な存在故、不気味さや恐怖よりも疑問が先に出たのだ。

 

「ぁ……ぃ……ガァ……」


 それは、呻きながらゆったりと顔上げた。――暗い、いや、昏い眼窩がカダスの黒い山を見上げる。

 

「……き、気味が悪い――」


 カダスより観測魔法でそれを見つめていた兵士は、率直な感想を恐々と呟く。アンデッドとは違う、生に異常な理で縛られた異形の存在と認識した故の恐怖。

 少女の皮を被った怪物は暫く胡乱に頭を振っていたが、唐突にピタリと、ゼンマイが止まった仕掛け人形のように止まる。


「……」


 観測をしている兵士は、ゴクリと唾を飲み込む。奇怪極まりない怪物の挙動の変化――止まったというより、嵐の前の静けさに近いモノを感じたからこそ、緊張した。

 そして思い起こす。こうして眺めている暇があるならば、警戒を促すべきだと。


「――おい、あそこに妙な……」


 だから声を上げた瞬間に、ガバリと痙攣的な挙動でカダスの山、果ての城壁、中にいる兵士を見据えて来た。

 

「ひっ!?」


 昏い眼窩と視線が合う。飲み込まれそうなほどの黒に恐怖を覚え、情けない声を上げた。……その瞬間、


「アァァァァァァ!!!!!」


 少女の怪物は、劈くような絶叫を上げた。絶叫をトリガーに、少女の大口より魔法陣――術式が展開され強力な魔力が集い、凄まじい衝撃となって聖区に激突する。


 ズガン、という骨身にまで染みるが如き轟音と共に、縞瑪瑙で造られた城壁に罅が入る。一拍おいて、断続的に、宛ら嵐の如く衝撃が城壁を打ち貫く。

 

「な、何が――」


 兵士が最後に見たのは、カダスに集まり見上げる夥しい数の少女。

 まるで合唱でもするかのように、彼女らは叫んでいた。




 

 



 ◇◇◇







 それは、確かにこの手で滅したハズの姿だった。

 主たるイルシアの憤怒によって、俺が代行して滅ぼしたハズの姿だった。

 

「……」


 自らの命と、愛した少年と、そしてその他大勢を秤にかけ、結局愛を選び愚かにもそれ以上を望んで破滅した少女と、よく似た姿。

 心臓たる賢者の石エリクシルに、今もなお蠢く因子が告げている気がする。「――許すな、滅ぼせ」と。


「……」


 これは運命なのだろうか。

 因果律、なんて単語が脳裏に過る。イルシアに生み出されたのが運命ならば、ある少女の滅に関わった俺にもまた、因果が付きまとうのだろうか。


 ……いいや、これ以上馬鹿げた思考を続ける必要はない。そしてあの少女に憐憫を抱いているワケでもない。

 ただ、アレを思い出すと、否が応でも自らが道具である事を自覚する。自らの内から来る覚悟や自覚からではなく、奇妙な感覚からの確認を以て。


 それは、ヒトであった過去の残滓なのかもしれない。忌々しい、恨んですらいる、ヒトであった過去の。


「ルベド君、どこへ行くつもりだ?」


 気が付けば俺は席を立っていた。その事について、アインに鋭く問われた俺は暫し考え、やがて答える。


「無論、アレらを滅ぼし、創造者も殺す為だ。俺はイルシアにその命令を受け、故にマーレスダ王国を襲撃した。命令が完遂されていなかったのであれば、やり切るまで行うのが責務というもの」


 至極当然の理論を語り聞かせると、アインは秀麗な顔を顰めた。


「待て。あの戦場に介入しようというのか? それは絶対に許されない行為だ」


「知るか。俺の主人はイルシア・ヴァン・パラケルススただ一人。彼女の命令は絶対遵守が原則。契約の履行と同じく、ごく当然の理に過ぎない」


「ちょ、ちょっとアンタ! 待ちなさいよ!」


 アインとヘルメスが止めようとして来るが、構う事なく転移陣に向かって歩き出す。俺の脳裏には、どうやって高原の人形共を殺すか、そして創造者をどう特定し始末するかのみが巡っていた。


「戦イカルベド?」


「いいや、唯の蹂躙だ」


「デモ、身体動カセルンダロ? 楽シミダナ!」


 軽口を叩くトロスに適当にあわせ歩いていると、前方にヘルメスが立ちはだかる。何かを覚悟したような顔で、僅かに焦ってもいた。


「……何のつもりだ?」


 自身ですら自覚出来るほど冷え切った、冷徹冷酷冷血極まった声音をヘルメスに投げる。気圧されたのか、彼女は一筋の冷や汗を流しつつも俺を睨む。

 

「俺の創造主の命を妨げるというのならば、お前であっても容赦はしない」


「っ……待ちなさい。いい、良く聞くのよ。どうせ、あの戦場に投入された『彼女』らは、アンタが手を下さずとも死ぬ運命にある。なら……アレの創造主を殺す為に、力を割いた方がいいと思わない?」


 思わぬ発言に、俺はピクリと反応する。俺の瞳を真っ直ぐに見上げるヘルメスには、僅かな恐怖と、それを超える絶対の自信が窺えた。

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