第95話 観察者たち
セフィラの塔に辿り着いた俺は、中に入り早速とばかりにケテルの間に向かった。
「うーっす」
相変わらず陰気で陰湿そうなケテルの間に入った俺は、取り合えず適当に挨拶する。中央の円卓、上座にはやはりアインが座っていた。
「何をしに来たのだ、ルベド君」
ケテルの間に来た俺を見てアインは露骨に面倒臭そうな表情になる。失礼すぎるだろ。
「用がなきゃダメなのか? 心が狭いんだな」
「ダメではないが、君はあまりここが好きではないと思っていたものでね」
「まあ、好きじゃないのは事実だが」
適当にアインと会話を交わしながら、俺は円卓の玉座に座る。やたらアインにシャーシャーと威嚇するトロスを窘めつつ、俺は頬杖をついた。
「ここに来たのは暇だからだ。アンタが何もすんなっていうから、暇で仕方ないんだよ」
「そうか。それは結構な事だ。何せ君がしっかりと命令を守っている証拠なのだから」
俺がちょっとした皮肉で意趣返しでもしてやろうかとすれば、このにべもない発言である。とことん馬が合わないな。
「そう、アンタのお陰だ。暇で暇で仕方なくてもう死にそうなんだよ。だから外界の様子でも見ようと、この陰湿な場所に来たんだ」
「ああ言えばこう言うんだな、君は。まあ丁度いい、これからヘルメスも招いて外界観測の時間を設けようと思っていた所だ。そんなに暇なら参加していくといい」
適当な言い草だが、一応許可は取れた。俺は一つ頷いて、ヘルメスが来るまで待つことにした。
「シャーッ! シャーッ!」
上座に座るアインに滅茶苦茶威嚇しまくるトロス。先ほどからアインの悪口を言いまくっていたのに、直後顔を合わせる事になったのでご立腹なのだろう。
まあ俺もコイツは正味そんな好きじゃない――つーか嫌いだけど、ここまでシャーシャーしなくてもいいんじゃないか?
「ククク、そう怒るなよ。そんなにオレが嫌いか?」
「嫌ッテ当タリ前! 自分ノソコーヲ思イ返セ!」
相変わらず癇に障る薄笑いで、ギャーギャーと叫ぶトロスを小馬鹿にするアイン。
自分の素行を思い返せとかトロスは言ってるが、コイツがここまで怒る理由はあったか?
と思って、アインの素行を思い出してみると、
・旧知の仲とはいえ、イルシアに馴れ馴れしく普通にムカつく。
・やたらと俺をハブりたがる癖がある。
・容姿とか居る場所とか役職とか怪しい要素が多い。
――あったわ。十分あるわ。何か羅列するとムカつきが込み上がってきたな。
そんな事を考えていると、
「る、ルベド君。彼を……この蛇を何とかしてくれたまえ……」
「シャー! シャァァ!!」
バチクソにキレまくったトロスが、アインの顔面に嚙みつこうとしている数秒前だった。アインは引き攣った微笑みを浮かべながら、トロスの首根っこを掴みどうにか遠ざけようとしている。
しかし聞き捨てならんな。アインは絶対に間違えてはいけない事を間違えている。それだけは正しく訂正せねば。
「アイン、トロスは女の子だ。二度と間違えるなよ」
俺の訂正を受けて、アインの表情は驚愕へ変じる。酷い間抜け面だな、ちょっと溜飲が下がったかも。
「なっ!? 君の一部だろうが! 性別とか関係ない――」
焦ったアインの不用意な発言を聞いて、シャーシャー威嚇するトロスが更にキレ始める。今にも首筋に喰い付きかねない勢いでアインの手を払おうとウネウネと動くトロス。まあ当たり前だな、自分の性別を間違えられて嫌な気持ちしない奴は少ない。
「どっからどうみてもトロスはレディだろうが。失礼だと思わないのか? この陰湿キモ笑い変質者が」
「君の方がよっぽど失礼なんだが。世の中には言っていい事と悪い事があるんだぞ」
そんな下らないやり取りを続けていると、ケテルの間の転移陣が作動し、光の中から疲れた顔をしたヘルメスが現れた。
「ごめん、遅れた――って、んでアンタがいんのよ。……てか、何やってんの?」
入ってきたヘルメスは、トロスに噛まれそうになっているアインを見て困惑しているようだ。
まあ、いきなりこんなもん見せられたらそうなるのも理解できる。
「アインがトロスのこと彼とかいうから」
「はー、成程ね」
俺から事情を聞いたヘルメスは、ジト目でアインを眺める。ヘルメスはオル・トロスガチ勢なのでさぞ許せないだろう。
ヘルメスの視線を受けたアインはやるせなさそうな顔をしてトロスを払った。
「……それで、何でアンタがここに?」
「暇なんで、外界の様子を見に来たんだ」
「アタシへの当てつけか何か?」
「何でそうなるんだよ」
俺の隣に座ったヘルメスは、未だ眠りの最中であるオルを撫で、トロスに視線を向けるが、まだキレ気味な彼女を見て触るのは諦めたようだ。
「まあいいわ。さっさと始めましょう」
「そうだな。では――」
少し疲れた顔をしたアインが頷くと、円卓の中央に魔力の輝きが収束し、水面に浮かぶ影のように外界の様子が投影され始めた。
「今から移すのはレン高原、帝国軍と聖国軍が現在進行形で戦っている場所だ」
アインがそう説明するのと同時に、観測が始まった。
……移り始めたのは白い雪原。鋭い吹雪に覆われた白銀の世界、如何にも寒々しい光景だ。
「レン高原は霊脈の影響を強く受けてるから、こんな感じで真っ白なワケ」
「ほーん」
「ナンカ白バッカデサミシイ場所ダナ」
「トロス、お前にしてはまともな感想だな」
海を初めてみた時はあんなに燥いでいたトロスも、投影越しに見る雪原はそんなに好きじゃないらしい。
これは予想だが、実際に足を運んだらまた小うるさく騒ぐだろう。雪に顔突っ込んだりして。
「む、見ろ、例の兵器だ」
アインが指先で指したのは、雪原の空を飛ぶ巨大な戦艦。明らかに時代錯誤且つ世界観ブレイカーな見た目は、やはり異質という形容が適切と思われた。
「空飛ぶ戦艦……そんなんあったな」
主に前世の創作物に。
正味前世の知識はだいぶ曖昧になっているが、その作品についてはどことなく覚えていた。
「そう、アレが帝国の新兵器だ。――脅威だな」
俺の発言をどう思ったのか、アインは頷きながら暗い顔をした。
イケメンなので、暗い顔をしていても様に成る。ちょっとウザいな。
「そうか? あんなんただの鳥みたいなモンだろ。
アインの懸念……ニンゲンの帝国が作り出した飛行兵器。確かに、アレを相手取る聖国なる国はかなり苦戦している様子だが、俺がアレと戦うとなれば余裕極まりないだろう。きっと、他のタウミエルのメンバーも同じく容易く撃ち落せるハズだ。
「全く、短絡的且つ楽観的すぎるな」
そんな俺の考えを短い発言から悟ったのか、アインは大袈裟に溜息をついてから肩を竦めた。
「確かに、我々セフィロトからすれば問題にならない。……今の所は、という但し書きがつくがな。そう、その但し書きが問題なのだ」
少し遠回しな言い回しをするアインに、俺は首を傾げる。今問題にならないならいいんじゃ――いや、そうか。
「要するに、目覚ましい技術力の発展が問題って事か」
「そうだ。なんだかんだ言って分かっているな、ルベド君」
上から目線で俺を褒めたアインは、再び円卓に投影されたレン高原の戦闘観測映像を見る。
「この映像だけでは分かりにくいが、帝国は他にも様々な魔導兵器を用いているようだ」
そういったアインがヘルメスに目配せすると、彼女は咳払いをしてから語り出した。
「現地に潜入させている情報部の草によると、大規模な対抗術式の発動が確認されたそうよ」
大規模な対抗術式……?
「対抗術式って――」
なんだっけ、と言おうとした瞬間に俺の検索エンジンが起動し情報を提示する。
対抗術式、或いは対抗魔法。その名が表す通り、術式に対抗するための魔法だ。敵が展開した術式にゴミ情報を送りつけて妨害したり、一定空間内に術式詠唱を飽和させて魔法を封じたりとか、そういう系統だ。
「……妨害魔法か」
「そうよ。レン高原、ほぼ全域を覆うように展開されている。ここまで大規模なのは、異常と言わざるを得ないわ。
「魔法を封じられた聖国軍兵士など、烏合の衆に過ぎない。見ての通り、蹴散らされている」
確かに……映像を見てみれば、ワケも分からず帝国軍に虐殺されている聖国の聖職者らが映っている。少し前、帝国軍の要塞都市を戦術核紛いの元素魔法で吹っ飛ばした連中とは思えない有様だ。
「魔法が無きゃ、本当にただのニンゲンだな。……おい、何だアレ」
映像には新たな兵器が映し出されていた。空を駆ける鎧姿の巨人。右手に機関銃らしきモノを、左手に大砲のような武装をしている。まるで……ロボット兵器だ。
「スッゲェ! アレモ、ヘーキナノカ!? ヘーキッテ、ヒトガ乗ルモンナンダロ? オイラ達モ乗レルノカ!?」
興奮するトロスを手で撫でて宥めつつも、俺は宙を飛ぶ鉄巨人を見据えていた。
「あんなモンまで……確かに、あの技術力は面倒事の匂いがするな。――今の今まで放置してたって事か?」
言外に、技術力がセフィロトに追い付くほど帝国を放置していた事を問う。それを聞いたアインは憂鬱そうに首を振った。
「忌々しいが、せざるを得ないんだよ。聖国には魔法が、聖遺物が、勇者がある。殆どの聖遺物が聖国に集っている。故に聖国に戦争で経験を積ませ、覚醒を促すのが目的。――なれば、壁は高くなければならない」
そのために、帝国の技術力発展を座視せざるを得ないのだ、とアインは結んだ。
「帝国人は魔法への適性はおろか、魔力さえ乏しい連中も多い。魔力無しでも使える、魔導兵器が無いとまともに戦えないのよ」
「牙の無い獣では、経験値にはならないって事か」
「そーゆーコト。まあ、しょーがないのよ」
それに、この戦争で帝国が消えれば、危険分子も一緒に無くなるから一石二鳥ね、とヘルメスは言った。
「成程なー」
そうして中身の無い相槌を打った俺は、一方的な蹂躙が繰り返される戦場を眺めていた。
いつの時代、どの世界でもこうしてヒトが争うのは変わらない。
何となく、憮然とする景色だった。
「連中、いよいよカダスに攻め入るみたいね」
どこかアンニュイな気分になっていると、ヘルメスが先ほどまでの退屈そうな声とは違い、多少期待が籠ったような声音になった。
見れば、帝国軍が奇妙な巨城(?)に攻め入ろうとしているらしい。黒い縞瑪瑙で造られた城壁が印象的な、城塞都市――なのだろうか。
「聖区カダス。聖地にして首都ヴァナヘイムに至る為の巡礼の道、レン高原にある古代遺跡を用いて造られた聖区。巡礼者はここで最後の休息をとってから、ヴァナヘイムへの道中を進むとか」
「古代遺跡ね。城壁とか城とかがキモい材質なのは関係あったり……」
「高原の特殊な地層から切り出された縞瑪瑙だ。霊脈の影響、そして縞瑪瑙という鉱物そのものが持つ特質故、強固で特異な城壁になっているそうだ」
ふーん、そうなのか。キモい城に攻める、胡乱そうな連中の映像を眺めつつ気の無い思考をする俺だが、帝国が新たなる兵器を投じたのを見て目を見開いた。
「アレは……」
「これは、ちょっと懐かしいモノを出してきたわね」
それが何であるのか、俺とヘルメスは良く知っていた。何せこの手で騒乱と混沌を巻き、そして破滅させた国にあった「モノ」だったからだ。
――白銀の刃が吹きさぶ高原の空を行く戦艦より、それは投じられた。
青白い肌は生気がなく、されど腐敗とは無縁の死蝋の如き矛盾を見せる。瞳は昏く、落ち窪んだ眼窩からは一切の光はない。
所々違う、かつて見た「アレ」よりも洗練されている兵器。
だが、それがヒトの少女の姿をしている以上、見覚えしか感じなかった。或いは、その姿に奇妙な因果を覚えたのか。
異様な懐かしささえ感じた俺は、かつてこの目で死を見送り、そして死へ背中を押した
「レイアーヌ……」
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