第94話 暇なキマイラ
本当に、本当にお久しぶりですね。ほら、俺ですよ俺、
数ヶ月ぶりくらいですね。いかがお過ごしでしょうか。
セフィロトは相も変わらぬ光景が広がっています。既に六月だというのに、気候にも変化はありません。いつもと同じ穏やかな陽気、魔法で徹底的に管理された素晴らしい気候です。
「ルベド、ルベドー。オイラ達、モウズットブラブラシテルゾー。ヤル事無サスギテツマンナイゾー!」
セフィロトを散歩をしていた俺は、自分の尻尾たるトロスに文句を言われてしまう。その甲高い声によって、どこか遠くへ行っていた俺の意識は引き戻される。
「しょーがないだろ。セフィロトに居ろってアインが言うんだから」
ぶーぶー文句を垂れるトロスを宥めるべく頭を撫でると、あろうことかこのクソ蛇は俺の指に嚙みついてきやがった。
「このクソガキ……」
「ナーンデオイラ達ガ、アンナ陰湿ソーナヤツノ言ウ事聞カナキャイケナインダヨ! オイラ達ハイルシアノサイコーケッサクナンダゾ!」
ギャーギャーと喚くトロス。大変うるさく面倒臭いが、言っている事自体はむっと考えてしまう。
ご存知の通り、我々が過ごしている惑星ライデルのガイア大陸は、現在世界大戦の真っ只中である。外界ではワーワーと、凄い騒ぎになっているとか。
なるべくして起こった戦争ではあるが、セフィロトとしては適度に介入して勇者達の覚醒が促されてくれれば万々歳。ついでに人間達が疲弊してくれると嬉しい――的な感じで傍観を決め込んでいる。
でもぶっちゃけ、眺めているだけってのはダルいしつまらない。人間同士の戦争は展開が遅々としていて退屈だ。見ているとモヤモヤするのだ。俺ならすぐに片づけられるのに――といった具合で。
そんな俺の考えを察したのか、アインがやたらと釘を刺してきていた。
『いいかルベド君、この戦争の趨勢は今後の計画で非常に重要なファクターとなる。決して不用意な真似はしないように。絶対だぞ、いいか?』
あんまりにも念入りに釘を刺してくるから、フリか何かだと思ったぞ。
実際、「それはフリか?」と言ってみたら軽く引っ叩かれた。何故。
イルシアにもだいぶ強めに釘を刺していたようで、俺がそれとなく因子探索の話題を振ってみても「アインがダメというから今はダメかなぁ」などと言いやがる始末。
お陰で最近はやる事がなさ過ぎて、沸々とストレスが溜まっている。イルシアの介護は「義務」なので呼吸のように当たり前な行為だし、セフィロトを見回って各部署に顔を出し、ちょっかいをかけるのも飽きて来た。
「そうだな。なんでアインとかいう、陰湿男の言う事なんて聞かなきゃいけないんだろうな」
そのせいで、俺はついついトロスの言葉に同意してしまった。俺が同意したのが余程嬉しかったのか、トロスは目を輝かせてうねり始める。
「ダショダショ? ヤッパリオイラ達ハ一心同体! 考エテル事ハ同ジダナ!」
「それはそれでムカつくな」
明らかに脳みそのサイズが小さそうな蛇と、俺の思考は同レベルってコトなのか?
自分の事を頭いいと考えた事は無いが、ここまでバカだと思われるのは滅茶苦茶嫌だな。
「オルモ同ジ考エダゾ、キット!」
俺の発言をどう思ったのか、トロスはそんな事を言って隣の双子――オルに視線を向ける。
「……シュー、シュー」
まあ当のオルは寝てるんだけどね。双子の兄が自分の話に無関心だったのが気に食わないのか、トロスはムっとした視線になりオルをツンツン突き始める。
「オル、オ~ル~! モウ、ドーシテイッツモ寝テバッカナンダ!」
スヤスヤとしているオルを突いて騒ぐトロス。当然のように耳元で騒ぐので、非常に腹立たしい。常人なら頭がおかしくなって死んでも不思議じゃないな。
「気が狂いそうだ」
騒がしくするトロスから意識を逸らして、俺は周りの光景を眺める。
現在俺がいるのはセフィロトの魔法開発部。沢山の研究員が日々新たな魔法理論の開発に心血を注いでいる場所だ。
基本的に研究員がゴソゴソとしていてつまらない場所なのだが、たまに派手な魔法の実験とかをやっているので、それ目当てである。
面白い魔法なんかを開発したら、タウミエル権限で閲覧させてもらう。もしかしたら普段の任務とかで役立つモノもあるやもしれない。俺がセフィロトで時間を潰す際に行く場所の一つである。
「はぁ……」
……といっても、やはり門外漢な俺には退屈な場所に変わりない。折よく実験をやっている時なんかは、それは見ごたえのある光景なのだが。残念だが今日は実験の類は無いようだ。
このままここにいてもトロスがうるさいだけなので、帰ろうかな。でも帰ってもやる事ないしなぁ。
「欲求不満だ……」
そう、欲求不満。
皆さんご存知の通り俺は戦闘兵器だ。ので、当然だが戦闘や破壊、殺戮行為全般はモチベーションとして設定されている。偶にダルい時はあれど、基本的には好きなのだ。……戦いとか、殺しとかは。
にも拘らず、最近は外界の戦争のせいでどこにも行けず何も出来ずが続いている。もう割と限界である。
何でもいいので戦いたい、殺したり壊したりしたい――と、いうとかなりヤバい危険思想に染まっているように聞こえてしまうが、事実なので仕方ない。
そんな風に憂鬱かつ悶々としながら魔法開発部の日常を眺めていると、
「欲求不満ですか、我が神よ」
――俺のすぐそば、キスでも交せそうなほどの距離からダークエルフの女が、覗き込んできていた。
「うわキモっ」
思わず思ったことを口に出してしまい、ビクリと後ろに下がる。急に動いたせいで座っていた椅子がガタガタと喧しく騒ぎ立てる。
「これは失礼をば、偉大なる我が神、黒き終末の獣よ」
そんな俺を見て多少なりとも悪いと思ったのか、恭しい態度で深く一礼するダークエルフの女。見れば黒い布で目を隠している。
「出たなイカレ女。何してんだこんなところで」
ピクピクと動いてしまう眉を自覚しながら、俺はダークエルフの女に問う。
……とはいっても、彼女が何者でここで何をしているかは、知っているのだが。
彼女はブリューデ大森林に住んでいたダークエルフ、ヴァーテ族の族長である。俺がブリューデ大森林に「亜次元の悪魔王、ミゼーア」を因子目的で討伐に向かった際、何やかんやあって拾い、セフィロトで研究員として働かせている。彼女の多くの同胞と共に。
何故かは知らないが、このイカレ女は俺を信仰の対象と思われる「終末の獣」とやらと同一視している。そのせいで兎に角鬱陶しい。
曰く終末の獣とは、度々話題になる世界の新生の時代で、猛威を振るったヤバい化け物の事らしく、彼女はその時代に生きていた数少ない存在で、一目見た時から大好きになったとかなんとか。
……世界の新生って、五百年以上前の話だろ。俺はまだ生まれてから百年くらいだし、人違いでしょ。
そう言って、頼むから付きまとったりするのはやめろ、と言っても全く聞いてくれない。曰く、「御身の魔力を見間違ったりしない」とか何とか。話の通じない狂人というのは、いつでも厄介極まりない。
「それは勿論、この約束の地にて己が職務を全うしているのです、我が神よ」
相変わらず神格化コールが凄まじい族長だが、もうどうにもならない悪癖なのは理解しているので、何も言わずに嘆息する。
「それで――欲求不満というのは我が神よ、ワタシめに解決できることでしょうか!?」
俺が何にも言及しなかったのを良い事に、とんでもない事を言い出す族長。無駄に表情がキラキラしているのが腹立たしい。
「不遜な事と承知しているのですが……わ、ワタシに御身を、慰める役割を……くっ、想像しただけで下着が大変な事にっ……」
頬を赤らめ幸せそうにアホみたいなことを口走る族長。何を想像しているのか、自分の身体を抱きしめクネクネとしている。――想像もしたくないが。
「下着ガマズイッテ何? ドーイウコトダ?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
このままでは確実にオル・トロスの情操教育に悪影響なので、トロスの顔を手で隠しつつ俺は立ち上がる。
「アホな事言ってないで自分の仕事に戻れ、この色ボケ女が」
そう吐き捨て、俺は魔法開発部から足早に去る。もうここに来るのやめようかな、あの変質者がいるし。
仕方ない、もうやる事ないし外界の様子でも見るか。となれば、セフィラの塔の最上にいく必要がある。ケテルの間は、セフィロトでも最大の観測施設なのだ。
あそこへ行けば、必然的にアインと会う事になるのがあまり好ましくないが、これ以上ブラブラしていると暇に殺されてしまうので。
そんなワケで、俺はセフィラの塔に向かって歩き始めた。
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