第93話 レン高原、敗戦

 ――素晴らしい兵器だと思いませんか?


 いつだか、ホーエンハイムはそんな事を言っていた。


 ――完全武装型兵器、仮の名称ですが、一先ず〈カルネアス・アーマー〉と名付けましょう。……これさえあれば、誰であろうと英雄的力を得られるのです。


 ホーエンハイムの語り口は実に自慢げで、誇りすら感じられた。


 ――限られた存在が英雄と成るは必定。でも、そうではない者すら英雄に至れれば、未知の新雪を踏んだに等しい偉業でしょう。


 ……確かに、ホーエンハイムが言った通りにこの兵器は強力だ。この兵器を操作するクロード少尉は怖れと興奮を抱いた。


「なんて……威力なの」


 完全武装型兵器〈カルネアス・アーマー〉に共に乗り込んだ相方のミアは、眼下に広がる光景に恐れを多分に含めた顔を見せた。


 ――地上は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 聖国軍に向けて撃ち込まれた剣の大砲が引き起こした大爆発によって、カダス近くに展開していた軍は大打撃を被った。


 地面はお椀状に抉られたように巨大なクレーターと化し、未だ煙が上がっている。積み上がった雪が衝撃で罅割れ、多くのクレバスを作り出す。

 夥しい数の死体すら積み上がっている状態だ。魔法がジャマーで使えないのも、一層悲惨さを際立てる。


 ……完全武装型兵器〈カルネアス・アーマー〉――見た目は黒鎧の巨人であるが、その実情は戦車や魔導戦艦と同じ搭乗型の兵器である。

 人型にすることで、人の機能をヒト以上の能力で振るえ、かつ飛行も行い三次元的戦闘もこなす。操作さえできれば、誰でも英雄に成れるというコンセプトの下造られた、ホーエンハイム作の試作機である。


 いまだ試作機故、巨大であり動かすにも一人ではなく二人の操縦士が必要。だからクロードとミラが乗っている。完成したこの兵器は、もっとコンパクトな個人用兵装となる予定らしい。


 金属故の膨大な質量を持った、空すら飛ぶ巨人というだけでも十分な脅威だが、ホーエンハイムはこの巨人に武装を施した。――ニンゲン最大の特徴は、武装により要素を後付け出来る事だと言って。


 カルネアス・アーマーが持つ武装の中でも、最大火力こそが先ほど聖国軍に撃った剣の大砲――〈鉄杭〉である。


 霊脈と呼ばれる存在……星に流れる魔力の河が屡々起こす異常現象。その中でも、辺境都市ルシャイアのブリューデ大森林などで起こった「魔力爆発」に目を付けたホーエンハイムは、それを意図的に起こして兵器に転用できないか思案した。


 結果、この〈鉄杭〉が完成した。探査機で霊脈へ正確に「杭」を打ち込み、打ち込んだ箇所から異物となる魔力を注ぎ込み魔力の河を滞留させ――爆発させる。

 

 かつてルベド・アルス=マグナが、悪魔の王ミゼーアと大森林で戦った際に、ミゼーアがルベドに行った攻撃、それと理論は殆ど同じだった。


「戦線が崩壊している。この乱れに乗じれば、戦局を有利に運べるハズだ」


 魔法行使の妨害に加え、大規模な霊脈の爆発による死傷者多数。聖国軍は既に甚大な被害を被っている。このまま攻めれば、然したる苦労もなくレン高原での会戦を制することが出来るだろう。


『こちら旗艦ヨハネ、司令官のリヴィト准将だ。……どうやら作戦は成功したようだな』


 僅かな間思考に浸っていたクロードは、コックピットに入った魔導通信に意識を引き戻される。

 

「――こちらクロード少尉。……委細問題無く成功しました。このまま上空より追撃に移ります」


『うむ。我々も前進する。貴様らはそのまま遊撃に徹していてほしい』


 リヴィト准将との通信を終えたクロードは、暗澹とした溜息をつく。


「出来るだけ多くをこの兵器で仕留めないと、査定に差し支えるな」


「出遅れたら、ホーエンハイムに何言われるか分からないわね」


「そうだ。だから行くぞ」


 そういったクロードは、レバーを押し倒して〈カルネアス・アーマー〉を移動させ始めた。




 会戦開始から数十分。

 フレン・スレッド・ヴァシュターによる先制攻撃も空しく、帝国軍の新兵器〈領域魔素干渉機〉による魔法妨害で、聖国軍は魔法という最大の武器を奪われた。


 隊列の乱れ、戦場の混乱に乗じ更に新兵器〈カルネアス・アーマー〉を投入。カルネアス・アーマーに搭載されている特殊兵装〈鉄杭〉により、聖国軍最前線は甚大な被害を受けた。


 攻撃、防御、補助、治癒、指揮に至るまで全て魔法で行っていた聖国軍は、魔法を奪われた影響で死傷者が多数生まれても何もすることが出来ず、混乱するばかりだった。


 その乱れに乗じ、帝国軍を指揮するリヴィト准将は地上軍と第一魔導飛空隊に前進を命令。大量の機械化歩兵が戦線を築いて前進し始める。


「くっ、帝国の蛮族共――ぐぁ!?」


「信心なき愚かな――うがぁ!?」


 前進する魔導戦車を盾に歩兵が銃撃を行う。一切の反撃手段を奪われた聖国の兵士は、意味のない事を叫んで撃ち殺される。レン高原は瞬く間に鮮血で染まり、硝煙が渦巻く戦場へ変わった。

 

「前進せよ! 奴らが魔法を失った今こそ好機! この間に敵戦力を掃討する!」


 阿鼻叫喚の聖国に反比例するように、帝国軍の士気は最高潮に達していた。長く険しい行軍を経て、ようやく憎き宿敵たる聖国に喰い付くチャンスを得た帝国軍。士気が上がらないハズもない。


 結果、瞬く間に聖国は戦力を徒に消耗し、戦線を後退させ続ける羽目になった。聖区カダスを盾に撤退を始め、もはや事実上の敗北に等しい状態だった。


「不味いっすよ、不味いっすよ! 魔法が使えないんじゃどうしようもないっす!」


 驚くべき速度で蹂躙されていく聖国を上空から見て、律翼軍ヴィゾヴニルにして秘蹟機関所属のアルトは、翼竜ヒストの上で頭を抱えて慌てだす。

 当然、フレンも同じく頭を抱えて叫びたい気分だったが……


「……封じられているのは術式の展開のみで、魔力自体は使えるのか」


 秘蹟機関の勇者にして、律翼軍ヴィゾヴニル団長としては現状を正しく把握する責務がある。一先ず現在働いているジャマーの特徴を知るべく、魔法を使ったり魔力を流したりして見るフレン。そうしていると見えて来たジャマーの特徴を、考えを纏めるついでに語り出す。


「既に発動済みの魔法を消す事は出来ない、のか……帝国軍の魔導兵器にも干渉するから、ある種当然の配慮か。では、術式に依らず戦闘を行えば……」


 フレンは自らが携える聖遺物〈天破りの大弓フレースヴェルグ〉を眺める。帝国の最新兵器といえど、聖遺物を封じるには至らない。フレン自身は未だ戦闘が可能だ。同じく聖遺物の契約者たるアルトも。


「一先ず、撤退して態勢を立て直すのが先決か」


 やる事を明確に決めたフレンは、頷いて律翼軍ヴィゾヴニルの面々に向き直る。


「見ての通り地上軍は壊滅状態だ。撤退の為援護に移る。各員、非術式依存戦闘でカダスまで撤退!」


「「了解です!」」


 フレンの指示に頷いた律翼軍ヴィゾヴニルの面々。撤退に移る聖国軍。フレンはそんな中、鋭く帝国軍を見つめる。


「この借りは返すぞ、必ずな」

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