第92話 レン高原、燎原

 聖国の勇者、フレン・スレッド・ヴァシュターの攻撃を契機に会戦は開始した。

 

「――ちっ、馬鹿げた威力だ。この輝き、尾を引く流星のような矢。間違いなくヤツだな」


 旗艦ヨハネが展開する障壁に弾かれた「矢」を見て、リヴィト准将は苦々しく表情を歪めた。何年も前のイーファル戦役を否が応でも思い出してしまう。


「アレが、勇者……フレン・スレッド・ヴァシュター」


 矢が障壁に激突した光景を見て、副官は顔を引き攣らせる。素直な反応だ、例の戦役で初めて「アレ」を見た時、自分もこんな顔をしていたとリヴィトは思い返した。


「防御障壁、残存展開率31%――現在修復作業中です」


「二射目は耐えれんな。……移送艦に通達、例の兵器を起動しろ。反撃に出るぞ」


 リヴィトの厳格な命令を聞いて、副官は素早く実行に移す。


「こちら旗艦ヨハネ。第一移送艦へ通達する。『未知の欣求は成る』――」


『こちら第一移送艦。命令受諾、速やかに実行へ移す』


 ヨハネからの通達を受けた移送艦は、格納していた兵器を起動した。


 ……ルルハリル・ホーエンハイムが新たに開発した兵器、その名は〈領域魔素干渉機〉だ。効力は単純にして畏怖すべき力……干渉領域下での、魔法行使の妨害である。


 魔法を妨害、ないし無効化等を行う術式は存在している。無属系統の〈術式解体マギア・ディストラクション〉等を用いれば、無効化自体は可能。


 そう言った魔法は、展開している術式に相克する詠唱エンバグを送る事で対象を無効化している。この〈領域魔素干渉機〉は、その理論を利用している。


 そもそも魔法とは、「魔力」という世界を構築する最小単位にして、意志を伝達するエネルギーを用い、世界の法則を書き換える異能である。法則を変えるプロセスとして、詠唱やイメージ力での「意志の伝達」が行われているのだ。


 そして世界には二種類の魔力がある。「外的魔素マナ」と「内的魔素オド」である。前者は誰のモノでもない、世界に散漫するそれを、後者はヒト等生命、もっと広義に捉えれば物質の内にある魔力だ。

 ヒトが魔法を使う時、後者の内的魔素オドを消費する。基本的に、それ以外の方法はない。


 だがそれを覆す種族もいた。龍だ。龍は外的魔素マナを用いて異能を行使出来た。ルルハリル・ホーエンハイムはその特別な龍の力に目を付け、多くの技術を生み出した。


 ……星という巨大な自然に身を置く以上、ヒトも外的魔素マナの影響は逃れられない。自然そのものにすら干渉してしまうのが魔力だ。だから外的魔素マナに明確な異常が生じれば、そこにいるヒトもその煽りを受ける事必定。


 妨害兵器〈領域魔素干渉機〉は、一定空間の外的魔素マナに干渉して一種の巨大な術式とする。その術式内には大量のエンバグに満ちており、内部にいる魔導師はまともな詠唱はおろか、術式の展開すら出来ず自壊させてしまう。更には魔法との「繋がり」が深ければ、肉体の方にすら異常をきたしてしまうだろう。


 魔法を奪う兵器。聖国が恐れ、そして忌むであろう存在。それだけ魔法とは強力な異能であり、この世界ライデルには、あって当たり前の概念だった。





「なんで……どうして、どうして魔法が使えないんだッ!!」


「不味い、不味い……このままだと」


「ハーガンティ団長、我々はどうすれば!!」


 魔法という最大の武器を奪われた聖国軍主力、聖別軍レギンレイヴは阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。

 発動しないのに無意味に魔法を行使し続け、術式が自壊する度反動でダメージを負い頭痛に苦しむ者。

 身体の一部のようだった魔法という概念を奪われ、恐怖し焦る者。

 或いは上官に指示を仰ぐ者。神に祈る暇さえなく、混乱としていた。


 混沌としている聖国陣営を上から見下ろして、旗艦ヨハネの指揮官、リヴィトは愉悦的笑みを浮かべた。


「見える見える、未だ銃の一つすら撃っていないのに、混乱している狂信者共が。……魔法さえ無ければ、彼奴等はただのヒトだ」


「その通りですね、閣下。さて、あの者達に如何なる沙汰を下しますか?」


「決まっているだろう――蹂躙だよ。我ら帝国の英知と鉄と魔弾を以て、聖国に理性と知恵と教訓を叩き込んでやるのさ」


 リヴィトは大きく息を吸い込み、そして魔導通信を起動した。


「リヴィトだ、聞こえるか」


 通信の先は移送艦。そこで待機している軍人に用があるのだ。


『閣下、ホーエンハイム殿が持ち込んだ兵器はお気に召しましたか?』


 通信に答えたのは若い青年の声。ホーエンハイムが送り込んだ兵器に随行してきた軍人である。


「ああ、実に素晴らしい。……これの効力が効いている間に畳みかけたい。例の兵器は出せるのだろう?」


『無論です。すぐにでも出撃出来ます』


「それはいい。出撃せよ、すぐにでも追撃するのだ。その後、我々も前進する」


 リヴィトの命令を受けた移送艦の軍人――クロードは頷いた。


「――分かりました。聖国を粉砕して見せましょう」


 そういって魔導通信を切断したクロードは、隣に立つ女軍人――ミアに向き直った。


「許可が下りた。いよいよ出番だ」


 黒猫の獣人である彼は、ビロードのような毛並みの尻尾を振ってミアの背中を叩いた。

 

「ええ。……やれるかしら、私達に」


「やるだけだ」少し不安げなミアに、クロードはさっぱりと言い放つ。「ホーエンハイムに引き抜かれる前から、軍人として祖国の為戦うと誓った。携えるのが銃から妙な兵器に代わっても、やる事は同じ」


 クロードの鋭い水色の目が格納庫の扉を見据える。


「行くぞ。例のジャマーはそう長く持たない」


 クロードの言葉に、ミアは静かに頷いた。





 

 魔法を奪われ混乱の最中だった聖国が、更に混沌に堕とされる原因が現れる。

 空、旗艦ヨハネと同じくくらい大きな移送艦の格納庫が開き、中からナニカが落とされる。


「あ、アレは……?」


 頭痛を堪えていたフレンは、上空に飛行していたこともあってそれを真っ先に見た。

 帝国が魔導技術で強力な武器を作っているのは知っていた。だからフレンはそれを爆弾か何かだと思い、阻止すべく〈天破りの大弓フレースヴェルグ〉を構え――そして呆気に取られてやめてしまう。

 

「嘘だろう?」


 フレンが、聖国が見たのは巨人だ。

 黒い全身鎧を纏った、騎士のような巨人。巨人は右手に機関銃を、左手に馬鹿げた大きさの大砲を備えていた。

 巨人はその異常な大きさや見た目から伝わる重量感を無視するように、浮遊してレン高原の空に飛んだ。我が目を疑う非常識な光景だ。


「そうか、ふふ、船が飛ぶんだ、巨人くらい飛ぶだろうな」


 自嘲気味に笑ってしまうほどに、信じがたい光景だった。

 

「こ、今度は巨人が空飛んでるっす……第二席次よりでっかいっす」


 アルトが羽ばたく翼竜ヒストを撫でながら、目を丸くして巨人を見つめていた。他の律翼軍ヴィゾヴニルの兵士も同じく、驚愕していた。空を往く船より突飛なモノは出ないと考えていたのに、それを裏切られたからだ。


 そうして全員が驚愕で張り付けられていたのが悪かったのだろう。

 巨人が動いたのだ。――攻撃の為に。

 巨人は左手に携えた大砲を構えると、地上の聖国軍目掛けて撃ち放った。空気を振動させる轟音と衝撃波の後、内包された弾が聖国軍の只中に落ちた。


「……アレは、剣?」


 大砲に装填されていたのは、剣だった。それも異様にデカく異常な形をした剣。あの巨人が震えるほど大きく、柄と刀身がとても実用的とは思えない形をしていた、刀身は深く突き刺す為のような形で、柄は何かを詰める為に広く大きく造られているようだった。


 その「剣」が一拍の後、奇妙な駆動音を上げて魔力を発する。柄から刀身に魔力が伝い、地面に向けて注入される。


「何が、何が目的であんな攻撃を――」


 フレンはそういって思考する。敵を殺すだけならば、爆弾でも堕とせばいい。だかそうしなかった。実際、あの「剣」ではさした痛手は与えられていない。アレで死んだ聖国軍は数人程度で、混乱はあれど重篤な死傷者はいないように見える。


 では、何故、何の為に。――魔力が地面に伝い穿たれ注入されていく。地面には何がある? 雪だ。雪の下には土が。土の下には霊脈が――霊脈?

 

「霊脈……ッ!?」


 霊脈を思い起こした瞬間、フレンに酷く嫌な予感がした。そして思い出す――帝国の火山が霊脈の活性化で爆発し重大な被害を生んだ事件。或いは――ルシャイアが霊脈の魔力爆発で壊滅しかかった事件を。

 

「まさか――」


 答えに辿り着いた瞬間、フレンの視界を閃光が覆い尽くした。

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