第91話 レン高原、開戦
新生歴554年、6月――第一次レン高原会戦。
防衛戦等の戦闘はあれど、帝国聖国、両軍の大規模戦力が激突するのはこれが初めてであり、故にこそ会戦と称するのが相応しい。
未明、聖区カダスを背に布陣した
ずっと、ずっと先に見える黒く巨大な影。陽光を吹雪が遮るのが常のレン高原でも、巨大な何かが覆えば僅かな太陽すら隠してしまう。
影の正体は巨大な鉄の船だ。それも空を飛ぶ巨大な戦艦。帝国の魔導飛行船である。
その下に続くは大量の帝国の軍勢。魔導技術によって機械化された軍勢である。
「本当に、空飛んでる……」
その様子を見ていた秘蹟機関第十一席次、アルト・ヘイム・ダールスは呆然としていた。阿呆のように口を開け、ぼーっとしていたが、すぐに気を取り直して慌てだす。
「不味いっす、不味いっす! ホントに空飛んでるっす!」
癖毛をバンダナで覆う、鋭い犬歯を持つ少年。黒い法衣はやはり秘蹟機関の証だ。腰から骨、或いは角で作った横笛を提げている。
「グルル?」
慌てふためく主を見てか、鼻先で雪を弄っていた新緑色の翼竜が不思議そうな顔をして純真な目を向ける。
「グルル、じゃないっすよヒスト! お前よりもデッカイのに飛べる、おっかない鉄の獣が来るっすよ!!」
アルトは相棒の翼竜ヒストに、ワーワーと騒ぎ立てるが、当の竜は不思議そうな顔をして少年の頬に顔を擦り付ける。
「ぎゃぁぁ!? 鱗が冷たいっす!!」
雪に鼻先を突っ込んでいたヒストの顔を押し付けられたアルトは、大袈裟に喚いて後ろに倒れる。そんな有様を見て、天幕から現れたフレンは顔を顰める。
「アルト……」
「うう、顔が、顔がぁぁ……あえ、フレン団長?」
雪の中に背中から突っ込んで天を仰いでいたアルトは、厳めしく顰められた鷲の顔を見上げた。暫くそれを眺めた後、アルトは飛び起きてピシリと立つ。
「ヒストが! 変温動物の癖に顔をグイって!」
「アルト、翼竜は変温動物ではない、トカゲとは違う。そも、同じならばアズガルドの気候に耐え得るハズもない。――お前がただの、
フレンに厳しくも静かに諭されたアルトは、しゅんとして顔を伏せる。
アルトは
「お前は翼竜に愛されている。これは稀有な才能だ。少しばかりの悪戯は、許してやれ」
私は、竜に嫌われているからな。フレンは自嘲気味に笑った。竜は翼持つ者をライバルとして認識するという。鳥人が生まれながらに騎手に成れぬのは、そういった理由がある。
翼があれど、空を飛べない鳥人もいる。それもそれなりに。彼らにとっての翼とは、魔力を流し空気等に干渉する一種の器官だ。魔力の才が無ければ、空を往く事は能わず。
無論、自前のを使った方が良い鳥人もいる。フレンなどは、その例の極限だろう。
「オイラだって、ヒストが嫌いなワケじゃないっす。……半獣のオイラを慕ってくれる、気のいいヤツっす」
僅かに落ち込みつつ、アルトはそういった。
彼は獣人種の血を持ちながら、極端に人間種としての要素が強い。精々獣人種の因子といえば、鋭い犬歯くらいだろう。種族原理主義からすれば混ざりものだ。故に故郷では迫害され、逃げるようにアズガルドで
「………アルト」
その事を知っているフレンは、哀れみと慈しみを込めた視線を投げ、言葉を紡ぐ代わりに少年の頭をポンと撫でた。
「行くぞ。帝国軍がすぐそこに迫っている」
フレンがそう告げると、アルトは真面目な顔になって頷いた。
――高原を進む帝国軍は、聖区カダスを背に布陣した聖国を捉えた。同時に聖国も飛来する魔導戦艦や機械化歩兵を視認。
「召喚術式連隊は詠唱に入れ! 奴らに空を自由にさせるな」
天使とは悪魔と異なり、秩序に生きる存在。だが本質的な話をすればどちらも異形であり、異なる世界――余剰次元より招かれる異界者だ。
単純な天使召喚の魔法は個人でも行使できるが、後者の〈召喚・盾の堕天使〉は数十人で寄り集まって行使する強力な召喚だ。
召喚の為に詠唱している間、制空権を確保すべく
「高度を上げろ! 散開して的を絞らせるな! 常に第五位階以上の防御術式を展開しろ。さすれば回避軌道を取るだけの余剰は稼げる!」
空へ勢いよく羽ばたき先陣を切ったフレンは、どこからともなく大弓を取り出してそう叫ぶ。
フレンが携える弓は、尋常なそれよりも遥かに巨大だ。大弓と呼ぶが相応しく、弦も異様に太くまともな膂力では引く事すら出来ないだろう。神聖な雰囲気漂う白い材質で作られており、翼の意匠が特徴的だ。
「
「「はっ!」」
高原上空の身を切り裂くような風に逆らって、それこそ刃の如く高速に鋭く飛翔し戦艦に接近する
(この距離ならば――一先ず、射掛けるか)
そう考え、弓を上げ構える――瞬間、地上の帝国軍が目に入る。こちらが攻撃態勢に入っているにも拘らず、動く気配がない。
(なんだ、何を狙っている? ……いや、今推察しても詮無き事)
過った考えを追い払い、フレンは大弓を構えて矢を番えずに弦を引く。――限界まで引き絞った瞬間、魔力が輝き流れ、太く鋭い矢となって弓に番われる。
「穿ち抜け。〈
冷たい宣告と共に、蒼く輝く流聖が飛翔した。
――〈
大弓の姿の通り、弓として使用でき、権能は全て射撃攻撃に特化している。魔力での矢の生成、増幅される射出力――風向きやコリオリすら無視して、使い手の思うがままに飛ぶ必殺の大弓。フレンという伝説的な弓使いの手によって、この大弓の潜在能力は極限まで引き出されているのだ。
――超速で飛翔する蒼い矢は即座に旗艦ヨハネに着弾する。宛ら吸い込まれるように。鉄の船如き軽く貫通し爆発四散させる聖遺物による射撃だが、ヨハネが常時展開している防御障壁に吸われて、フレンの射撃は弾かれる。
「貫くには、もう少し重ねる必要があるか」
射撃を打ち消した旗艦ヨハネを見て、フレンはあくまでも冷静に呟く。もう少し打てばすぐに堕とせるだろう。故にフレンはもう一度〈天破りの大弓〉を構え――
……瞬間、戦場にノイズのような魔力が奔り、空間に散在する
「ぐっ!?」
「これは……っ」
「頭、痛いっす……」
そのノイズが高原に奔った瞬間、
「いったい、これは……」
何が起こっているか状況を把握できないフレンは、呆然と呟く。そうしていると、部下の一人が念話の術式を起動させ
「ッ!? 術式が!」
詠唱し術式を起動した瞬間、展開した魔法陣がガラスのように割れ、自壊する。明らかに異常な反応だ。
「まさか……魔法が、使えない?」
その様子から、フレンが恐る恐るといった様子で推測を呟く。……奇しくもそれは正しかった。帝国軍による最初の仕掛け、攻撃を仕掛けていたのは聖国だけではなかったのだ。
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