第87話 因果の収斂
グランバルト帝国皇帝、ベアトリクスは苦悶していた。
「……ファルシドス元帥は、なんと?」
重い口調で、それ以上に重圧のかかった言葉で秘書官に問うベアトリクス。明らかに機嫌の悪いベアトリクスに恐れているのか、それとも現状のせいか、兎も角秘書官も暗い顔をしていた。
「アデルニア方面の制圧には、一切の問題はないとの事です。しかしながら――ヴァーロム州は既に聖国によって落とされました。現在も尚侵攻中と……」
予想通りの答えを聞いたベアトリクスの手が震える。携えた羽ペンが揺れ、パキリと先が割れインクが紙に黒く広がる。
「核熱魔法とは、やってくれたな狂信者共」
――核熱魔法。極大魔法とも言われる、強大な殲滅術式。大いなる魔物に振るう為の力であり、決してヒトへ行使する為のモノではなかった。――今の今までは。
人道的な面というのも当然あるが、一番は「強大過ぎる」という点だ。ヒト同士の戦争で用いるには、過ぎた火力だったのだ。
「我々も核熱魔法を以っての報復を行いますか? 軍部は、既に術式は用意しているとの事ですが」
「ならん。絶対にダメだ。理由は言わずとも、お前ならば分かるだろう」
「……はい」
秘書官は苦々しくもベアトリクスの声に頷いた。
帝国が痛すぎるリスクを背負ってまで戦争を仕掛けた理由。それは土地と食料、そして魔力。
土地が死ねば食料も死ぬ。核熱魔法のような、魔力汚染を起こす術式は土地の魔力に干渉してしまう。だから帝国は使えないのだ。
「しかし大規模兵器が欲しいのは事実。軍部に代替案を提示させろ」
「はい、陛下――」
秘書官がベアトリクスの言葉に恭順を示そうとした瞬間――執務室に備えられた受話器のベルが鳴り響く。
僅かな警戒の後、秘書官が受話器を取る。
「こちら、皇帝陛下執務室だ」
『――ネルヴァ秘書官ですか。こちら、カルネアス実験区。統括担当、主席開発長のルルハリル・ホーエンハイムです』
くぐもった受話器越しに聞こえるのは、陰険そうな男の声。――主席開発長のルルハリル・ホーエンハイムだ。帝国魔導技術の発展に寄与し続けて来たホーエンハイム家、今代の研究員だ。
「……陛下、ホーエンハイムです」
受話器を抑え、声が入らないように配慮してからベアトリクスに耳打ちする秘書官。
ベアトリクスは僅かに苦い顔を覗かせた後、顎で秘書官に応対を促す。
「要件は何だ、ホーエンハイム。今陛下は、帝国の行方に憂いている。お前のよく分からない研究に出資する為の強請りなら今度に――」
『――聖国が核熱魔法でヴァーロムを落としたそうですね?』
こちらの話になど一切興味を示さず、ピシリと遮る。しかもその内容のせいで、秘書官は心臓が跳ね上がった錯覚を得た。
「……どこで聞いた」
『忌々しいですね、聖国は。聖遺物なんていう
「話を聞いているのか。コチラは無視か?」
『さぞお困りでしょう。先日、とある兵器群が完成しましてね。どれも強力ですよ。いかがです、その――使用を検討しては』
「……」
まるで図ったような申し出に、不気味なモノを感じつつも、秘書官は必要としていた大兵器という情報、伝えざるを得ない。
忌々しい男だ――脳裏でそう考えながらも、秘書官はベアトリクスにその旨を伝えた。
「……ふん。まあ、いいだろう。軍部に話を通すのが先だが……」
「分かりました、陛下――いいだろう。但し軍部に話を通すのが先だ」
『――素晴らしい。……今回のビフレスト襲撃に用いた魔導飛行船の中には、移送艦が含まれていましてね。アレには一方通行の転移装置が備えられています。このカルネアス実験区と繋がる転移装置が。すぐにでも前線に送れます。今すぐにでも、送りましょう』
「待て! 軍部への決定が――クソ!」
秘書官がホーエンハイムを止める間も無く、通話がプツンと途切れてしまう。向こうから切られたのだろう。
「陛下、あの男が独断で行動を――」
「お前の様子を見ればわかる。にしても全く、度し難いヤツだ。早く軍部に連絡を入れろ。リヴィト准将に、優先して通達を」
「はっ!」
執務室から魔導連絡機で各所に連絡を行う秘書官を眺め、ベアトリクスは嘆息した。
「何もかも、忌々しいものだ」
◇◇◇
カルネアス実験区。帝国本土から離れた孤島に造られた、新兵器の為の実験場。カルネアス実験区は、帝国黎明期に設立され、歴代の主席開発長によって統括されている。
孤島の実験区は、その言葉の印象通り陰湿そうで、恐ろしさすらあった。舗装された道を照らす不気味な魔導灯。いくつも立ち並ぶ近未来的建物。……そしてその内部で行われる、実験の数々。
「早く運び出してください。そう、転移装置へ」
現在カルネアス実験区は慌ただしく動いていた。新兵器を運び出し、前線へ送ろうとしているのだ。
それを指揮しているのは主席開発長、ルルハリル・ホーエンハイムだ。皺だらけの白衣を纏った、陰険そうな男。秀麗そうな顔立ちだが、落ちくぼんだ目つきのせいで台無しである。
「二人とも、わかっていますね?」
積み込みを行っている背後で、ホーエンハイムは指揮を止め、近くで立っている二人の軍人へ語り掛ける。その二人は男女で、片方は黒猫の獣人、もう一人は人間種だ。
奇妙な事に、二人は変わった装備をしていた。ピッタリとした奇妙なスーツ。……ホーエンハイムから話しかけられた二人は、ピシリと敬礼をする。
「無論、承知しています。必ずや良い結果を」
黒猫の軍人が、真っ直ぐな声音でそう返事をする。横の女性も頷いた。その様子を見て、ホーエンハイムはニッコリと笑い、鷹揚に頷いた。
「よろしい。今回の新兵器で、一番期待しているのはこれですから。……他は全て、焼き直しに過ぎない。我が英知と探求が実るかは、貴方達に掛かっているのです」
「はい、理解しています。ホーエンハイム開発長」
「開発長こそが、このライデルで最も優れた『錬金術師』であるとの証明、我々が担いましょう」
「ええ、期待していますよ」
そうして会話を終えた二人の軍人も、転移装置の光に入り込み消える。後に残ったホーエンハイムは、空を見上げて呟いた。
「未知をこの手で残らず暴く……私の黄金錬成は、全知たる頭脳。貴女には最後まで理解して貰えませんでしたが。……イルシア・ヴァン・パラケルスス『元』主席開発長――」
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