第85話 悪意の煙火

終砲万滅トールハンマー〉は聖遺物〈天地終槌ミョルニール〉の権能の一つである。或いは、もう一つの姿とも言える。

 普段は巨大な戦槌の姿を取っているが、励起させることで大砲へと変じる。それへと魔力を供給すれば、一軍すら砕き巨大な街さえ滅ぼす一射となる。

 純粋、故に強大。レヴィス・ダーレイ・レテルネラがこの任務に命じられたのは、この聖遺物故である。


 ――膨大量の魔力が、圧縮された電撃となりヴァーロムに発射される。極限の電撃が空気を叩く轟音を響かせ、空電音さえ撒き散らしながら閃光となり、ヴァーロムが常時展開する防御障壁に突進する。

 

 ゴォン、という激音と空気の揺らぎが響く。障壁が眩いばかりに魔力を放ち、砲撃を受け止めたのだ。

 ……数舜の拮抗の後、ガラスが壊れるような破砕音を響かせて障壁が砕け、二枚目にも砲撃が突き刺さる。外殻で威力が減衰したせいか、〈終砲万滅〉は障壁に吸われ消える。――だが、二枚目の障壁も、罅割れて壊れかけている。


「ふーっ……!」


 熱気を発する〈終砲万滅〉を抱え、射撃の衝撃を逃がすように腰を落とすレヴィス。その眼光は未だ鋭く、ヴァーロムの障壁を見据えていた。


「黒鉄の銘、伊達では無いようね……!」


 聖遺物を防ぐほどの防壁。魔力隠蔽を施しているとはいえ、聖遺物を行使するとなれば、どうしても察知される可能性がある。――魔力反応で奇襲を察知されるのを恐れ、圧縮が足りなかったのが悪かった。最大限まで魔力を注ぎ込んでいれば――いや、それでも一歩届かなかっただろう。


「堅物だなァありゃ。どうするレヴィス、魔導師団に火力支援を――」


「いいえ、私一人で充分。まだ数発、撃てる程度の魔力はある」


 吐き捨てるようにそういって、再びレヴィスは魔力を励起させる。魔力の過供給の影響で、回路が筋肉痛のような痛みを与え、酷い頭痛を齎す。それを堪えるように、レヴィスは獰猛な視線で結界を見据える。


「次こそ、消し飛ばす」



 





 ◇◇◇








「確認しました! あの魔力量――確実に勇者です! レヴィス・ダーレイ・レテルネラ、数年前に国境付近で観測された魔力波長と同一反応――!」


 彼方、急速に高まる魔力を観測したオペレーターが慌てた声で報告する。その名はアーネイアの記憶もあった。第八席次――レヴィス・ダーレイ・レテルネラ。破軍の如き力を振るう、秘蹟機関の勇者。


「クソ、もう一度撃ってくる気かッ!」


「――障壁は!?」


「カルネアス・ドライヴからの魔力供給を変更――都市全機能を防御障壁にシフト! 次弾への防御を――」


「次弾で完全に障壁が破壊されます! 城壁にも威力が及ぶ可能性が――」


「外縁部の都市機能や市民への深刻な被害が予想されます! どうにか外殻壁の再構築を――」


 来る。再び、あの悪夢の如き雷の巨槌が。それを察して、管制室は焦燥と混迷で渦巻いていた。

 

「遠方に強大な魔力反応ッ! 来ます! 勇者の攻撃が!」


 遠方に観測された、高まる魔力が更に圧縮され圧力を放ち始めたのを見て、オペレーターが叫ぶ。計測器に映る数字が異常な速度で増加している。


「バカげた魔力だ……本当に同じニンゲンなのか?」


 先ほどの一撃より遥かに強力に圧縮された魔力を見て、管制室内には暗澹たる絶望が満ちる。このままでは士気も低下し切って、凌げるものも凌げなくなる。危機感を抱いたアーネイアは、自らも感じていた恐怖を振り払うように声を上げる。


「大気が震えかねないほどの魔力だが怯むなッ! アレだけの攻撃、何度も撃てる代物ではない! これを凌げば必ず好機は来る!」


 アーネイアの鼓舞によって僅かに管制室にも希望が芽生える――その瞬間、レヴィスの魔力量急上昇が停止する。魔力の生成を終えたとなれば、次には――


「来るぞッ! 各員、衝撃に備えよ!」


 アーネイアが叫んだ瞬間、東の彼方より再び閃光が解き放たれた。


 

 ――二度目の〈終砲万滅〉は一射目を上回る出力で行使された。雷纏う大槌の如き一撃は、文字通り雷神の鉄槌と変じて、壊れかけの障壁へ喰い付く。


 第二層の障壁は数秒も拮抗することなく砕かれる。さして減衰することもなく、雷光は第三層の障壁へ命中――茹でた卵を割る様に、ピキピキ、ペリペリと薄く魔力が剥がれる。僅かな拮抗の後、最後の障壁も呆気なく破壊――黒い城壁に激突した。


 衝撃。

 東側の城壁に衝突した雷の砲撃は、途轍もない衝撃とジュール熱を解き放つ。濁流の如く城壁を押し潰す雷撃によって、東側外縁部は甚大な被害を被った。


「いてぇ、いてぇよぉ」


「くっそ……だれか、誰かいないか!? 手を貸してくれ、何も見えないんだ!」


「おかあさん、起きてよ。おかあさん!」


 頑丈な建物に避難しても、それすら容易く凌駕する火力が降ればどうなるか。ヴァーロムに駐屯していた兵士だけではなく、一般人までも殺戮されていた。

 

『現在、都市ヴァーロムは敵対勢力による襲撃を受け――ザザ、ザ――市民の皆さんは――ザーッ』


 警告を促す都市内放送に、酷いノイズが混じって異音を響かせる。文字通りの地獄を顕現させる光景に相応しい、終末音アポカリプティックサウンドだった。




「――ッ。馬鹿げた、火力だっ! 黒鉄の壁が、こうも砕かれるかっ!」


 砲撃の衝撃によって管制室にも耐え難い振動が伝わり、アーネイアは悪態をつきながら立ち上がった。耳障りな警報が、置かれている状況を否が応でも理解させる。


「准将……ッ、大丈夫ですか」


「一先ず、はな。……幸いにも、ヴァーロムには第二軍が駐屯している。その戦力を以て、迎撃を行う。――通信を繋いでくれ」


 第二軍がヴァーロムにいたのは不幸中の幸いだった。既にかなりの被害を被ったものの、迎撃を計れるのはそのお陰だ。

 命令を下す為、魔導通信をオペレーターに繋げさせるが――


「くっ……ダメです。通信が繋がりません! 酷いノイズで――」


 バチバチと高く弾けるような、異常なノイズが通信機より放たれる。それは異なる世界で、空電音と呼ばれる現象によく似ていた。

 魔導通信が使えないと言う事はかなり不味い状況に置かれている。連絡が取れないのは統率する上で致命的だし、本国に救援を頼む事も出来ない。

 

「ちっ、仕方ない。都市内放送を使う。繋げ」


 代替案として都市内放送で命令を下すことを思いつき、アーネイアは放送を行う。オペレーターが手早く放送を繋ぐ。


「――ヴァーロム臨時総督のアーネイア准将だ。ヴァーロム駐屯中の全部隊に通達、襲撃中の聖国に対して迎撃を行う。総員、第一種戦闘配備――ッ!?」


 放送を行っていたアーネイアは、途中で言葉を切ってしまう。彼女がそのような無作法をしたのには理由がある。


「術式反応!? 先ほどの地点から攻性魔法を検知――!」


 ――オペレーターが再び、聖国からの攻撃の予兆を告げた故だ。当然の如く強大な魔力反応を検知し、更には術式反応――つまり、魔法の気配を探知した。


 計測器を見るに、先ほどのレヴィスの聖遺物とは比べるまでもないが、それでも危険な魔力量。畳みかける気なのだろう。


「術式から解析して、行使しようとしている魔法を調べられるか?」


「……分かりました。解析、検索中――ッ!?」


 命令を受けて解析をしたオペレーターが、結果を見て顔を蒼褪める。オペレーターは暫く固まると、揺れ動く瞳でアーネイアを見つめ、震える声で言った。


「……元素系統、第十位階魔法――〈核熱砲ニュークリア・カノン〉……」


 ――オペレーターの言葉は、管制室を絶望させるのに十分だった。


「か、核熱、魔法……っ」


 思わずといった様子で、ロルドが唖然と呟く。

 核熱魔法。放置すれば甚大な被害を生む魔物に対し、土地を犠牲にしてでも滅する為に行使する戦術級魔法。

 一度行使すれば、着弾地点より数百メートルを滅し、数年にわたり熱と魔力汚染を引き起こす。

 それが、その魔法が、今、ヒトの手によって、ヒトに振るわれようとしていた

 

「しかも、複数展開されています。このままでは――」


「防御障壁は……」


「ダメです、再構築が間に合いませんッ!」


 処置無しを悟り、アーネイアは拳を握り歯を食いしばって天を見上げた。その瞳に有らん限りの怒りを込めて、彼方の神をも殺さんとばかりに。


「――聖国の……狂信者共がぁぁぁぁ!!!」


 絶望の咆哮すら掻き消すように、彼方より熱滅の魔法が、赤い尾を引いて流星の如く降り注いだ。








 ◇◇◇








 核熱魔法。

 かつて、イルシア・ヴァン・パラケルススが理論を開発し、古の大帝国で実用化された術式を起源とする元素魔法。

 

「――使うというの? ヒトに、この魔法を」


「そうだ、レヴィス。今ヴァーロムには、聖国を攻めようとかなりの兵力が集っている。これを見過ごす事は出来ねぇよ」


 障壁を聖遺物で破壊し終えたレヴィスは、耳を疑うような言葉に反駁した。責めるような声音を持ったレヴィスの言葉を聞いても、オーヴァはあくまで冷徹に告げる。

 

「……拠点を潰せば、占領して補給地点とすることも出来なくなる。他に方法は無いの?」


 ヒトにこの魔法が振るわれた事は無かった。少なくとも世界が新生してからは、そんな事は一度だってなかった。

 ヴァーロムの障壁を破壊した後は、そのまま攻城戦に移ると考えていたレヴィス。だが実際は、大量殺戮と言う事すら烏滸がましいほどの行為が行われようとしていた。


 無駄だと分かっていても、流石にレヴィスはそれに反論したくなった。翻意を促そうと言葉を募るレヴィスに、オーヴァはズカズカと近づき、屈んで視線を合わせる。


「ッ!?」


 オーヴァの瞳には目を逸らしたくなるほどの鋭さがあった。歯を食いしばる様に、彼はドスの利いた声で言う。


「これは、猊下命令だレヴィス。分かんだろ。やるしかないんだよ」


「……ッ」


 オーヴァだって、好き好んで虐殺を命じようとしているワケではない。だがそれ以前に、自分達は聖職者。例え悍ましき殺戮が、神の意志の代行たる教皇の命ならば、遅疑することなく行うこそが至上。

 

「……」


 それを理解してか、レヴィスは力なく俯いた。そも、自分は核熱魔法よりも強大な力を以てヴァーロムを攻めた。それ以前に、多くの兵士を殺している。――今更、善意が咎めるなど愚かな話だったのだ。


「さっさと終わらすぞ、んなことは」


 冷徹に言ったオーヴァは、後ろに待機する戦術魔導大隊に命ずる。


「核熱魔法を詠唱しろ。攻撃目標は都市ヴァーロム。目的は対象地点の徹底的殲滅だ」


「「「はっ!」」」


 オーヴァの命令を受け、戦術魔導大隊は動き始めた。百名ほどが塊となり、共通の詠唱を以て第十位階という高位中の高位魔法を行使するのだ。


 個人個人、魔法や魔力の限界はあるが、共通詠唱によってその限界を超越し、行使できる。聖国が強大な軍事力を誇る所以でもある。


 暫く、滔々として揃った詠唱が、異なる声音で重ねられながら響く。立体的な魔法陣――術式が展開され、渦巻くほどの魔力が満ちる。

 そうして、それは放たれた。


「「「――故在りて、此方に集え滅私滅却の劫火よ――」」」


 詠唱を結んだ瞬間、術式が輝き魔法が構築される。破滅を齎す劫火が、顕現しようとしているのだ。


「「「――穿て、〈核熱砲ニュークリア・カノン〉」」」


 ――共通詠唱により、元素魔法でも最大クラスの〈核熱砲〉が放たれた。その数四発。余りも圧倒的で、いっそ過剰な火力であった。


 まるで赤い流星のように、熱が圧縮された光線がヴァーロムに振り落ちる。着弾した瞬間、一瞬の間を置いて目も眩むような閃光が放たれる。


 ゴォォンという、風を巻き込み逆巻くような轟音と、遠く離れていても感じる熱気。馬鹿げた爆発を起こし、異様な形で膨らむ黒煙を見て、レヴィスは目を伏せた。


「……」


 熱量と熱気、そして破滅の意志が込められ猛烈な毒性を帯びた魔力汚染に苛まれ、急速に朽ち滅されるヴァーロム。残骸のみを残し、数分後には完全に壊滅されていた。

 

「終わったな」


 然したる感慨も窺わせない――或いはあえてそうしているのか――オーヴァの声が聞こえる。

 

「………ええ」


 応じるように呟いたレヴィスの声は、酷く震えていた。

 戦火が齎す人為の地獄。開戦してまだ間もないというのに、既に終末の片鱗が現れ始めていた。

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